My fair lady...
短編、というよりショートショートです。
切なさのみをピックアップしているのでストーリーの大きな動きはありませんが、
その場の空気を大切に描いてみました。
どうぞ宜しくお願いします。
「待って、私も一緒に行く」
彼女の髪の香りが、ふわっと近付く。かぎ慣れた、いつものシャンプーの香り。
「どうしよう、理科のテスト、超ヤバかったんだけど。返ってきた?」
明るい声を聞いても、僕の顔の筋肉は動かない。引きつった笑顔さえ作れぬまま、首を横に振った。
「そっかぁ。あーあ、どうしよ。私行く先ないよ、このままじゃ」
言葉の内容なんてまるで無視して、彼女はクスクスと笑って見せた。
彼女の小さくて低い声が電気の消えた薄暗い廊下に響いて、すっと、何も聞こえなくなった。まるでリノリウムの床が全て吸収してしまったように。
息をするのは、こんなに難しかっただろうか。
彼女は困った顔をして、俯いてしまった。
彼女は、正直だ。いつだって、嘘をつかない。僕みたいに、卑怯な生き方なんてしない。
嫌なものは素直に嫌と言ったし、楽しい時には本当に楽しそうに笑ったし、苦しい時には、自分の汚れた部分も含めて全てを僕に話し、涙を流した。
そう、彼女はどんな時にも、嘘をついたりはしない。
だから、知ってる。今の彼女の笑顔の裏の優しさに気付いた、そしてそれは今の彼女の正直な気持ち。
わかってるよ、僕の元気がないから、心配してくれているんだろう? 僕が寂しいのに気が付いて、そばに居てくれるんだろう? 僕が辛いのを知っていて、明るく話してくれるんだろう。
でも。ごめん。僕はやっぱり、うまく笑えない。
「ねぇ」
彼女は呟くように言った。
「私はずっと、傍にいるよ」
かすれた声だった。
「私は、大好きだよ」
彼女の低い声が、言った。
「――ありがとう」
彼女と僕の距離は、いつだって、異様に近い。腕が一瞬触れて、温もりを確かに感じる。彼女の声は、とても低い。いつも、僕との間のほんの僅かな空間の空気をふるりと震わせ、僕の鼓膜に心地好い刺激を与える。僕は、彼女の声が、とても好きだ。彼女はどんな時にも、その声で、“本当のこと”を言ってくれた。その響きと言葉に、嘘は、なかった。
だから彼女は、今、初めて僕に嘘をついた事になる。本人は気付いていないのだけれど。“ずっと傍に”? 嘘に決まっているだろう。僕らはあと少しで、離れるんだよ。出来る事なら、ずっと一緒にいたかった。けれどきっと、“運命”なんてものがあるとしたら、僕らは、同じ場所に導かれちゃいないんだ。“ずっと”なんて、無理なんだよ。
それでも。嬉しかった。その言葉を”本当”だと信じて、君が、言ってくれたことが。
「僕も、大好きだよ」
多分、君が僕を想うより、ずっと。
初投稿で緊張気味の風音です。
読んでくださった方、ありがとうございます!
実は初めてのショートショートです。
……が、基本的に私なりのショートショートなので、
他の方の書かれるショートショートとは少しイメージが違うかも知れません;
だからショートショートと呼んでよいのやら……。
とりあえず、
"文章のリズム感、雰囲気、文の見た目の綺麗さを重視して書く"
というのが私流のショートショートの目標です。
小説より詩に近い感じもあるかも知れません。
まだまだ至らない文ですが、感想等頂けましたら泣いて喜びます(予定)。