雪山山荘殺人事件
蕗野到 (29) 興信所員
和杜駿 (24) 刑事
明石大輔(32) 体育会系
青木賢治(32) インテリ眼鏡
北川士郎(32) 内向的
新田晶子(32) 厚化粧
江藤美佐(32) フォロー役
「そういえば、蕗野さんはどうしてここに? 自分はスポーツ全般が好きでこの時期にはよく来るんですよ」
「……商店街の福引で当たった。本当はペアだったが、相方は今朝になって都合が悪くなったから俺一人で来た」
尋ねると蕗野さんは毅然とした表情で答えた。だが、不意に眉を寄せ、
「お前、この状況で呑気だな」
呑気という訳ではない。ただちょっと気を紛らわせようとしたのだ。
何しろ自分達の周囲には白い闇が広がり、体を凍てつかせる冷気が絶え間なく吹きつけている。
「夕方から吹雪くという予報でしたけど、ここまで一気に来るなんて」
「……完全に遭難したな」
スキー場で偶然出会った事から話が弾んでしまった。
まだ大丈夫だと油断している間に天候は急激に変化し、自分と蕗野さんは山中に取り残されてしまったのだ。
「ついてない」
「これ以上何もないようだったら野宿も考えないと」
と、
「あれ、灯りですよ!」
ぼんやりとだが、彼方に明るい光が見えた。
「それは災難でしたね。一応スキー場には連絡入れておきました」
「しかし朝になれば下山出来る。麓までそう距離はないし視界さえ良ければ訳ない」
灯りの正体は山荘であり、事情を話すと住人の皆さんは快く迎えてくれた。
ラウンジに案内されて温かいココアを振る舞われる。
山荘にいたのは男女合わせて五名。
「じゃあ皆さんは大学時代のサークル仲間なんですか」
「ええ。そうなんですよ」
まず自分と話している男性二名。
明石大輔さんは自分と同じようにスポーツが趣味らしく、がっしりとした体格の男性ではきはきとした性格のようだ。
その横にいる青木賢治さんは対照的にインテリというか、知性的な眼鏡をかけた男性だ。
「へえ、探偵さんなんだ」
「正確には興信所の所員ですが」
「今度彼の浮気調査でも頼もうかしら」
「もう、やめなって」
新田晶子さんは派手目に着飾った女性で近くにいると香水の匂いが鼻を突く。
もう一人の女性である江藤美佐さんはショートカットで穏やかな雰囲気だ。
そして最後に一人。
「おい、お前も加わったらどうだ?」
明石さんの呼びかけに部屋の隅で本を読んでいた男性(明石さんの話によると名前は北川士郎さん)は本を強く閉じる。
それは拒絶の意思だった。
「……仲間内ならまだしも他の方もいるんだから愛想良くしろよ」
「元々僕は旅行になんか来たくなかったんだ。お前達がどうしてもと言うから」
不機嫌そうに呟くと立ち上がって部屋から出ていく。
「あいつ……!」
「放っておこう。確かに無理に誘った自分達も悪い」
青木さんがやれやれと肩を竦め、新田さんも溜め息を漏らす。
「やな感じ。コミュ障?」
「もう駄目よ、晶子。そんなこと言っちゃ」
「はいはい」
部屋の雰囲気が悪くなってしまった。
そんな時、
「なあ、和杜君」
蕗野さんが自分の肩をちょんちょんと叩く。
とろんとした顔の彼を見て何となく言いたい事が伝わった。
「あの、申し訳ありませんが我々も休みたいのですが」
吹雪の中をさ迷った自分達の体力は限界に近かった。
その上ココアで体が温まった事もあって強烈な睡魔が襲ってきたのだ。
「えーと、部屋はどうします?」
明石さんの説明によると空室は三つ。二階に十二畳の部屋が一つ、一階に八畳の部屋が二つ。
蕗野さんと相談したが、二人とも一階の部屋を使う事に決まった。
二階に上がるのはだるかったし、どちらかが広い部屋を使うのは気まずい。
どうせ寝るだけなので多少狭かろうが問題ないという考えの結果だった。
部屋の鍵を受け取って部屋に入り、ベッドに倒れ込むとそのまま微睡に身を委ねた。
「きゃああああああ!」
朝、山荘中に響き渡るのではないかという悲鳴で叩き起こされた。
枕元の携帯電話で時刻を確認すると七時前。普段なら起きている時間だが、昨夜は疲労が溜まっていたので眠りが深かった。
ぼうっとする頭を必死に動かして悲鳴の元に向かう。
二階に上がった途端、口元に手を当てて座り込む新田さんと彼女を支える江藤さんの姿が見えた。
彼女達は開け放たれたどこかの部屋の前にいたが、生憎自分にはそこが誰の部屋かは分からなかった。
だが考えるより直接目で見た方が早い。
「士郎! しっかりしろ!」
部屋の中では明石さんが苦悶に歪んだ顔の北川さんを抱きかかえ、青木さんが傍らで呆然としていた。
北川さんの顔は土気色で既に息がない事は明らかだった。
青木さんも既に気付いているのだろう。明石さんの肩に手を置いて無言で首を横に振る。
「くそ! 何でこんな事に!」
明石さんが叫び、青木さんが目を伏せる。背後からは啜り泣きも聞こえてきた。
「あの、これは一体?」
発言し辛い空気だったが、意を決して青木さんに尋ねる。
彼を選んだ理由はこの場にいる中で一番冷静そうだったからだが、その推測は正しかったらしい。
青木さんは軽く息を吐いてから事情を話してくれた。
「……食事を交代で作る事になっていて、今朝は士郎の番だった。けれど起きる様子がなかったから心配になって明石と一緒に蹴破った」
「蹴破った?」
確かに扉のデッドボルトは突き出したままでドア枠側の穴に歪みがあるし、部屋の鍵は室内のテーブルの上にある。
しかし、それだけで部屋を蹴破るだろうか?
疑問が顔に出たのだろう。青木さんは補足してくれた。
「持病の事があったからな」
「持病?」
「心臓が悪かったんだ」
「心臓……」
「危険な発作が起きる事もたびたびあったみたいで」
「それで蹴破ったと……スペアキーはないんですか?」
「ないな」
まあ、スペアキーがあったなら蹴破らないだろうからなくて当然か。
「……」
この状況、普通に考えれば不慮の事故。
しかし、何か違和感があった。
それは刑事としての勘としか言えないが、経験則に基づいた勘は馬鹿に出来ないと自負している。
「……」
部屋の中を見渡す。
窓は二つ。どちらも人の出入りは可能な大きさで、梯子を使えば侵入は何とかなりそうだったが、窓の下枠部分には埃が溜まっていた。
不安定な梯子から埃に触れないように侵入するのは困難だろう。
ベッドの脇のサイドテーブルには鞄があり、中から錠剤、恐らく心臓病の薬が覗いている。
「あの、第一発見者って……」
「いやぁ、病死だなんてまた突然で。ご冥福をお祈りします」
自分の言葉を遮りながら蕗野さんが割って入ってきた。
いつ部屋に来たのか分からなかったが、真っ青な顔をしている。
死体は見慣れている筈だが、単純に昨日の疲れが残っているだけだろうか?
自分の考えを余所に、蕗野さんは部屋と廊下にいた面々を順に見て、
「元々部外者だし、これから大変そうなのでこれで失礼します!」
「あの……」
自分の腕を掴むと、何か言いかけた青木さんを無視して階下に下り、部屋の荷物を持つとまだ朝の冷気が肌を苛む外に出る。
「ちょっと待って下さい!」
普段と違う蕗野さんの態度にしばらく様子見をしていたが、これ以上現場から離れる訳にはいかない。
「引っ掛かるものがあったんです! もしかしたら他殺かも!」
「……」
足を止め、振り返った蕗野さんは変わらず青い顔だったが、口元が笑っていた。
「良い勘してるな。俺も他殺だと思う」
「だったら!」
蕗野さんの同意によって感じたのは嬉しさではなく焦りだった。
「今すぐ戻らないと! 他の人も危ないかも!」
振り返って戻ろうとしたが、腕をがしっと掴まれた。
「犯人に狙われる危険があるのは俺達二人だけだ」
「はい?」
最初、自分には蕗野さんが何を言っているのか分からなかった。
「……俺達以外の全員が共謀して殺りやがった」
寒さの中、汗を滲ませながら蕗野さんは呟き、顔に手を当てる。
「最悪だ。アリバイも自由自在、密室だってずっと部屋の中にいて“第一発見者”と合流すればいい。そもそもスペアキーがないって発言も怪しい。……実行者は遺体に抱きついてた明石辺りか?」
その頃になってやっと理解が追いつき、全身の血の気が引くのが分かった。
「か、仮にそうだとしたら、どうすれば……」
「個別に取り調べをしてこう言うしかないだろ。「お前以外は全員自供した」一人でもブラフに引っ掛かれば勝ちだ。……こっちの県警にはちょっと伝手があるから下山したら連絡しておくか」
「……」
この時の自分は蕗野さんの推理を全面的に信じていた訳ではない。
ろくに捜査をしていていないのに正しい答えが導けるのか疑問だったからだ。
だが、結果は蕗野さんの言う通りだった。
捜査に当たった県警は半信半疑ながら蕗野さんの案を実行した。(元々脅迫じみた事情聴取が横行していたらしいが)
すると他の三人は否定したものの、まず新田さんが自白し、彼女の証言テープを聞いた他の三人も観念した。
動機などについてはこれから調べていくらしいが、蕗野さんの推理が的中した事になる。
この事実に自分は感嘆し、半ば恐怖するのだった。
これも一種の勘違い物かな。