安楽椅子探偵 道前教授のティータイム
超能力探偵 蕗野到の事件簿の補足というか解答というか。
その日、和杜駿が大学時代の恩師に出会ったのは偶然であったし、互いに時間があったので喫茶店に入ったのも偶然である。
その際、和杜がふと先日起きた事件の話を話題にしたのも偶然以外の何物でもない。
「こんな事があったんですよ、道前教授」
和杜の対面に座る道前教授は小柄で痩せ型の体躯、斜視気味らしくいつでも不機嫌そうな顔をしている。
それは和杜の話を聞いている間も変わらなかった。
「警察としては自首してきたんだからそれ以上の捜査を打ち切ったんですけど、里井さんにはアリバイがあった筈なんですよ」
先日以来和杜の頭を悩ませていたのがそれだった。
検死の際に死亡推定時刻を誤ったのだろうというのが大方の見方だったが、和杜にはそうは思えなかった。
あの名探偵は遺体が運び出された後の現場しか見ていないのに真実に到ったからだ。
「予め作りかけのボトルシップを用意してすり替えただけだろう」
和杜の話を聞き終えた道前は僅かに黙考していたが、やがてぽつりと呟いた。
「え?」
「里井には一見完璧なアリバイがあるが、それはボトルシップを被害者が作ったという仮定の上で成り立っている」
道前は紅茶のカップを口元に運び、匂いを嗅いでから少量を口に含む。
「なら、その仮定を取り払えば空白の三十分が生まれる」
口調に淀みはなく、用意された台詞を読み上げているようでもあった。
「被害者はボトルシップが趣味と公言していてプレゼントされる事も多かった。里井はそこに目を付けた。被害者が書斎に籠った直後に殺害して事前に作っておいたボトルシップを書斎に残した。これでアリバイ完成だ」
「……」
和杜は言葉を失った。
可能か不可能でいえば可能だろう。被害者は作品が汚れるのを嫌って手袋をして作業していた。それによって指紋の問題はクリア出来るし、身内なら被害者が手袋で作業する事を知っていてもおかしくはない。
だが、
「犯人が里井だと確定しているならの話だが」
「い、いやでも、それって現実的じゃありませんよ。里井さんにはどんなボトルシップがプレゼントされるか分からない訳で……」
「なら、手に入るボトルシップを全て購入して製作すればいい。時間と手間はかかるが、安全が帰るなら安いものだろう」
「それでも確実とは……そもそもプレゼントされるかすら定かじゃ……いや、プロバビリティーの犯罪を狙った?」
混乱する和杜とは対照的に、道前はあくまで平静だった。
「これは私の推理が正しいと仮定した上での話だが、アリバイ作りの為に複数のボトルシップを制作する犯人がそれしかトリックを用意しなかったとは思えん。用意していたトリックの中で、たまたま事件当日、ボトルシップをプレゼントされ、それを取りに行く理由も出来た。だから実行した。条件が揃わなければ別のトリックを使ったのではないかな?」
「……」
和杜は今度こそ完全に絶句する。
もしそれが事実なら里井は明かに常軌を逸している。そしてそれを見抜いた蕗野や道前も。
「もしこれが小説で、サスペンスではなくミステリーとして発表されたなら酷評されただろうな。情報が少なすぎて容疑者を一人に絞れない。犯人が提示されていたから逆算でトリックを類推出来たが、そうでなければ推理不可能だ」
推理というよりはパズルゲームだったと道前は言う。
「一度、お前の言う蕗野という男に会ってみたいものだ」
そう言って道前は言葉を締め括った。
道前教授のモデルはジャック・フットレル作品のオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン。
蕗野と違ってまっとうな名探偵。安楽椅子だけどね。