第7話「毒された晩餐」
豪華な装飾が施された大広間に、重苦しい沈黙が垂れ込めていた。
今夜は隣国からの使者を迎える晩餐会だ。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが無数の水晶を通じて眩い光を床に落としている。
だが、その華やかさとは裏腹に鼻腔を突くのは不快な脂の味だった。
着飾った貴族たちが身にまとう高価な香油と、彼らが抱く嫉妬や野心が混じり合い、空気そのものがねっとりと舌に絡みついてくる。
アシュレイの背後に静かに控えていた。
ルシエルは給仕服の襟元を正し、周囲の喧騒から意識を切り離した。
前方の席では、アシュレイが漆黒の礼装に身を包み、彫刻のように整った顔立ちを崩すことなく座っている。
ルシエルは、彼の指先が微かに震えているのを見逃さなかった。
『閣下の魔力が、内側から削られている……』
鋭敏な感覚が、アシュレイから放たれる焦げた金属のような味を察知していた。
それは以前耳にした陰謀、抑制剤による魔力の霧散。
誰かがこの公の場で彼を無力化しようとしている。
「……アシュレイ卿、顔色が悪いようだが」
対面に座る内務大臣が、厭味な笑みを浮かべてワイングラスを傾けた。
その男から漂うのは、腐った卵のような強烈な欺瞞の味だ。
「……懸念には及ばない。ただ、少々空気が濁っているだけだ」
声は低く冷たい。
だが、その言葉に含まれた渇きは、喉を焼くほどに切実だった。
給仕が順番に琥珀色のスープを運んでくる。
前にその一皿が置かれた瞬間、全身に電撃が走った。
『……っ!』
湯気から立ち上がるのは、死を予感させる腐敗した銀の味。
通常の毒ではない。
魔力回路を直接破壊し、高位の騎士であればあるほどその身を内側から崩壊させる極悪な呪毒だ。
アシュレイがスプーンに手を伸ばそうとする。
「閣下!」
反射的に声を上げていた。
周囲の貴族たちが一斉に注目する。
大臣が顔をしかめ、不快そうに睨みつけた。
「無礼な給仕だ。騎士団長の専属ともなれば、これほど教育が行き届いていないのか?」
震える膝を押さえ込み、真っ直ぐに見つめた。
「申し訳ありません。……ですが、こちらのスープ、少々香辛料の配合を間違えているようでございます。閣下の体調には、刺激が強すぎます」
蒼氷色の瞳が、言葉の裏を読み取ろうと鋭く光った。
アシュレイは伸ばしかけた手をゆっくりと下ろす。
「……そうか。ならば、下げるがいい」
「な、何を仰る! これは王室の料理人が腕を振るった逸品ですぞ!」
大臣が声を荒らげる。
迷いなくスープの皿を手に取った。
指先に毒の波動が浸透し、皮膚をチリチリと焼く。
耐え難い苦痛だったが、顔色一つ変えずに一礼した。
「代わりのものを用意いたします。……少々、お時間を」
ルシエルは逃げるように大広間を後にした。
背後で怒鳴り声と周囲の嘲笑が聞こえてくる。
だが、そんなものはどうでもよかった。
厨房へと駆け込み、空いている作業台に突っ伏す。
皿を置き、自身の指先を見つめた。
そこは既に赤黒く腫れ上がっていた。
『毒が、強すぎる……。閣下がこれを飲んでいたら、今頃……』
恐怖で心臓が早鐘を打つ。
時間は残されていない。
晩餐会が終わるまでにアシュレイを救い、この毒を無効化するものを作らなければならない。
震える手で小麦粉の袋を掴んだ。




