今年、桜を見ずに逝った君へ
3月、また私は関わりのある人を亡くした。
中年にもなれば人の死に関わることも珍しくないのだろうか。でも、人生折り返し時点で両の手で余るほどの人の死を見送ると、自分の人生に関しても色々考えなくていいことまで考えてしまう。
その人は私と同い年で、ダウン症だった。村の人間関係はその狭いキャパシティの中に、知的障害かつ時を構わず奇声を上げる人間が共生していくことを容認できなかった。別にムラ社会だからではないかも知れない、ヒトとはそういうものだと言われればそんな気もする。とにかくその人は弾き出されるように施設に入所し、一生の大半をその施設で過ごした。
ダウン症の平均寿命というのは短いのだと、私はその人が亡くなるまで知ろうともしなかった。心疾患を併発していて、手術を受け、そしてそれでも命を長らえることはできなかった彼の、遺影を目にした時、いかに私は彼をいないものとして扱い、それによってどれだけ安穏を貪っていたかを、その事実を、目の前に突き付けられたような気がした。
一度だけその人と遊んだことがある。苦手なのに縄跳びがなぜか好きな人だった。ダウン症の特徴的な相貌も、好きなことをしている時の輝く笑顔はやはり好ましかった。
……そして、悪い部分は決して受け容れようとはしなかったのだ。私もその一人であって、村の人間を責めるつもりなら、私にもその責めは向かねばならない。
イッセイ君。その最期は苦しかったろうか。
何もしなかった。何かできたかも知れなかったが、その労力を惜しんで何もしなかった。
だから。多分私も。
誰かに受け容れて貰うことはできない。イッセイ君を忘却の淵に叩き込んで日々を生きていた私だから、私もいつか、共同体を担う人間になれないならばと叩き出される。それはさだめだ。人として生まれた者のさだめ。
誰かを排した因果で、私もみんなから排される時が来るかもしれない。
そうしてこれからも、たくさんたくさん、不都合な人を視界から叩き出して私は生きていく。
愚かだ。愚かで狭量で、それを普段は省みることもない。それが私だ。
いつかその咎を受ける。予感がある。「みんな」の不愉快だと思う、攻撃範囲の中に、フラフラと私が迷い出て石に打たれるときが来る。そうなったら。
私はそれまでの咎を負って、ちゃんと静かにその場を立ち去れるだろうか。それとも、醜く自分ばかりは権利のあることを述べ立てて、他人を萎縮させてでも居場所を作るのだろうか。
まだわからない。わからないからこうして文章を残しておく。しかるべき時に、無様に恥知らずに居場所を乞うてしまわぬように。私が排撃してきた人たちと同じく、静かに、散る桜が時に決して逆らわないように。
「風を悼む」の登場人物、ビットさんの、そのモデルになった方の身の回りのことを作品の形にまとめたもの。かつてビットさんが、自責の言葉とともにうっかりといったふうにこぼした話を、暇庭なりに前後を補完して文章化した。
意味の無い作品を投稿するのにはさすがに抵抗があるのだが、パズルのピースの真っ白な余白部分のようなものだと捉えて投稿することにした。




