9話.浄化された大地
漆を塗ったような光沢を見せるダークチョコで作られたテーブルに肘をつく。
手の甲に頬を乗せ、足を組んだ僕は、数時間前のことを思い出してた。
涙を流しながら木の実一つを抱きかかえて逃げ帰ったアマネの無様な姿は、何度思い返しても僕をゾクゾクとさせてくれる。
あの歪んだ表情を頭に浮かべる度、僕はつい喉を鳴らしてしまう。
「今頃、どうしてるかな」
『もう嫌だ。マイスターなんて辞めたい』
『私にこんなの、出来るわけない』
泣き言を口にしながら、必死に本部へ連絡を取っているかな。
そして、本部からは『マイスター任命は名誉なことである。支給品と錬金窯を上手く使い、敵の拠点を叩け』みたいな連絡を貰い、顔を真っ青にしてるだろう。
「……何がマイスターだ。くだらない」
どれだけ効率的に兵士を生み出し、敵拠点を潰したとしても。
毎月やってくる瘴気の海が起こる度、敵地はみるみる元に戻り、こちらが築いた浄化の地は汚染されて終わる。
本部からの応援なんてものは当然ないし、支給品だって最初のものだけで終わり。
ま、僕にとっては足手まといなんか送られても困るから、一人で行動できて良かったけど。
……嫌なことを思い出したな。ああ、胸糞悪い。
つまらないことを頭から追い出し、もう一度アマネのことを思い出そうとしたとき、扉がノックされる音が聞こえた。
「なに」
扉に向かって声をかけてやると、遠慮がちに扉が開いていく。
隙間から顔を出したのは、僕がテーブルにしているのと同じ、ダークチョコに手足のついた兵士だった。
そいつは喋ることが出来ないから、一生懸命手を使って僕を呼んでいる。
「はあ……ビターが僕を呼んでるの?」
何を伝えたいのか全く分からないので、適当にそれっぽいことを言うと、そいつは何度も頷いた。
喋れない奴を相手にするの、面倒くさいんだよね。
「そう。じゃあ今から行くって伝えておいて」
兵士は一つ頷いて、扉を閉めて去っていった。
こっちの言葉が分かるってことは、その程度の知能はあるはずなんだけどな。なんであいつ、喋れないんだろ。
……ああ、口がついてないからか。
* * *
僕を呼んだ奴の元へ足を運ぶと、喪服みたいな全身黒づくめの男がダークチョコで出来た玉座に座って待っていた。
相変わらず、何を考えているのかよく分からない奴だ。
「人を呼び出すなら、自分で呼びに来たらどうなの?」
「……」
僕の小言にはいつも無視を決め込むのは、正直腹が立つ。これでも本部連中よりマシなのは、相手が人間じゃないからなのか、何なのか。
いや、今日はアマネを見て僕の気分が良いからだな。
「ニクス」
「なに」
「……」
人の名前を呼んで沈黙するの、やめてくれないかな。
「あのさ、ビター。いつも言うけど、用がないなら呼ばないでくれる?」
「甘味勢力がいつも送ってくる……マイスター、だったか。新しいのが配属されたと言っていたが、どうだった」
「なに? お前も興味あるの?」
そうだって言うなら、僕にも考えがある。
あれは僕のおもちゃだ。絶対、誰にも手を出させたりしないよ。
「マイスターそのものに、興味はない。だが、土地が浄化されたことは、看過できない」
「何をいまさら。一か月後に起こる瘴気の海で、全部元に戻るだろ」
ビターにはそっけなく言葉を返したが、僕としても土地が浄化されたという事実は、非常に興味をそそられた。
だって、あんな腐りかけみたいな木の実一つぽっちを持ち帰っただけなのに、土地を浄化したなんて聞いちゃったら、ねえ?
支給品の角砂糖だけで、どこかを攻め落とすほどの腕の持ち主ってことか。僕みたいに、兵士の運用が上手いのかな。
だけど、簡易浄化装置を前哨基地におきっぱにしたまま、素材を探しに出ていった行動がまるで理解できないな。
それだけの腕があるなら、最初から敵拠点を攻めるだけでそれなりの角砂糖を手に入れられただろ。何考えてるんだ?
「今回行われたのは、簡易的な浄化ではない。大地そのものを浄化する……いうなれば、甘味勢力そのものの生存圏が広がったと、言えばわかるか」
「なに、それ。どういうこと」
「分からない。一体、何が起こったのか。何故、風前の灯火である甘味勢力が、今になってこのような力を発揮してきたのか」
マイスターに出来るのは、錬金窯に素材を入れて兵士を生み出し、それらを使って敵拠点を攻め落とすことだけ。
相手の拠点が消えれば結果的に瘴気が晴れるから、それを便宜上『浄化』と呼んでいるに過ぎない。
だけど、一か月ごとに起こる瘴気の海により、敵の拠点は面白いぐらい簡単に元に戻る。
敵の拠点が戻るとそこからまた瘴気があふれ出すから、とてもじゃないけど人間が住むことは出来ない。
なのに、大地そのものを浄化だって?
「あはっ、あはは!」
なにそれ、最高じゃないか!
今まで人類が何をしても成しえる事の出来なかった偉業を、アマネはやって見せたということだ。
恐らく、本部も既にこの事態に気づいているはず。
あいつらにアマネが囲われてしまうのは癪だな。
だったらもう、僕の方で彼女を囲んでしまおう。
こうしちゃいられない。早く彼女のところへ行かないと。
僕は紫のマントを翻し、うきうきした気持ちを抑えながら軽快に靴を鳴らした。
「どこへ行く」
「甘味勢力の前哨基地だよ。あそこで何が起こったのか、僕に調べてさせるつもりで呼んだんでしょ?」
背中越しにビターを見れば、案の定頷いていた。
全く、いつも話が回りくどいんだよ。
「ああ、そうだ。これ、もらっていくよ」
部屋を出ていく手前で、僕は壁に使われているダークチョコを割り、布にくるんで胸ポケットに仕舞った。
「……壁を壊して食べるのは、やめてくれ」
これは僕の小言を何時も無視する代わりだよ。
言葉にする代わりに、僕はもう一枚ダークチョコを割って口に入れ、王の間を後にした。




