5話.角砂糖のお風呂
帰りは来た道を戻るだけだったので、行きほどの大変さはなかった。
それでも、瘴気に晒され続けたことで私の体力は限界を迎えていたらしい。
前哨基地に置いてきた簡易浄化装置が発生させている結界によって、押し返されている瘴気が見えた瞬間、糸が切れたようにその場に膝をついてしまった。
「マイスター!」
「マイスター! お帰りなさいなのー!」
二人の声が聞こえる。
ぐったりした身体をちょっとだけ持ち上げると、二人が浄化ラインのギリギリまで身を乗り出して、必死に私を呼んでいるのが見えた。
二人の小さな体が浄化できる範囲を超え、外から漏れ出す瘴気にさらされて、苦しそうに震えている。
「だ、ダメ! こっちに来ちゃ、ダメ……っ!」
私は引きずるように手足を動かして、這うようにラインの内側へ飛び込む。瘴気がなくなったことで、びっくりするぐらい身体が軽くなる。
そのせいで、勢いが良すぎて倒れこんでしまった。
二人が駆けよってきてくれて、小さな手で私を支えようとしてくれる。その温かさに、止まっていた涙がまた、ぼろぼろと溢れ出した。
「ごめん……。私、あんな啖呵を切ったのに、これしか……」
震える手で、胸元に隠していたアンバーベリーを差し出す。二人はそれを見て、息を呑んでいた。
そうだよね。こんな煤にまみれたように真っ黒なもの、木の実だなんて分からないよね。
私もこれを見せられたら、こんな黒い塊を取って帰ってきたのかと顔を引きつらせそうだ。
宝石のようなオレンジ色の面影など微塵もないアンバーベリーは、いつ見ても私の気持ちまで沈ませていく。
一生懸命、瘴気に当てられて腐らせないよう、抱きしめて帰ってきたんだけど。
残念ながら、付け焼刃にもならなかったみたい。
むしろ、抱きしめて帰ってきたからか、私の目から溢れ続けていた涙でアンバーベリーを濡らし続けてしまっていたらしい。
瘴気と涙が混じり合ったせいか、見た目だけでは食べ物と思うのも厳しい。
「マイスターが戻ってきてくれただけで、十分だよー!」
「マイスター、怪我はないのー?」
二人は黒い実なんて見向きもせず、泥だらけの私の顔を、小さな手で一生懸命拭ってくれる。
しかし、その拍子にクッキーちゃんの手のヒビがさらに進行したのを、目撃してしまった。
――このままじゃ、本当にクッキーちゃんが死んでしまう。
「待ってて。今すぐ、角砂糖を作るから」
この際、団子やクッキーをあげるなんて贅沢は言ってられない。
私は急いで前哨基地の端っこに置いてある、ボロボロのテーブルの上に置かれた錬金窯の元へ向かった。
「お願い……一個でも多くの角砂糖になって……!」
祈るような気持ちで、涙と瘴気で見るも無残な姿になったアンバーベリーを、そのまま錬金窯の投入口へ放り込む。
錬金窯は一つ以上の素材が入った状態で赤いボタンを押すと、後は勝手に角砂糖を生成し始めてくれるので、後は放置するだけだ。
私は錬金窯に背を向け、もう一つの支給品である角砂糖が保管されている小さな箱を開けた。
この間に、支給された角砂糖を二人に分ける準備をしよう。
支給品の角砂糖は鮮度が分からないから、ドルチェルたちに与えるものには使いたくなかったけど、もうそんなことを言っていられるほどの余裕はない。
早くクッキーちゃんのヒビ割れを治して、お団子君の潤いを取り戻さないと。
二人とも具合が悪いから、均等に角砂糖を分けた方がいいかな。
いや、支給品も数は心もとないんだから、少しずつあげて、最低限の修復が確認出来たら、後は緊急用にとっておいた方がいいかも。
ああ、せっかく推しのドルチェルたちがいるというのに、我慢させてしまうような考えばかりが出てきて、嫌になる。
もうお腹いっぱいだからいらないっていうほど、食べさせてあげたいのに……。
「マイスター! 大変なのー!」
「マイスター! 錬金窯がー!」
「え、なに、どうしたの?」
支給品の角砂糖を取り分けていると、二人が大慌てで呼ぶ声が聞こえてきたので、私は振り返った。
「――あれ? 二人とも、どこに行ったの?」
二人のドルチェルの姿がない。というか、錬金窯もない。
あるのは大量の白い物体で出来た山なんだけど。
「角砂糖のお風呂よー!」
「角砂糖がいっぱいなのー!」
二人は白い山の中からぽこっと現れた。
「……ええ! これ全部、角砂糖なの?」
確かにアンバーベリーはレア素材だけど、こんなに角砂糖が出来るものだったっけ?
全然想定していない量が出来ちゃった!




