4話.悔し涙
簡易浄化装置の効力が届かない大地も、見た目は前哨基地のある場所と大きな差はない。
木も育っているし、植物もいろんなものが生えている。
何より、前哨基地は本部より少し進んだところぐらいに設置されていることもあり、ここら辺は道路や建物の残骸もある。
そして、今なお私を苦しませてくれちゃってるこの瘴気が、人類をここから追い出したんだ。人が生活していた名残を見るのは、やっぱり思うものがある。
大体、空気の淀みが肉眼で捉えられるって、異常過ぎるんだよね。
「とにかく、採取ポイントまで急ごう」
ドルチェルたちを待たせたくないのももちろんだけど、私もこの中でいつまで活動を続けられるのかは、分からない。
私の帰りが遅くて二人を悲しませるなんてことは、言語道断。這ってでも素材を持って帰って、二人を幸せにするんだから。
実は、私がいつもプレイしていた箱庭モードにも、探索という遊び要素はあった。
メインの方が敵を倒して素材を手に入れるように、こっちでは探索先のマップ内にある採取ポイントを巡り、素材を持ち帰るのが基本になっていた。
探索の方では敵も出てこないので、好きにこの世界のマップを歩き、必要な素材を集めて持ち帰り、錬金窯に入れて好きなものを作っていくのだ。
敵が出てこないから、お菓子や家具の材料をのんびり集めるための癒やしの時間だと、それはもう私は大喜びで遊んでいたんだけど。
世間的には敵も出ない、ただ歩くだけというのは受けが悪かったらしく、攻略サイトはどこもかしこもメインストーリーの効率的な倒し方が溢れかえっていた。
一方で、私が知りたかった、何がどんな可愛い家具になるのかという情報は、全くと言っていいほどに更新されなかった。
公式から攻略本が出ることもないため、私は常に情報不足に悩まされた。
そうして私が行きついた答えは、情報がないのなら全部自分で集めるしかない、ということだった。
別に、特別な才能があったわけじゃない。
ただ、大好きなドルチェルたちを着飾りたい。この子たちの部屋を作って、可愛くして、いつまでも緩い会話を聞いていたい。
そのためなら、千回同じ場所を巡るのも苦じゃなかっただけだ。
「早く、ここを抜けてしまおう」
瓦礫や崩れかけた建物の並ぶ旧市街地には、残念ながら採取ポイントは設定されていない。
こういう細かい設定も、画面越しに見ていた時は雰囲気があって素敵だな、なんて思っていたけれど。
実際に喉を焼くような瘴気を吸い込みながらだと、観光気分なんて一瞬で吹き飛んでしまう。
「前哨基地から一番近い採取ポイントは、こっちに広がっている森の中だったはず」
旧市街地を抜けると、まき割りの森と呼ばれている場所に出る。
私が知っているまき割りの森は、木漏れ日が綺麗な癒やしスポットだった。なのに今は、お通夜みたいに静まり返っている。
あの綺麗な森は、瘴気が浄化されたクリア後の姿だったんだ。
お昼のはずなのに、足元すらおぼつかないほど暗い。これじゃ『暗いまき割りの森』だよ。
「はあ、はあ……ううっ……」
ダメだ。ちょっと、苦しくなってきた。さっきからずっと涙が止まらない。別に悲しくともなんともないのに。
瘴気の中はずっと苦しいんだけど、意識が刈り取られそうな気配がしてきた。睡魔が襲ってきているような感じ。
でも、ここで寝るわけにはいかない。素材ポイントになっている、ひと際大きな樹木の根元はもうすぐそこのはず。
「……あ、あった! あそこだ!」
根元の右側だけ大きくえぐれてて、そこに色んな植物が自生しているって説明文があったけど、本当にそうなってる!
私は大喜びで樹木の根元に行き、這いつくばる勢いで空いている穴に顔を突っ込んだ。
「ひ、一つしかない!」
見つけられた木の実一粒を見て、私は思わず叫んでしまった。
確かに、ゲームでは採取ポイント一か所につき、素材は一つしか手に入れる事しか出来なかった。
でもあれは、ゲーム上の仕様でそうなっているだけで、現実は違うと私は心のどこかでそう思い込んでしまっていた。
「じゃあ、新しく素材が実るのも時間経過ってことかあ……」
原作に忠実なことに嬉しさ半分、厳しい現実に悲しさ半分。
ないものをいくら探しても仕方がないので、私は一本の植物にぶら下がっているオレンジ色の木の実一粒を手に取ってから、ぎょっとした。
「これ、アンバーベリーだ!」
ここの採取ポイントで取れる、レア素材の一つだったはず。
本物ってこんなにキラキラしているの? 凄すぎる!
これなら、例え一つしかなくても十分すぎるぐらいの角砂糖が生み出せるはず。
そうすれば、ちょっとコストは上がっちゃうけど錬金窯から直接、団子とクッキーを作り出せそうだ。
キッチンから作った方が角砂糖の消費は抑えられるけど、その準備にも角砂糖が必要になるから、それはまた今度だ。
今一番大事なのは、二人をとにかく健康にすること。
これがあれば、絶対に二人の身体を元に戻せるだけの団子とクッキーを作れるはず。
「……っ、あ……!」
私の指先から伝わってくる不快な冷気に思わず手を見て、心臓がはねた。
手の中のアンバーベリーが、煤を被ったように変色していく。
「嘘、でしょ?」
私の周りを取り囲む、濃厚な瘴気。
それが、私の手の中にある唯一の希望に侵食していく。
宝石のようだった実はみるみると輝きを失い、まるで毒にやられた木の実のような、惨めな姿に成り果てていく。
「待って、ダメ……これしかないの!」
必死に手で覆い、自分の服で拭ってみるけれど、黒い汚れは落ちない。
こんなに汚染された素材で、まともなお菓子なんて作れるの?
――分からない。
こんな風になってしまった素材を見たことがないから、ちゃんとアンバーベリーとしての素材の価値が残っているのか、保証がない。
保険が欲しい。だけどもう、他のポイントに行くだけの体力がない。もう一箇所なんて巡ったら、私は二人の元に帰れなくなる。
「……情けない」
あんなに大口を叩いて、二人を期待させて。ようやく手に入れたのは、今にも腐りそうな真っ黒な実がたった一つだけだなんて。
「ごめんね、二人とも……ごめんね……」
行きに出ていた涙は、帰りには悔しさと悲しさの混じったものになってしまった。




