3話.瘴気の恐ろしさ
ドルチェルたち二人にはお留守番をお願いして、私は早速行動開始だ。
何もない前哨基地で待っているのもつまらないと思うけど、待っていてね。寂れて何もない土地なんて、すぐ綺麗にして見せるから!
前哨基地内は、私が持っていた簡易浄化装置のおかげもあって、特に不調を感じたりはしない。
ただ、私が今まさに踏み出そうとしている、明らかに僕は悪い空気ですと言いたげな、淀んだ空気の蔓延する土地は、まさに精神汚染をしてくる……んだと思う。
正直、この精神汚染って言うのは設定で語られていただけで、廃人になってしまうとか、暴走するとか言われても、いまいちイメージが湧いてこない。
「ま、こういうのは当たって砕けろよね」
私はそんな風に自分を鼓舞して、瘴気の漂う土地に一歩を踏み出した。
瞬間、言葉にならない不快感が全身を突き抜ける。
空気が重い。肌をなでる風が、まるで冷たい指先で心臓を撫でられているようで、喉の奥がヒュッと凍りついた。
一歩進むだけで、大切な思い出まで泥に塗り潰されるような、えぐられるような恐怖が込み上げる。
「……っ!」
これ以上、前に出てはいけないと本能が叫んでいる。私は怖くなって、すぐに足を引っ込めてしまった。
ゲームの知識として知っていた『瘴気』の恐ろしさは、想像を絶するものだった。
闘争本能なんてものと無縁な人生を過ごしてきた私ですら分かるほどの、強烈なまでのおぞましい何かが、この先には広がっているようにしか見えなくなった。
「マイスター……大丈夫なの?」
「顔が真っ白だよー……」
ドルチェルたちも身体が辛いはずなのに、私の元に駆け寄ってきて心配してくれる。
それがあまりにも嬉しくて、同時に自分の不甲斐なさを痛感した。
「大丈夫! 私は行ける!」
支給された角砂糖だけでは、とてもじゃないけどドルチェルたちを幸せにするには程遠い。私の身が砕けようとも、必ず素材を持って帰って見せる。
これがマイスターである私の使命だ!
「無理しちゃダメなのー」
「私たちのマイスターは、アマネだけだよ」
「他の人じゃ、だめなの」
「アマネがいなくなったら、私たち困るよ」
二人は必死に小さな手を伸ばして、私の手に触れようとしてくれていた。
その姿があまりにも儚くて、私は先ほどまで怯えていた自分を叱咤する。でも、誘惑に負けてドルチェルたちの手にそっと触れる。
ああ、何度でも言うけど本当にドルチェルたちがいて、しかも触れるなんて最高過ぎる!
「心配かけてごめんね、私はもう大丈夫。今度こそ行って、素材をゲットしてくる!」
「せめて、簡易浄化装置を持っていくのー」
「私たちこそ、大丈夫よー」
「それはダメ! だって、ただでさえボロボロなのに、そんな状態で瘴気に晒されたら……」
私が強くて、ついてくるドルチェルたちを守れるなら、それでも良かったかもしれない。
だけど、私に戦う力はない。
本来なら、支給された角砂糖を使って防衛用の金平糖兵隊を上手く使って、攻めるのと守るのを上手くやらないといけないんだろうけど、下手くそな私がやったところでどうせ素材を無駄にするだけだ。
だったら素材は全部ドルチェルたちが幸せになれるよう、環境を整えたり美味しいものを用意したほうが、私にとってはよっぽど有意義なはず。
それに、ドルチェルたちは優しいから、私が敵に襲われるところを見たら、きっと戦ってしまう。
私が簡易浄化装置を持っていくなんて甘えたせいで、お団子君かクッキーちゃんを失ってしまったら、そんなの絶対耐えられない。
大体、精神汚染がなんぼのものよ。私の、ドルチェルたちへの愛を舐めるんじゃない!
「行ってきます!」
「気を付けてなのー!」
「絶対、帰ってきてよー!」
二人の声援だけで、私はどれだけでも精神汚染に耐えられる!
お団子君とクッキーちゃんの声援を背に受けながら、私はもう一度、目視できるほどの瘴気の中へ飛び込んだ。
次にドルチェルたちを視界に入れるのは、二人にうんと甘いものを振舞えるだけの素材を手に入れた後だ。
瘴気の中は酸っぱくて、辛くて、苦くて、辛いし、渋い。
最悪すぎる味覚への暴力に晒されても、私は決して振り返らなかった。
でも、この苦さはお団子の焦げた醤油の部分に似てるかも。
塩味だって少量なら甘味を引き立てる最高のスパイスだもの。塩キャラメルとか最高じゃない?
ああ、なんかお腹空いてきたな。私も団子とクッキーが食べたい。
というか、よく考えたら私、この後ドルチェルたちと一緒にお菓子パーティが出来るってこと?
こうしちゃいられない!
早く素材を手に入れて、焦げ目まで最高に美味しいとびっきりの団子とクッキーを作らなくちゃ!




