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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
二章

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8/8

言動の不一致

 ミラーナの発した言葉に驚いたのはネイトだけではなく、室内がしんと静まり返った。


(いったいなんのつもりだ)


 道連れにされたことに腹を立てて、力任せに頬を叩いてきてもおかしくないというのに、ミラーナはじっと見つめてくるだけ。

 しかも、いつものように上から見下ろすのではなく、同じ視線の高さで、それも気遣うような眼差しを向けてくることに、ネイトは徐々に薄気味悪さを覚えていく。


(……これ、母さんだよな?)


 思わず心の中で自問自答した時、ミラーナの手がそっと動いた。

 その瞬間、階段から落ちる直前に首を絞められたあの時の記憶がネイトの脳裏に蘇り、気が付けば、力いっぱいその手を払い除けていた。


 ネイトは拒絶反応で心がざわつくのを感じながら、ミラーナからゆっくりと距離を取る。

 さらに、今の自分の態度に怒りを爆発させて掴みかかってくるだろうと考えてネイトは身構えたが、ミラーナはハッとした様子で目を見開くと、なぜかぎこちない動きで後退していった。

 予想外の動きに困惑するネイトに追い打ちをかけるように、ミラーナが口を開く。


「ごめんなさい! 触られたら痛いわよね」

(……ご、ごめんなさい、だと?)


 ネイトは口元を引きつらせる。エルザを初め、侍女たちも唖然とする中、ようやく主治医が動いた。


「ミラーナ奥様、ネイト坊ちゃんのご様子を実際に確認され、ひとまずご安心いただけましたでしょうか? そろそろ自室へ戻りましょう」


 主治医から諭すように言われてしまい、ミラーナは苦笑いで「はい」と返事をすると、促されるままに踵を返した。

 勢いよく部屋に飛び込んできた際の勢いが嘘だったかのように、ミラーナは侍女の手を借り、若干足を引きずりながらゆっくり戸口に向かって進んでいく。


 その間、ネイトが気になるらしく、ミラーナが何度も振り返った。

 今度こそ文句が飛んでくるかとネイトは表情を険しくさせたが、室内に怒り声がとどろくことはなかった。

 それよりも、部屋を出る直前にミラーナがぽつりと発した言葉に、ネイトは息をのむことになる。


「腕の骨は折れていないみたいね。良かった」


 聞こえたひと言が、ネイトの心の中で大きな疑問に変化する。

 いつもの母親らしからぬ安堵の言葉に動揺したわけではない。まるで腕の骨が折れていると思っていたかのような発言に引っかかりを覚えたのだ。


(階段から落ちたのだし、骨くらい折れているだろうと思っていてもおかしくない。でもどうして腕なんだ。足の骨だって考えられるはずなのに)


 明確な答えは本人に聞かないとわからない。

 しかし、ネイト自身も目覚めてすぐに腕が折れていないことに驚いたばかりだったこともあり、奇妙な一致に心がざわつく。


(時間が遡った俺と同じように、もしかして母さんも?)


 己の身に降りかかっていることがミラーナにも起きているのではないかとネイトは考えたが、すぐに否定的な感情が顔を出す。


(いや、仮にそうだったとしても、今回は痛い思いをしているわけだし、殴り掛かってこられても何らおかしくない状況だった。よかっただなんて口が裂けても言わなさそうなのに、いったいどうなっているんだ)


 納得のいく説明は見当たらずネイトが眉根を寄せると、最後に部屋を出て行こうとしていた眼鏡の侍女が足を止めた。

 ゆっくりと振り返った彼女の攻撃的な眼差しに嫌な予感を覚えたのか、エルザが素早くネイトの傍まで移動する。

 警戒されていることをまったく気にする様子もなく、眼鏡の侍女は冷たく言い放つ。


「はっきり言っておきますけど、私は奥様が怪我をした原因はあなただとわかっていますからね」

「先ほどもそんなことを言っていましたけど、私はそう思いません。むしろ原因は……」


 エルザは言い返したものの、眼鏡の侍女にぎろりと睨みつけられ、肝心の部分を言葉にできなかった。

 一瞬の沈黙を挟みつつも、眼鏡の侍女はネイトへの攻撃の手を止めない。


「大人しくあなただけが階段を落ちていれば、奥様は怪我をせずに済んだのに、なんて罪深きことを」

(……こいつ、俺が母さんの腕を掴んで道連れにしたのをしっかり見ていたみたいだな)


 ネイトがそう察したところで、高圧的な声が重々しく響いた。


「罰を与えなければなりませんね」


 自分にはその権利があるとばかりの言動を受け、ネイトは眼鏡の侍女を冷めた面持ちでじっと見つめる。

 眼鏡の侍女は、罰と言わればネイトは泣いて詫びるだろうと思っていたようだったが、一向にその表情が歪まないため、眉根にしわがよっていく。

 確かに、本来のネイトならそうだっただろうが、残念ながら今のネイトにそんな脅し文句は効かない。

 ネイトは半笑いで言い返した。


「罰か、甘んじて受けよう。……ただし、そっちも覚悟しておくように」


 やり返す気満々のネイトの発言に、眼鏡の侍女は動揺を隠せない。

 頭の中が真っ白になってしまったのかひと言も発せずに、ただただ目を泳がせた後、勢いよくネイトに背を向け、荒々しい足取りで部屋を出て行った。


「奥様の怪我をネイト坊ちゃんのせいにするなんて」


 ふたりっきりになり、ようやく日常を取り戻したところで、エルザが悔しそうに呟いた。


「いや、一理ある。俺は、階段を転げ落ちる寸前に母さんの腕を掴んでいる。だから、母さんの怪我は俺のせい」


 ネイトは淡々と事実を告げたが、エルザは受け入れられないとばかり大きく首を横に振った。


「階段から落ちることになったそもそもの原因は奥様にあります。腕を掴んでしまったのは、自分の身を守ろうと必死に抗っていただけのことですし……なにより、首を絞めるだなんてやりすぎです」


 エルザも眼鏡の侍女同様、ネイトとミラーナが落ちる場面を目にしていたが、ネイトがミラーナを巻き添えにするべく、わざと腕を掴んだとは思っていないらしい。


「これ以上、ネイト坊ちゃんを苦しめるなら、私は事の経緯を包み隠さず旦那様に報告しようと思います」


 怒りも交えての宣言がエルザの口から飛び出し、ネイトは目を大きく見開く。少しばかり考えを巡らせたのち、エルザにそっと近づく。


「エルザ、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」

「いいえ、今回ばかりは私も気持ちが収まりません」


 目に涙を浮かべながらも、エルザは譲らない。そのため、ネイトはエルザの右手を両手で包み込むように掴んで、もうひと押しする。


「俺は平気だから、事を荒立てるようなことはしないで。お願い」


 最後ににこりと笑顔を添えると、エルザは「ネイト坊ちゃん!」と感極まったような声を発した。


 ゴードンに告げ口をすれば、さらに夫婦間の亀裂を生むことになるだろう。

 そうなった時、困るのはネイトではなくエルザだ。

 離婚後、ミラーナは侍女を数人連れてこの屋敷を出て行く。その中に、エルザも含まれているため、余計な火種は作らない方が賢明である。


 ネイトが笑顔の裏でそんなことを考えているなど露知らず、エルザは微笑んだ。


「わかりました。ネイト坊ちゃんに従います。それに、先ほど奥様はネイト坊ちゃんを心配そうに見つめておられましたし、今は奥様の愛情を信じたいと思います」


 愛情という言葉に吹き出しそうになるのをなんとか堪えつつ、ネイトも笑顔を返し続けた。




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