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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
一章

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6/7

無能の仕返し

 ミラーナはネイトの腕を乱暴に掴み、魔力鑑定の列へと向かっていく。


 エルザに「ネイト坊ちゃん」と心配そうな声で呼びかけられたため、ネイトは腕を引っ張られながらも肩越しに後ろを振り返る。


 眼鏡の侍女と並んで、エルザは階段を降り切ったところで立ち止まっている。

 他の親子に仕える侍女たちも、神官に呼び止められてそのあたりに留まっているため、どうやら付き添いはこの先に進むのを許されないらしい。


 加減なく握りしめてくる母の力で痛みが走り、ネイトはしかめっ面となる。


「母さん、痛い。手を離して」


 列に並んだところでネイトがはっきり言い放つと、ミラーナは生意気だとばかりに睨みつけて、乱雑に手を離した。

 ネイトは赤くなっている手首を擦ってから、嫌な予感と向き合うように、水場へ視線を移動させる。


 精霊は五体に増えていた。

 老人と女児の見た目をした精霊はくつろぐように座り、青年の精霊は姿勢正しい立ち姿で小舟に乗っている。男児の姿をした精霊二体は水面すれすれを楽しそうに飛び回っていた。

 精霊は警戒心が強く、人に気取られぬよう気配を消して行動することが多いため、このような姿を見るのは稀である。


 ネイトはその中の一体、青年の精霊から目を離せない。

 青年は精悍な顔立ちをしていて、肩まで伸びた銀色の艶やかな髪が印象的だ。腰に長剣を携えているのを確認すると心なしか鼓動が速くなっていく。


(……間違いない。ルイモールだ)


 他の四体に見覚えはないが、青年の精霊はよく知っている。

 処刑される前、ネイトは精霊の命をひとつだけ奪っているのだが、それがルイモールだ。剣を用いた戦いは熾烈を極め、その際、ルイモールはネイトの左の視力を奪っている。


(二回目の魔力鑑定であいつがいたかどうかなんて、そもそも精霊が顔を出したかも覚えていないけど、こんなに早く顔を合わせることになるなんて)


 因縁めいたもの感じていると、ルイモールの無機質な眼差しがネイトをとらえた。

 その瞬間、ネイトの背筋がぞくりと震え、地面に倒れたルイモールへ剣を突き立てたあの瞬間の光景が、一気に脳裏へと迫ってきた。


 数秒遅れて左目に強い痛みが走り、ネイトは手で押さえる。


(……今、あいつ、俺になにかしたのか?)


 痛みを堪えながら、ネイトは疑問をぶつけるように右目でルイモールを見た。

 しかし、小舟の上にルイモールの姿を見つけられず、ああそうだったと思い出す。

 人間は左目でしか精霊の姿を認識することができない。だからこそ、これ以上仲間に危険が及ばないようにと、ネイトはルイモールに左の視力を奪われたのだ。


 左目を覆っていた手をそっと外すと、視界の中にルイモールや精霊たちの姿が再び現れ出る。

 ルイモールはまだネイトの方を見ていて、怪訝そうに眉根を寄せていることから、攻撃を仕掛けていないのがわかった。

 ネイトは少しだけ落ち着きを取り戻したが、刺すような左目の痛みは治まらない。


「ネイト、何をしているのですか! 早く来なさい!」


 いつの間にか、魔力鑑定の順番が回ってきていたらしく、ミラーナの金切り声が飛んできた。

 ネイトは痛みで冷や汗が額に滲むのを感じながら、水晶が乗った台の前まで進み出ると、ミラーナに向かってぽつりと宣言する。


「母さん、無理だよ」


 即座にミラーナの顔が歪み、怒りのこもった声が返ってくる。


「無理じゃない。しっかりとやり遂げて、評価を覆すのです」


 ネイトの言葉をいつも通り却下して、ミラーナは当然のように己の考えを押し付ける。

 左目の痛みと母への苛立ちを、歯を食いしばって耐えた後、ネイトはしっかりと顔をあげて、「お願いします」と神官に話しかけた。




 予想通り、ネイトは力を発揮できず、鑑定不可という結果を叩き出した。


 神官から「火魔法を」と指示を受けたため、魔力を無理やり絞り出し、発動させようと試みた。

 しかし、左目の痛みに邪魔され集中できず、わずかな火力しか生み出せなかった。

 もちろん精霊に魔力の贈り物をされるはずもなく、結局、周囲から失笑が漏れただけだった。


 地下から地上へ戻り、ミラーナは足取り荒く回廊を進んでいく。


(無理だって前もって言ったのに)


 怒りを放っている母の後ろ姿に心の中で呆れつつも、このまま神殿に置いていかれそうな予感がするため、ネイトは必死に追いかけた。


(むしろ、馬車内で顔を突き合わせるより、置いていかれた方が、面倒がなくていいか。家の場所はわかるし、エルザもいるし)


 途中でネイトはそう考え、少しずつ速度を落としていく。

 横を歩くエルザも同じ予感を抱いていたらしく、「ネイト坊ちゃん」と焦ったように呼びかけてきたため、ネイトは聞こえていないふりをした。


 ネイトは再び左目の痛みに襲われ、完全に足を止めた。

 幸いにも痛みはすぐに引いたが、呼吸の苦しさを緩和させるべく、両ひざに手を添えつつ、肩を大きく上下させる。


(母さんの姿が見えなくなるまで、このままやり過ごすか)


 頭の中で計画を立てつつ、わずかに顔をあげて確認すると、ちょうどミラーナが正門に差し掛かったところだった。


(そのまま階段を降りていってくれ)


 心の中で祈りをささげた時、ミラーナがぴたりと動きを止めた。そのまま怒りに染まった顔をネイトに向けて、ひと言命じる。


「早く来なさい」

(最悪だ)


 ネイトは心の中でげんなりしながら歩き出す。正門前に立つ母と眼鏡の侍女の元へようやくたどり着いたところで、ミラーナが続けた。


「どうして失敗したの」


 体調が万全じゃなかったから。一番の理由はそれだが、言ったところでミラーナが理解しないのもわかるため、ネイトは黙ることを選んだ。


「私とゴードンの血を引いているのだから、上級精霊から魔力を贈られたっておかしくないのに、どうしてあなたはうまくいかないの」


 ネイトからしてみれば、上級精霊から魔力の贈り物がなかったのも、ゴードンの息子だから当然である。


 大人のネイトがルイモールと戦うことになったのは、ゴードンから「精霊を捕まえてこい」と命じられたのが発端だった。

 その際、父から「貴族たちの間で精霊を飼うという遊びを流行らせたのは私だ」と自慢話を聞かされた。

 もちろんそれは倫理的に非難される、公にはできない遊びだ。


 先ほど地下神殿で、ルイモールはネイトに対して訝しがっていただけだったが、他の精霊たちはネイトとミラーナを嫌悪感たっぷりの目で見ていたのだ。

 その様子と最初の魔力鑑定で精霊から投げつけられた言葉から、今の時点でもうすでに、ゴードンは精霊を悪徳貴族に売りつけて多額の金銭を得ているだろうことが推測できた。


 ゴードンは狡猾なため、精霊たちに尻尾を掴ませはしないはずだ。

 そのため、精霊たちはゴードンを怪しいと感じていても確証までは持てず、家族も含めて警戒を強めているのだろう。


 ネイトは真っ直ぐにミラーナを見て、はっきりと自分の考えを口にする。


「俺が魔力鑑定で高位判定を叩き出したとしても、離婚は回避できない。なぜなら、精霊がミルツェーア家の人間に魔力を授けたいと思わな……」


 ネイトが最後まで言い切る前に、ミラーナの右手がネイトの細い首を掴んだ。


「自分の無能さを棚に上げて、よくそんなことが言えるわね。あなたのせいで、何もかも終わり。私の人生、台無しよ」


 首に指が食い込み、ネイトが顔を歪めると、エルザが「奥様!」と声をあげ、慌てて割って入ってこようとする。

 しかし、殺気だったミラーナの風魔法で、エルザの体は簡単に吹き飛ばされた。


「つかえない子は、もういらないわ」


 ミラーナの左手がネイトの首に添えられる。そして、少しも躊躇うことなく力を込めた。

 ネイトは母の手を振り払おうと必死に抵抗するが、五歳の力では歯が立たない。

 気が遠くなりながらも、眼下に伸びる長い階段が視界に入ってきた瞬間、ネイトは思い出す。


(そうだ。ここで階段から突き落とされて、俺は骨折するんだ。しばらく意識不明の状態に陥って、母が家を出る前に意識を取り戻す)


 エルザに手当てをしてもらったときに抱いた疑問が、皮肉にもこの状況下で解消される。


 ちらりとミラーナの目が長階段へ向けられた。

 じりっと、ミラーナの足がそちらに向かって動き出したのを感じ取り、ネイトは心の中で怒りの炎を灯す。


(お前も道連れにしてやる)


 階段に向かって突き飛ばされ、体が傾くのにあわせて、ネイトは力いっぱいミラーナの手首を握りしめた。

 そして、ネイトは無意識に風魔法を発動させる。

 予期せぬ行動によって不意を突かれたミラーナは大きくバランスを崩し、悲鳴を上げた。


 ネイトとミラーナは共に階段を転がり落ちていった。


 受け身など取らず、なすがままに全身を打ち付けながら、ネイトはどこか他人事のように思う。


(もしかしたらこのまま死ねるかもな。俺の人生なんて繰り返す価値もないんだから、それでいい。ここで終わりにしよう)


 体が大きく跳ね、地面に叩きつけられた。激しい痛みに意識を奪われながら、ネイトはどこか安堵していた。


 もう目覚めることはない。

 そう期待していたのに、やっぱり、終わりを迎えることはできなかった。




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