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第8話 思い出を邪魔する

 映画を見終えた俺たちは、ショッピングモール内のスターバックアップ――通称スタバに来ていた。


 店内には高校生から大学生、休憩中の社会人まで、さまざまな人の姿がある。

 フードコートより落ち着いていて、でも高級カフェほど背伸びしなくていい、そんな場所だった。

 ただの高校生の俺たちが、映画の感想を語るにはちょうどいい空間だ。


 柳瀬さんが選んだのは、春の期間限定メニュー「桜もち抹茶クリームフラッペ」だった。

 淡い桜色のホイップの上に抹茶パウダーが散らされ、カップの底にはぷるぷるとした桜風味のわらびもちが沈んでいる。

 ストローをさすと、淡いピンクと深い緑がゆっくり混ざり合い、まるで春のグラデーションみたいだった。


 俺はというと、無難にカフェラテを注文した。

 クリームやトッピングはないけれど、その香ばしい苦みがさっきまでの映画の余韻を落ち着かせてくれる。


「犯人がわかった瞬間、全部の伏線がつながって鳥肌立っちゃった!」

 

「わかる! あれも伏線だったのかって思ったときの興奮、まだ冷めてない!」


 俺たちは、衝撃的なラストの余韻にまだ浸りながら、夢中で語り合っていた。

 この瞬間だけは、ただのミステリー好きな二人だった。


「でもね、犯人の動機はちょっと納得できなかったかな」


 ストローの先で氷をつつきながら、柳瀬さんがぽつりと言う。

 

「そう? どうして?」


 彼女は人差し指を顎にあてて、少し首をかしげる。

 その仕草が妙に可愛くて、思わず見惚れてしまう。


「自分の書いた小説を馬鹿にされて怒る気持ちはわかるよ? でも、それで人を恨んで殺しちゃうのはちょっと行きすぎかなって。

 似たような動機の作品もあるけど、私にはあんまりしっくりこなかったな」


 穏やかな彼女らしい意見だと思った。

 自分の大切なものを否定される痛みに共感しながらも、誰かを傷つけることは理解できない――そんな優しさがにじんでいる。


 だけど、俺の考えは少し違った。


「俺は、あの動機でも十分ありえると思ったよ」

 

「え?」


 思わず口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。

 だれど、犯人の苦しみを思えば、簡単に否定なんてできなかった。

 映画の中の犯人が抱えた想いを、思い浮かべながら俺は続けた。


「人が真剣に取り組んでるもの。それって夢だったり、目標だったり、いろいろあると思う。

 小説の場合、自分の価値観や想いを形にした“子ども”みたいな存在なんじゃないかな。

 それを侮辱されたら、自分の子供を傷つけられたように感じる。

 本気で創作してる人なら、その瞬間、心のどこかで“殺された”って思っても不思議じゃないと思うんだ」


 言い終えて顔を上げると、柳瀬さんは驚いたように目を丸くしていた。


 ――しまった。

 本当は軽く共感して終わらせる方が、印象はよかったはずだ。

 つい熱が入って、自分の考えを語りすぎた。


 オタク気質の悪い癖だ。

 好きなことになると、つい夢中で語ってしまう。

分かっていても、止められないんだ。  


「あ、あの……」


 慌てて取り繕おうとした瞬間、彼女が口を開いた。


「すごい……! 私、そこまで考えが及ばなかった。若松くんの話を聞いて、確かにって思った!」


 彼女は身を乗り出して、目を輝かせながら言う。

 

「や、柳瀬さん、落ち着いて。顔、近い近い……!」


 その距離に思わずのけぞる。

 こんな綺麗な顔を至近距離で見せられたら、心臓がもたない。


「あ、ごめん。でも、いいね」


「いいって、なにが?」


 彼女は軽く身を乗り出し、テーブルに肘をついた。

 両手で頬を包むようにして、嬉しそうに微笑む。

 俺の方に向けられたその表情は、受け入れと共感のあたたかさに満ちていた。

 互いの心が同じ温度で重なった瞬間、心の距離が一気に縮まった気がした。

 

「同じ作品を見て、違う考えを持って、それを語り合えること。

 なんか……嬉しい。今まで、そんなふうに話せる人いなかったから」


 その言葉と笑顔に、胸が少し熱くなる。

 まるで彼女の後ろに桜が舞っているような、柔らかい光景だった。


「きれいだ……」

 

「え?」


思わず漏れた本音を、慌てて誤魔化す。


「そ、そう! 最後のシーンで桜が舞ってたじゃん! あれ、誰が見ても“きれい”って思うよなーって!」

 

「そ、そうだね! あれはほんと、きれいだったもんね!」


 我ながらナイスフォローだと思った。これなら誰がどう聞いても、映画のシーンについての感想を言っているようにしか聞こえない。

 危なかった。柳瀬さんの魅力に圧倒されてつい本音が出てしまう。気を付けておかないと。


 ※※※


 き、きれいって怜奈に言った! 私、お兄ちゃんから一度もかわいいもきれいも言われたことないのに!


 凄くいい雰囲気じゃん! 怜奈もあんなに嬉しそうにして……

 しかも、グッズ売場で手まで握ってお互い照れちゃって、思わず近くにあった商品棚に手をぶつけちゃったじゃん!


 ずっとチャンスを狙ってたけど……あんな雰囲気で楽しそうにしている二人を邪魔しにいったら、下手したら二人から嫌われちゃうから無理だよ。


 そう思った私は、直接デートを邪魔することを諦めて、別の作戦を考え電話をかける。


「もしもしパパ。今日おばあちゃんとこに泊まりに行ってくれない? そう、二人で」


 お兄ちゃんと、夜に二人っきりになるために

、パパに家を空けてほしいとお願いする。

 電話の向こうでパパが笑いながら

 ――「いいぞ。ちゃんと責任だけは取ってもらえよ」――

 軽く言っているようで、どこまで本気なのかはわからなかった。

 いや、あのパパのことだ。本気で言っているに違いない。

 それにしても、なにを勘違いしたのかは分からないけど、実の娘になにを言ってるんだろう、この人。

  

 だけど、怜奈のお兄ちゃんへの好感度アップは、もうどうしようもない。

 それなら、それ相応のアプローチは必要だよ。 

 デートそのものは邪魔できない。それなら、せめてお兄ちゃんが、今日一日を怜奈とのデートが最高だった日という思い出になるのを、邪魔してあげる。

 

なろう版は、この話で連載終了となります!

物語の続きは、ページ下部のカクヨムのリンクからご覧ください!

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