第6話 お友達
ショッピングモール内の映画館に着くと、休日なのもあって館内は人で溢れていた。
俺たちは、チケット購入列とは別の、事前予約端末からスムーズにチケットを交換する。
「やっぱりすごい人だね、若松くんが前もってチケット買っておいてくれてよかった」
「そうだね。結局、飲み物を買うためには並ばないといけないけど、列がひとつ減るだけで、だいぶ違うからね」
柳瀬さんが俺の顔を覗き込むようにして、ふわりと微笑み呟いた。
「グッズも気になるし……ホントありがとね?」
特別な仕草をしているわけじゃないのに、その何気ない動き一つひとつが、彼女の魅力を際立たせているように見えてしまう。
「や、柳瀬さん。あそこでグッズ販売してるんじゃないかな?」
胸の奥が甘く疼くのをごまかすように、俺は映画館の端にあるショップを指さした。
「ほんとだ、あそこにあるの?」
「うん。数は少ないけど、限定グッズがあるはずだよ」
俺たち二人は、グッズ売り場の方へと足を向ける。
前情報通り、ミステリー作品だからか、売られているグッズ自体は少ない。
だけど、柳瀬さんは目を輝かせてそれらを見ている。
無邪気なその笑顔は、普段は落ち着いていて大人びた彼女が、今だけは年相応の“女の子”に見える。
そのギャップが妙に可愛くて、思わず口元がゆるんでしまった。
「……なに?」
柳瀬さんが、ちらりとこちらを見上げてくる。
唇を尖らせながらも、どこか楽しそうな声。
「え、いや……その、なんか、意外で」
「意外ってなに? 子供っぽいって思った?」
そう言って、少しだけ頬をふくらませる。
「ち、違うって! そうじゃなくて、その……」
怒らせてしまったかと思い焦る俺を見て、柳瀬さんがにやりと笑った。
「冗談だよ。そんなに焦って、若松くんかわいいね」
彼女の声には、明らかにからかいの色が混じっていた。
好きな女の子から、かわいいと言われてしまい、耳まで赤くなるのを感じた。
「あっ、これいいかも……」
再びグッズを見て、彼女が手に取ったのは、アルミで作られた銀色の栞だった。シャープなデザインでありながら、機能的には十分そうだった。
そしてその先には、作中のシーンを連想させるような、桜の花びらのチャームがあしらわれていた。
「これ買っちゃお」
柳瀬さんは、いい物を見つけられたことで嬉しそうだった。
「よかったね。デザインもいいし俺も欲しいぐらいだよ」
そうつぶやくと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「若松くんは買わないの?」
「え、逆に柳瀬さんは、俺とお揃いになるの嫌じゃないの?」
彼氏でも女友達でもない、ただのクラスメイトの男子相手と、同じ物を買うってのは抵抗があるのではないか?
そう思い問い返すと、柳瀬さんは首を振って、俺の手にそっと同じ物を握らせる。
「嫌じゃないよ。初めての、同世代のミステリー好きのお友達だもん。これはその記念」
ただのクラスメイトじゃなく友達と、彼女の口から聞けた歓喜と同時に、俺の手を彼女が握っていることに気づく。
「柳瀬さん、あの……手……」
俺がそう告げると、一瞬キョトンとしたあと、俺の手を自分が握っていることに気付き、一気に顔が赤くなった。
「ご、ごめん」
「いや、俺の方こそごめん」
何とも気まずくも、暖かい空気が流れだす。その時”ガン”と大きな音が聞こえ、なんだと思ってその音の方を向く。
だけど、店内の人ごみが見えるだけ何も分からなかった。
「どうしたの?」
「あ、いや。なんでもないよ」
俺たちはレジで栞を購入する。
そのまま今度は、飲み物とポップコーンを買うために列へ並ぶ。
「ねぇ、若松くんは他にはどんなミステリー小説を読むの?」
柳瀬さんは目を輝かせて、興味津々といった様子だ。
「本格ミステリーもいいけど、岡澤穂積先生の作品みたいな、日常ミステリーも好きだよ」
「それって、新聞部シリーズ? たしかアニメもあったよね?」
「そう、それだよ! 柳瀬さんアニメ観るの?」
そう問い返すと、彼女は少しだけ困ったように笑った。
「うん、ミステリー小説が原作のアニメを一度観たんだけど、それが凄く面白くって。今はミステリー以外のアニメも観てるよ。他の人には内緒だよ?」
少しだけ恥ずかしそうにしてから、“しー“という仕草をする。
それは、イタズラがバレるのを嫌がる、少女のような愛らしさを感じさせる。
反則だろそれ。見た目からは大人びた雰囲気を出しているのに、そんな可愛らしい仕草なんて。
「なんか意外だけど、ミステリーが好きなことといい、柳瀬さんに親近感湧くな。俺もアニメ観るからさ」
「ほんとに!? ますます気が合いそうだね、私たち!」
無邪気な笑顔でそう話す彼女だったけど、その破壊力は凄まじかった。
「う、うん……俺もそう思う」
無理だ、まともに言葉を返せない。
だってそうだろう。こんな美少女がアニメも好きだなんて。
好きな女の子が、自分と同じ物を好きだというのだから、興奮するなと言うのが無理だった。
情けないことに、それから俺は柳瀬さんの問いかけに、何とか短い返事をするのが精一杯で、映画が始まるまで、まともに会話ができなかった。
俺が彼女との距離を縮めて、好感度をあげる筈だった。
それが、この短い時間で、柳瀬さんの仕草やその内面を知ることで、より彼女に恋をすることになってしまった。
やがて、告知映像が流れ、本編へと移る。
俺は柳瀬さんバレないように、ほっと息をつく。この間は会話をする必要もなく、その間に心を落ち着かせる時間を作れる。
今日のデートが映画鑑賞でよかったと、心の底から思った。
そんな時、横から彼女の視線を感じた。
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