第5話 デート当日
デート当日。電車に揺られながら、電車の窓にうっすら移る自分の格好を改めて見直す。
白いシャツにグレーのカーディガン、黒のスキニー。髪もきちんと整えて。雰囲気イケメンに見えなくもない。
家を出る前も散々確認したのに、それでも不安になってついつい確かめてしまう。
よし! っとスマホのメッセージ画面を開くと、そこには「柳瀬怜奈」の文字。
そのトーク画面を開いて「もうすぐ着くよ」とメッセージを送る。
昨日の授業中に訪れた夢のような時間。それなのに今日は二人でデートいうのだから、あの時間は始まりに過ぎなかったのだという事実をかみしめる。
東方省吾先生ありがとうございます。一生あなたの作品を読み続けると、ここに誓います。
ただ、少しだけ気になったのは、昨日の美羽の態度だ。
弘毅と映画を見に行くと言ったときのあの様子。
あの後に、二人で映画を観ることにして、今日の予定のことは誤魔化せた気がするけど、なんだか様子がおかしかった。
そんなことを思っていると、手に持ったスマホが震えた。
通知を確認すると「私はもうついているよ、改札口を出てから真っ直ぐね」という文字と、とてつもなく嫌らしい笑みを浮かべた、昨日と同じ探偵風のおじさんのスタンプが送られてきた。
だから、そのスタンプはよく分からないって。
作品の登場人物なのだろうか? 後で柳瀬さんに聞いてみよう。
しばらくすると駅に着き、改札口を出て真っ直ぐ進む。
すると、どこぞの有名なデザイナーが作ったといわれている、銀色の巨大な知恵の輪を、絡ませておいたかのようなモニュメントの前に、柳瀬さんが立っていた。
彼女は、淡いベージュのトレンチコートを軽く羽織り、内側には白のブラウスとスカイブルーのプリーツスカートを合わせていた。
首元には細いシルバーのネックレスがきらりと光り、足元は黒のショートブーツ。
制服のときよりもぐっと大人びて見えて、春の空気と一緒に洗練された雰囲気をまとっている。
彼女の周りはどこか踏み込んではいけないような、神秘的な領域が作られているように感じた。
それを遠巻きに見ていた男たちが、つぶやく声が聞こえてくる
「モデルさんかな……?」
「すご、オーラが違うんだけど」
「駅前で撮影してるのかと思った」
モニュメントの前にただ立っているだけなのに、周囲の風景ごと引き立てる存在感。
俺自身も、動くことができずにその場に立っている。
だって、どんなに表面上を取り繕えても、本質は陰キャオタクだ。こんな、注目を浴びていて別世界のような神聖な空間に、踏み入れるなんて簡単ではない。
そんな俺に気づいた彼女が、手を振りながら小走りに駆け寄ってきた。
「若松くん!」
小走りにかけよってきたためか、心なしか柳瀬さんの顔は少し赤身を帯びて、その声は上擦っているように感じた。
「今日はわざわざ付き合ってくれてありがとう」
なんなら今日だけじゃなくて、今後もずっと付き合おうと、いいたくなるくらい魅力的な笑顔だった。
「柳瀬さんお待たせ。俺の方こそありがとう。やっぱり一人で見るよりも断然楽しめるからね」
「もちろんそれもなんだけど……」
彼女はそこで一度言葉を切り、俺に一歩近寄り小声で囁く。
「暗い映画館で、ミステリー観るのはちょっと怖くて……」
恥ずかしそうに、そう呟いた彼女の表情は思春期の女の子らしさがあり、さっきまでの大人びた雰囲気とのギャップがとても魅力的だった。
「そ、そっか。それならよかった」
俺は、柳瀬さんを直視できずに、視線を反らして曖昧な返事をするので精一杯だった。
その時、周りに意識が向くと、嫉妬と、“なんであのレベルの男が”とでもいいたげな視線に気づいた。
分かるよ、俺が逆の立場なら。釣り合っていないのは確かだし、幸運に恵まれただけだ。
そんな周りの視線に少しだけ気圧されそうになりながらも、ぐっと気合いを入れる。
それでも、彼女と付き合いたいという想いだけは譲れない。この幸運を狼煙として関係性を進めるんだ!
「柳瀬さん、服よく似合ってるね。その……学校の雰囲気とまた違ってキレイだよ……」
くそぅ! 気合い入れたのに、まともに彼女の顔が見れてないし、凄い小声になってしまった!
そんな自分に内心ツッコミを入れながら、恐る恐る柳瀬さんの顔を見る。
彼女も俺から目線をそらしていて、恥ずかしそうにつぶやいた。
「そ、そうかな? 若松くんも似合ってるよ。なんか学校で見るよりもかっこいいね」
社交辞令としてそう言ったのは分かっている。
だけど、好きな子から“かっこいい“と言われて、喜ばない男はいない。
「いい席はもうとってあるけど、せっかくなら映画館でグッズが売られているみたいだから、余裕を持って行ってみよう」
俺がそう言うと、柳瀬さんは目をぱちぱちとさせる。
「え、チケットとっておいてくれたの? あ、お金」
「いいよ後で、何ならそのまま踏み倒してもいいよ」
冗談でそういうと、彼女は少しだけ困った顔をする。
「そんなことしないよ」
それに俺は笑って返す。
「柳瀬さんならそう言うだろうと思ったよ」
「えーそれちょっとだけ意地悪じゃない?」
そう答えた彼女の頬は、春の暖かな日差しでほんのり赤く染まっていた。
だけど、さっきまでのぎこちない喋りではなく、リラックスした自然体の声になっている気がした。
※※※
やっぱり……お兄ちゃんの嘘つき。
駅前の広場から、少し離れた位置で様子を伺っていた私は、心の中でお兄ちゃんを非難する。
昨日怜奈に「買い物に行かない?」て、誘ってみたら、なんか歯切れが悪く用事があるって言われた。
そして、お兄ちゃんも今日は予定があるなんて言い出すから、まさかと思って家からつけてきてみたら、予想通りだった。
あんなに邪魔してたのに何で? いつの間にデートの約束なんてしたの?
これは大問題よ、何とかして二人の仲が深まるのを阻止しないと………
商業連載の兼ね合いもあり、更新は不定期になる場合があります。
更新情報はブックマーク通知、またはページ下部のX(旧Twitter)アカウントからご確認ください。
複数作品を投稿しています!
少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
ぜひ下の『評価(☆☆☆☆☆)』ボタンをポチッとお願いします✨
感想やブックマークも大きな励みになります!