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第4話 自己嫌悪

 柳瀬さんと映画を観る約束をした日の夜、美羽が夕飯の支度をしてくれている間、スマホの連絡先に表示された““柳瀬玲奈“を何度も確認していた。


 夢じゃない、念願の柳瀬さんの連絡先……しかも明日は紛れもなくデートだ。


「お兄ちゃん。さっきから何度もスマホ持ったり置いたりして何してるの?」


 エプロンをつけた美羽が、手にお玉を持ったまま、ヒョコとキッチンから顔を覗かせる。


「あ、いや……弘毅がさっきからずっと連絡してくるからさ」


「ふーん? そうなんだ。何をそんなに連絡してくるの?」


 美羽の問いかけに、一瞬言葉が詰まる。


「明日弘毅と映画に行くから、予定を決めてるんだよ」


 美羽からの質問に、とっさに弘毅と映画に行くと嘘をついてしまった。


「ふ〜ん。そう」


 美羽の素っ気ない返事。それがどこか寂しそうにも見えた。

 美羽はそれっきり何も言わなくなる。その間が妙に落ち着かず、淹れてあるお茶に何度も口をつける。


「ご飯食べた後に、一緒に映画でも観ないか?」


 間がもたなかった俺は、そう提案する。

 

「観る! 早くご飯食べて~お風呂入った後、お兄ちゃんの部屋で観ようよ!」


 美羽はとても嬉しそうに答えた。

 それにしても、なぜ俺の部屋なんだ?


「いや、リビングの方がいいんじゃないか? テレビも大きいし観やすいだろ?」


 俺の部屋のテレビは、リビングにあるものよりもはるかに小さい。

 どうせ映画を観るなら、迫力が出る方がいいだろう。


「ダメで~す。お兄ちゃんの部屋で観たいの!」


 でたよ、“ダメで~す“が。

 本人は別に意識している訳じゃないだろうけど、この言葉が出た時、美羽が意見を変えることは100%ない。


「……わかった。しょうがないな」 


 妹モノのラノベは全て弘毅に押し付けてあるから、美羽に見られる心配はない。

 あっち系のものは、全部PCの中の深いフォルダに、『ホラーイラスト』という偽造フォルダにぶちこんであるから、見られる心配もほぼないだろう。


「なら、善は急げだね! 準備できたから食べよ!」


 

  

 夕食後、先に風呂に入った俺は、美羽を自分の部屋で待っていた。

 その間にスマホのアプリを開き、柳瀬さんとのメッセージ画面を表示させる。


 好きな女の子とのはじめてのやり取り。高揚する心が指先にそのまま現れて、上手く文字が打てない。

 うち間違えては確認してを何度も繰り返して、ようやく最初のメッセージを送る。 


――こんばんわ、明日何時の映画にする?


 たったそれだけに、10分以上もかかってしまった。

 女子ウケがよさそうな、丸々太った猫がはてなマークを浮かべているスタンプも一緒に送る。

 ふぅーと一息ついてスマホを置いた瞬間、スマホが鳴り、画面に柳瀬さんからのメッセージ通知が表示される。


――うーん、13時くらいはどうかな?


 そのメッセージには、探偵風のおじさんが、考える仕草をしているスタンプが添えられていた。


 俺は、意外なチョイスに思わず吹き出した。

 もっと可愛らしいスタンプを使うのかと思ってたけど、意外な一面を知れた気がして、嬉しさが込み上げてくる。


――わかった。それなら、13時半の上映にしようか?


――うん、その時間でいいよ! 待ち合わせは駅前のモニュメント前でいいかな?


 授業中のメモのやり取りをあの後も続けるなかで、柳瀬さんの家は、映画館のあるショッピングモールの、比較的近くにあると教えてくれた。

 

――それでいいよ。余裕を持って12時半頃集合でいいかな?


――うん、大丈夫! 少し早めにご飯食べなくちゃね


 そのメッセージには先ほどと同じ、探偵風のおじさんが、びっしと人差し指を立ててポーズを決めている、スタンプが添えられていた。


 いや、そのチョイスは独特すぎる。と、内心ツッコミをいれながら返信する。


――それじゃあ、また明日


――また明日。楽しみにしてるよ


 そのメッセージを見て、気持ちが高ぶる。

 分かっている。柳瀬さんが楽しみにしているのは映画であって、俺とのデートだということではない。

 それでも、俺と過ごすことになる一日を楽しみにしていると、言ってくれたのだ。


 腹の中心から熱い塊が込み上げてくるような感覚に続き、それが胸の当たりでぶわと広がったかと思うと、鼓動が速まり息が苦しくなる。


 実は、脈ありなのでは? という悲しき陰キャの勘違いが渦巻く。

 頭で分かっていても、この感情や胸の高鳴りは抑えられない。


 そんな自分がおかしくて、つい自嘲気味につぶやく。


「オタク拗らせるとやばいな……」


「何がヤバイの?」


 不意にかけられた声に驚き顔をあげると、部屋のドアを少し空けて、美羽が顔を覗かせていた。


「うお! びっくりした! いるなら声かけろよ」


「いるよ?」


「いや、そうじゃなくて……まあいいや。ほら観るんだろ、入ってきなよ」


 さっきまでのドキドキが、別のドキドキに変わってしまった俺は、息を大きく吐いてから美羽を手招きする。


「うん!」


 嬉しそうに返事をしてから、美羽は部屋に入って床に座った。

 なぜか、俺の足の間にだ。


「……義妹よ」


「なーにお兄ちゃん?」


「なぜ、そこなんだ?」


「んー? お兄ちゃんをソファー替わりにするからだよ?」


「ソファーがいいなら今からでもリビングに……」


「ダメでーす」


 俺の提案はあっさり却下された。

 美羽からシャンプーの香りと、まだ火照った身体から熱が伝わってきて、無性に美羽を女の子として感じてしまう。


「だって……リビングだと。いつお父さんたちが返ってくるか分からないから。思う存分お兄ちゃんに引っ付けないもん」


 美羽の言葉は、俺の心臓に連続でボディブローを与えてくるかのように響いてくる。

 なんなんだよ! 人が女の子として意識しないように必死になっているのに!


 柳瀬さんとのデートに胸を踊らせたすぐ後に、美羽の言動で心臓が爆発しそうになる。

 そんな、節操のない自分に少しだけ自己嫌悪になる。


「あ! この映画配信されてる! 観たかったんだよね!」


「あ、ああ。ならそれを観ようか」


 テレビの画面を操作しながら、配信サイト上の半年ほど前に公開された恋愛映画のアイコンに、カーソルを合わせ美羽が嬉しそうにつぶやく。

 俺は、それに空返事をするのがやっとだった。


 それから、寝るまで映画を観ていた。

 だけど、観賞中の美羽が動く度にドキっとして、映画の内容なんてひとつも入ってこなかった。


※※※


 私はスマホをベッドの近くにある、サイドテーブルに置いて、物思いにふける。

 若松くんが、ミステリー小説が好きだって聞いた時のことを思い出す。

 ずっと同世代の子に、ミステリー小説が好きな人はいなくて、語り合うことができなかった。

 だから、若松くんと少しだけだけど、語れたことは本当に嬉しかった。

 他にどんな作品、どんな作者さんが好きなの? もっと色々話したかった。

 それなのに美羽のバカ! 休みの度に隣のクラスまでひっぱていくから全然話せないじゃない!

 美羽のこと好きだから嬉しいんだけど、少しぐらい話をさせてくれてもいいじゃない!

 そんな日が続いたものだから、話す機会がほしくて、思わず一緒に映画見に行こうって約束しちゃった。

 

「ふふ……」

 

 明日、若松くんと二人で映画を観に行って、ミステリーについて色々語れるかなと思うと、楽しみでつい声が出てしまった。

 

 その時、ふと気づいた。男の子と二人で映画を観に行く? あれ……それってデートなんじゃ……

 自分が男の子をデートに誘うという大胆なことをしたことに、今頃になって気付き、火が着いかのように顔が熱くなる。

 側にあったクッションを抱いて、ベッドにそのまま倒れる。

 

「ど、どうしよう……」

 

 明日、私は人生ではじめて男の子とデートをするんだ。


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