第3話 筆談
美羽が家を出た時間より、遅く家を出た俺は、予鈴が鳴るギリギリに学校へ着く。
一緒に登校して変な勘繰りや、ましてや兄妹だとバレないようにするためだ。
まあ、元々深夜までアニメを観ていた俺からしたら、ギリギリに登校することは、中学時代から変わらないのだけど。
まだ完全に起ききっていない頭で、あくびをしながら自分の席に向かう。
だけど、次の瞬間には一気に頭がクリアとなる。
「おはよう若松くん。眠そうだね?」
教室の窓から差し込む朝日を背にした、彼女の笑顔は、とても神々しく映った。
「おはよう柳瀬さん。実は、最近公開されたミステリー映画を観に行こうと思ってるんだ。
その復習のために、配信サイトでテレビシリーズを観てたら、つい夜更かしをしちゃって」
家で日々練習と検証を重ねている、自分の中で爽やかだと思う笑顔を、彼女に向ける。
「それ、もしかしてブラッディショーマン?」
「そうそう、柳瀬さん知ってるの?」
「うん! 私ミステリー小説が大好きなの! そのシリーズの本も持ってて全部読んでる!」
彼女は両手をパンと合わせて、とても嬉しそうに言った。
「奇遇だね、俺もだよ! 特に東方省吾が好きなんだ」
俺はやや大げさにリアクションし、彼女に共感して見せる。
彼女がミステリー小説好きなのはリサーチ済みだ。女性、というより人間誰しも好きなものを他人と共有し、話せるというのは嬉しいものだ。
ましてや、ミステリー小説というのは、本離れの進む昨今、同世代で話の合う友人に出会えるのは少ないだろう。
彼女がミステリー好きと聞いてから、ありとあらゆるミステリーを読んでみた。これが思った以上に面白くて、今ではアニメやラノベと同じくらいはまってしまったのだ。
「あのね、それで……」
「ホームルームをはじめますよ」
彼女が続きを話そうとしたタイミングで、担任の先生が教室へと入ってきた。
「話しはまた後でね」
正面を向き、先生の話に耳を傾ける。
まだ彼女と話していたかったけど、今はこれでいい。
ホームルームの間、彼女もまだ話足りないのか、時折視線を感じる。
俺は、自分の顔を見られないように、少しだけ顔を背け外を見るふりをする。
”計画通り!”
きっと、俺は今とてもいやらしい笑みを浮かべていることだろう。
ネットで見た情報だけど、女の子との駆け引きで大事なのは、また話したい、話し足りないと思わせることらしい。
そうやって自分のことを意識させ、常に考えさておくことで、恋愛感情へと発展していくらしい。
種は蒔いた。後はじっくりと会話をしていけばいいのだ。
柳瀬さんは既に俺の術中にはまったのだと、心の中で高笑いしたのだった。
それから一週間後、俺の目論見は見事に外れた。
いや、彼女に話したいと思わせることには成功したと思うよ?
実際に彼女の方から、休み時間に何度か話しかけてこようとする素振りがあった。
「あの、若松くん……」
「怜奈! 加奈のとこ行こ!」
休みのたびに美羽が、柳瀬さんを攫っていくものだから、話す機会が全くといってなかった。
授業間の休み時間。中学校からの友人、成宮弘毅が声をかけてきた。
「なーんか露骨に、智也と関わらせないようにしてるね?」
弘毅は見た目は超絶イケメン。だけど悲しいことに、中身はただの陰キャオタクで、女子とはまともに話せないから恋愛経験ゼロ。
「やっぱり、そう見える?」
「うん、なんか小野寺さんに嫌われるようなことした?」
「いや、そんなことはないと思う……」
弘毅が腕を組みながら首を傾げる。
「そう? 小野寺さん智也にだけ、あたりきついし、知らず知らずに何かしたんじゃない?」
俺はうーんとうなる。
家での様子は変わらず、べったりとくっついてくる。少なくとも、あれで嫌われたり怒らすようなことをしたとは思えない。
本人に「もしかして、俺が柳瀬さんと関わるのを妨害している?」と聞くことも考えた。
だけど、不用意な言葉で、それに追及されて、俺が柳瀬さんのことが好きだってばれたくない。
俺の義妹であると同時に、柳瀬さんの親友でもあるのだからとてつもなくややこしい。
「まあ、もう少し様子をみてみるよ」
結局、今はそうするしかなかった。
授業が始まる直前に、柳瀬さんと美羽は教室に戻ってきた。
午後一の授業なのと、昨夜ついついミステリー小説を遅くまで読んでしまったことで、うとうとしてしまう。
そんな時だった、俺の右腕をつんと何かがつついた。
横を向くと、柳瀬さんがニコとほほ笑んでいた。気が緩んでいたところへの不意打ちに、思わずドキッとしてしまう。
彼女はすっとノートの切れ端を、俺の方へ差し出してきた。
なんだろうと思って受けとると、そこには丸みを帯びた柔らかな文字で
――「ブラッディショーマンの映画見に行くんだよね?」――
と書かれていた。
俺は自分のノートを丁寧に切り取って「見に行く予定だよ。一人でだけど笑」と書く。
弘毅は、ミステリーにまったく興味がないし、一人で観に行くのも気軽だから、それも良いと思っていた。
その手紙を受け取った彼女は、首を左右に傾けて何やら悩んでいる様子だった。
しばらくすると、両脇をしめ、こぶしをグっと握って”よし”となにかを決めたようなしぐさを見せる。
え、なにそれ可愛い
と、彼女の様子を見て内心悶えていると、彼女が手紙への返事を渡してきた。
――「明日の休みに一緒に観にいきませんか?」――
「え!」
「そこうるさい、授業中ですよ」
思わず大きな声を出して、先生に注意されてしまった。
クラス中から注目されてしまった俺は、熱くなった顔をごまかすように作り笑いを浮かべ「すみません」と返す。
教室中から小さなクスクスといった笑い声が聞こえてくる。
柳瀬さんは目を丸くしてこっちを見ていたけど、俺が照れた笑顔を向けると、それに笑顔で返してくれた。
俺は汗ばんだ手を制服のズボンで拭きながら、震える手で柳瀬さんへの返答を書いた。
「いいね、一緒に観に行こう」
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