第1話 平凡な俺と学年一の美少女と義妹
俺――若松智也は平凡だ。学力も運動神経も容姿も、中の下。
だけど、それに不満はなかった。
オタク仲間に囲まれて、漫画やアニメの話で笑い合い、それなりに楽しい毎日を過ごしていたからだ。
きっとこのまま、なんとなく高校に入り、なんとなく卒業していくんだろう。
そう思っていた、高校入試の合格発表の日。
あろうことか、自分の受験番号をちゃんと覚えておらず、挙げ句の果てにそれが書かれた紙をどこかに落としてしまった。
さっきまでは確実に持っていた筈なのに、どこに落としたのだろう?
合格発表者が、貼り出された掲示板の前で、地面に落ちてないかと探していた時だった。
「これ、あなたの?」
ふいに声をかけられて、地面から顔をあげる。
そこには一人の女の子がいて、一枚の紙切れを差し出して俺を見ていた。
陽射しを透かすような明るい茶色の長い髪。春の光と同化したような顔に、思わず息を呑む。金色を溶かしたような瞳がこちらを見て、ふっと笑った。
その瞬間、俺の時間は止まった。
花のように耳元を飾る赤い髪飾りでさえ、彼女の美しさを引き立てるために存在するように思える。
他にも彼女と似たような、セーラー服を着ている子はいるのに、まるで別世界の住人のような眩しさ。
彼女から差し出された紙を見てみると、それは俺の受験番号が書かれたものだった。
「う、うん。俺のだよありがとう」
そう答えると、彼女は優しく微笑む。
「よかった、大事な物でしょ? 落としちゃダメだよ?」
そう言うと、彼女はその場から離れる。
だけど、少し離れてから思い出したかのように俺の方を振り返って、小さく手を振って言葉を発した。
「おめでとう、高校では同級生だね。これから三年間よろしくね」
彼女の言葉を聞いて、はっとして掲示板を見る。
そこには、俺の受験番号がしっかりと記載されていた。
再び彼女がいた方へ振り替えると、そこに彼女はもういなかった。
俺はただ呆然と立ち尽くし、心臓の鼓動だけが全身に響いていた。
それは、高校入学後に“学校一の美少女”と呼ばれる柳瀬玲奈、俺にとっての天使に出会い、恋に落ちた瞬間だった。
その日から俺は変わった。
だらしなかった服装も髪型も整え、流行を取り入れるようになった。
アニメやラノベ一辺倒だった趣味から一歩踏み出し、SNSやバラエティで世間の話題を仕入れるようになった。
苦手だった女子とも積極的に話して、会話スキルも磨いた。
そして、““表面上は“見事に高校デビューを果たし、男女問わず友人も多く、“三枚目のお調子者”キャラとしてクラスに馴染むことができた。
表面上だけ? それはそうだ、ずっと陰キャオタクをしてきた本質は変わらない。
陽キャどもと話すと、未だに内心冷や汗もんだ。
だけど、それがどうした。隠し通してしまえば、表面上だけだとしても、それは本物にしか見えない。
そんな自嘲と割りきった思いで、いざ彼女に挑もうとしたけれど、肝心の柳瀬さんとは、クラスが別で時々廊下などで一言二言かわす程度だった。
噂で告白されているらしいと聞くたびに胸がざわついた。
そんな日々に転機が訪れる。
「よろしくね、若松くん」
「うん、よろしく柳瀬さん」
二年生になって、ついに同じクラス。しかも隣の席になったのだ!
五十音順に並ぶ席順が生んだ奇跡。ありがとう母さん、俺を若松の姓にしてくれて。
いつも振り回してくる母に、人生で初めて心から感謝を捧げた。
「俺、授業中寝ちゃうかもしれないからさ。当てられたら助けてよ」
隣の席になった彼女に、さっそく冗談交じりに話しかけると、彼女は口元に手を添えてクスッと笑う。
「そういいながらちゃんと授業受けてるよね? 成績いつもいいの知ってるよ」
よし、掴みはいい。このままの流れを維持しつつ会話を続けていく。
「いやーこの窓際だとさすがに寝てしまうかも、昼ご飯後なんて特に」
「確かにお昼ご飯後の授業は眠たいかも」
彼女は楽しそうに笑った。二人で笑い合う。その時間が、ただ幸せだった。
もし彼女と付き合えたなら、俺の高校生活はまさに薔薇色だ。
……だけど、神様は平凡な俺に試練を与えてくるらしい。
「怜奈~来たよー」
俺たち二人の空間に一人の少女が割り込んできた。
「わぁ、も~美羽。びっくりしたじゃない」
その少女――小野寺美羽は柳瀬さんと同じ中学で一番の親友。
肩までの艶やかな黒髪は、絹のようにさらりと流れていて、切り揃えられた前髪が大きな瞳を縁取り、その瞳は紫がかった青で、吸い込まれそうなほど澄んでいる。
柳瀬さんとは違った魅力のある、学年でも指折りの美少女だ。
そんな彼女とも、今年から同じクラスとなったのだから、クラスの男子はかなり浮かれていた。
「あれ、若松くんいたんだ」
柳瀬さんに向けた人懐っこい笑顔と、明るい声とは違う。俺にジトーとした目を向けて低い声でつぶやいた。
「いたわ! なんなら俺が先に柳瀬さんと話してたぐらいだ!」
俺が抗議すると、興味がまるでないかのように「ふーん」といった後、誇らしげに胸を張りながら言葉を発っした。
「いい若松くん? 怜奈にとってあなたはただのクラスメイトであたしは親友。この差わかる?」
「ぐっ……」
何も言い返せなった。いくら先に話していたとは言え、ただのクラスメイトと関わるのと、親友と関わるのであれば、当然後者の方がいいに決まっている。
「こらーそんなこと言ったらダメ! せっかく同じクラスなんだから仲良くしないと!」
それを柳瀬さんが窘める。
「はーい、もう言いませーん。ねぇ、隣のクラスの加奈たちのとこ行こ!」
「あーちょっと! また後でね若松くん」
「あ、うんまた」
棒読みの返事をした後、柳瀬さんをつれて教室を出て行ってしまった。
その背中を見送ったあと、がくっとうなだれる。
今ままでもこうだった。チャンスをみつけては、柳瀬さんに声をかけようとしていたけど、ことごとく邪魔をされていたのだ。
それも見計らったかのようなタイミングでだ。
折角のチャンスを邪魔されてしまい、しばらく窓からの景色をぼーと眺める。
やがてホームルームが始まり、新学期初日は午前中で終わりとなる。
その日は、柳瀬さんとそれ以上は話せずに学校を後にした。
家に着いてドアに手を掛けると、鍵は空いていた。
先に帰っていたのか……それにしても不用心だな。また注意しないとなと思いながら、そのままドアをあける。
「ただいま」
玄関には、俺の物よりは一回り小さい、かわいらしいローファーがきれいに並べてあった。
脱いだ自分の靴も、並べるように玄関に揃える。廊下を進みリビングドアを開けると、中から小さな影が勢いよく飛び出してきて、俺に抱き着いてきた。
「お帰り! お兄ちゃん!」
満面の笑顔を浮かべ、嬉しそうに俺の胸に顔をうずめてきたのは、柳瀬さんの親友であり、俺の義理の妹である。
――小野寺美羽だった。
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