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3-1

 二回目になれば少しは馴れも出てきて、ライブハウスの環境に対しての不満は薄らいでいた。礼節としてウーロン茶を注文する。今日も黒赤髪のオネーサンだ。肩の出た服を着ている。細身だけど胸だけ妙にデカいな。

「君、この間も来てたね。中学生?」

 酒焼けっぽいハスキーな声。何か企んでいるニタニタ顔が上から近づいた。大学生? 二十歳は越えている気がする。化粧が強くてわかりにくい。

「え~? 逆ナンすか?」

 嬉しいよね。僕もニッコニッコになってしまう。中学生じゃねえけどな!!!!

 口を閉じたまま「ンフフ」とオネーサンは笑った。ビジュアルはいい。暗いワイン色の口紅がやけに目について、チャシャ猫みたいな印象だ。カラコンも赤い。

「年下のカワイイ男の子が好みなの。あなたは年上好きかしら?」

「やー、綺麗なオネーサンに声かけられて嬉しいな! でも僕、今狙ってる子いるんで。すみません~」

 直球でぐいぐい来られるとヒくよね。モテるのは嬉しいが、話がゴチャついたら計画に支障が出る。あと怖いからパス! どことなく女王様っぽいから、いじめられてしまいそうだ。

「ふうん。恋愛相談ならいつでも乗ってあげるわよ。連絡先交換しましょ?」

 軽く首を傾げる程度でひらりとかわされてしまった。踏んでる場数が違う……!

 おい。どうすればいいんだよ、これ。散れババア! みたいに強めに言った方が良いのかな? でも次から嫌がらせとかされない? 気にしなければ済む? 強引な逆ナンなんてされたことないからわかんないよ~!

「あれ? もしかして……!」

 後ろから聞こえた声に覚えがあった。

 この間の中学生二人組! た、助かった!

「あ! おっそいじゃーん! 待ってたんだよ~」

 必要以上に馴れ馴れしく声をかける。僕は手を上げてハイタッチを求めた。最後まで粘った子が嬉しそうに駆け寄ってきてパチンと勢いよく叩く。

「マジ? やったー!」

「ちわ~っす!」

 もう一人もパチンとしてくれた。ノリのいい子達だ。ありがとう! これですっごい仲よさそうに見えるはずだ。

「っていうことで、ごめんなさ~い」

 軽く手を振って彼女達の後ろへ隠れた。オネーサンは肩を竦めて二人の注文を受ける。ドリンクを受け取ったら、僕は逃げるようにオネーサンから離れた位置へ二人を引っ張っていった。

「なんかあったんですか……?」

 後からハイタッチした方がひそりと聞いてくる。もう片方は、僕の腕に絡みつきながら不思議そうに見上げてきた。

 僕は慎重に周囲を確認してから首を縦に振る。よし、絶対に聞いてないだろ。

「オネーサンにナンパされちゃってさぁ。押しが強くて困ってたんだよ。怖かった……」

 ぶりっこではない。頭から食べられてしまいそうな、妙な迫力があったのだ。

 それはそれは楽しそうに、二人は「きゃあ」とひっそり声をあげる。

「うっそお! あの人、年下好きなんだ。そりゃいくらナンパされても鼻にもかけないわけだわ!」

「ドン引き~。ていうか、男の子でもナンパされて怖いことってあるんですね」

 中学生は年下だと思っていたけれど、未成年に手を出す成人よりは近いのだ。心がホッとしたお礼に連絡先を交換した。前回約束したからね。ベタベタしてくる子はゆゆこちゃん、さっぱりしている子はさなえちゃんと名乗った。

 トラップドアスパイダーズは今日も一番最初だった。二人とも「あのバニーのやつ」だと、しっかり名前を覚えていた。やはり物事はインパクトが必用だ。佐藤さんの動画の伸び率が最近低迷しているのはオッパインパクトが薄れたからだろう。

 時間が来た。会場で待っている人達が、舞台に期待の目を向ける。

「バニーいないね……」「バニーは……?」「バニーちゃん……」

 期待されていたバニーはいなかった。独り言レベルのバニーコールが散見された。

 でも佐藤さんがいた。

 髪の毛を良い感じにセットして、ばっちりメイクした姿は初めて見た。

 服装はシックでちょっとエッチ。化粧は人形っぽい。髪型はアニメっぽい感じ。足長いなあ。太股はパツンパツンなのに足首は儚くきゅっと細い。元気な色気と内気な愛らしさが矛盾なく成立していた。可愛すぎる。バンドだけじゃなくてグラビアもやればいいのに。この格好のまま町中を歩いたらスカウトされるだろ。

 とはいえ、表情は能面。緊張しているのか怒り肩。ファンデーションの下は真っ青になっていそうだ。終わる頃には貧血で倒れたりしてね。

「あの子、バニーの子じゃない?」

「超美人じゃん。なんで顔隠してたんだろ」

 中学生がひそひそする。

「恥ずかしがりなんだよね」

 僕はしたり顔で言った。

 よく懐いた猫みたいに肩にすりついていたゆゆこちゃんが、ぎょっとして身を引いた。

「もしかしてバニーの子が彼女!? うわ……これは勝てない……ドラムの方ならとれるかもって思ってたのに」

 呆れ顔で「あんたねえ」と額を小突くさなえちゃん。僕はそういう邪悪で気の強い子、嫌いじゃないけどね~。親近感ある。でも、ウタのデートスタイルは今の彼女達よりもこなれているし、簡単に勝てるとは思うなよ。

 今回は自己紹介の前に演奏が始まった。

 前回よりも音のまとまりがいい。首を傾げる必用がなくなった。そのお陰で、ようやくまっとうに曲を聴くことができた。生まれてこの方メロディや歌詞の善し悪しはわからない人間だが、演奏している時の彼女達のイメージには合っている気がした。

 佐藤さんは、演奏外はデッサンが変な絵みたいに力んだ姿勢で一言も喋らないが、演奏しているときは自然にゆらゆらして、真剣ながらも楽しそうな表情をしている。演奏だけはできる心配なくらいナイーブな子という印象だ。

「え~、なんか私、バニーさんのファンになっちゃったかも……超上手いし、人形っぽくて可愛い~」

 ゆゆこちゃんが言う。さなえちゃんも「マジでうまいね」と評論家みたいに頷いた。

 人形かあ……言い得て妙。楽器を弾くためだけにそこにいる機械人形みたいだ。その危うさがゆゆこちゃんのような地雷ファッションガールの心をくすぐるのだろう。少年ぽいウタ、クールな天音、お嬢さん系のトモ、病んでる佐藤さん。いいバランスなのかも。

 続けて似た感じの曲なのでマンネリしたが、最後は新曲らしく、激しめのメロディだ。

「あ、この曲いい!」

 さなえちゃんの方が真面目に音楽が好きなのかもしれないな。反応が真剣だ。彼女が言うのだから、きっといいんだろう。

 最後の力を出し尽くすように、四人とも激しく楽器をかき鳴らし、叩いている。こういう風に汗をかく女の子を見るのもいいな。

 サビのフレーズにさしかかり、佐藤さんはザンと強くギターを鳴らす。

 パツンと、シャツの胸元が開いた。おっぱいの圧にボタンが負けたのだ。中央を走る黒いエッチベルトの隙間から、ピンクのレースのブラジャーがチラチラと覗く。これはボタン二つ分くらい弾けたのではないだろうか。

「すっご!」

 ゆゆこちゃんが僕の腕を引っ張る。さなえちゃんにも引っ張られた。

「ちょっ……あれ、いいんですか」

 僕は唖然として何も言えなかった。

 いいんですかって。いいんですかって。そんなの、いいに決まってるじゃん……。意図的に見せられるのも大変結構だが、ハプニングで見えることの方がより嬉しいんだよ。お得なんだよ。個人的な意見だけど。

 演奏に集中しているせいで、佐藤さんはぜんぜん気がつかない。おっぱいは揺れて、ブラジャーはチラチラと覗いている。真剣な表情とのギャップが僕の背徳感に刺さる。こんなに一生懸命な子へ性的な視線を向けていることが申し訳なくて最高だ。

 曲はモチベーションを高く保ったまま終わった。もしかすると今後を左右するような大切な一曲のお披露目会だった気もするが、大切な部分のお披露目をしてしまったことの方が印象深い。

 曲が終わって、ようやく気がついたらしい。目をひん剥いたトモが口元をおさえた。

「フランちゃん! ここ! ここ!」

 ぱちぱちと自分の胸元を叩くトモ。

「わヒャッ……!?」

 視線を落とした佐藤さんは、両手で胸元を引っ張って隠す。背中を丸めて俯いてしまった。コンタクトを探す人みたいに、床をきょろきょろと見ている。

「ぼ、ボタン、きえた……ない……あ、あった」

 惨めな様子でしゃがんでボタンを拾う。むちっと持ち上がる太股の肉! 重力で垂れる乳の立体感! 圧倒的肉感ッ!

「あ、ありがとうございました!」

 MCもほどほどに、佐藤さんを庇うようにして彼女たちは捌けていく。

「おっぱいに殴られたな~……」

 さなえちゃんが放心したように呟いた。


*****



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