2-4
この頃、佐藤さんは返信が早い。僕への連絡に馴れたのだろう。家に母親がいるとのことで、中間地点のコンビニで落ち合った。
時既にやや日の落ち始めた頃。空の裾が紫に染まっている。やはり佐藤さんのシルエットは都市伝説だ。呼び出しておいて言うことじゃないが、お願いなので暗くなったら出歩かないで欲しい。
「これ」
僕は紙袋をずいっと突き出した。
「えっ、えっ」
佐藤さんは後ずさってのけぞった。二歩三歩と下がって行くので、じりじり追っ掛けるしかない。
「ご飯のお礼」
「そ、そんな、どうかお気になさらず」
「これであと四回くらいはタダ飯させてもらうつもりだけど」
「そんなこと気にせずに来ていただいてぜんぜん構いませんのででででで……」
恐縮しきった佐藤さんは、両手を突き出しぶるぶると首を振る。一種のやりすぎであることはわかっているのだけど、こっちにも思惑ってものがあるのだ。
うーん。どうしようかな。恩着せがましく脅してみるか? でも、押せば行けそうだからこそ、その手段はおじさん臭くて嫌だな。金にものを言わすスタイルが既にオッサンなのだ。もっと違う切り口で行ってみよう。
「貰ってくれないの?」
僕、悲しいなぁ~、というぶりっこをしてみる。
「……で、では……」
大袈裟すぎる身振りがフェードアウトした。遠慮がちに手が伸びて、おずおずと紙袋を受け取る。
成功だ! どうやら、佐藤さんは僕のことを可愛い系だと認識しているらしい。微妙だ……ひとえに嬉しいとは言いがたい。
「お洋服、でしょうか……?」
「うん。ウタと一緒に選んだから安心して」
「え? ウタちゃんと?」
少し大きくて素っ頓狂な声。顎がそれて、まん丸な目が前髪の隙間から覗いた。
その反応を待っていた。不安になった?
「だって僕、そういうの詳しくないし。一応ステージ衣装なんだってさ。そこら辺はあとで聞いて」
受け止め方がわからないらしい。上の空の「はい」という返事。
ウタに抜け駆けされた気分になるかな? でもちゃんと理由があるんだからモヤモヤする必用なんかないんだよ。ねえ? 僕は同じ事されたら徹底的に問い詰めるし、ウタの立場の男に対して強く根に持つけどね。僕がされたら嫌なことをあえてやっている。
佐藤さんはぼんやりして隙だらけだ。僕は長い前髪をそっと避けて、顔を見上げる。指先にかかる髪の毛はさらさらしていて心地良い。安っぽいシャンプーの甘ったるい匂い。見慣れてきても、やっぱり綺麗な顔立ちだ。近づくと、まだ怖がられるけど。半分ビビッているその目がたまらない。
「その服なら、前髪避けた方が合うと思う。帰ったら着てみてよ。そんで写真ちょうだい」
佐藤さんは身を引いて、逃げた。顔を隠すみたいに両手でいそいそと前髪を梳く。
「え、と……ま、前髪、は……」
小声。猫背。お化けみたい。スタイルがよくて美形なんて想像もつかないくらい、陰気でおどおどしている。自信をつけたら、どうなっちゃうんだろうな。
「妬まれるくらい、周りに見せつけてやろうぜ」
君は綺麗なんだ。囲んできた女は僻んでいるだけだ。わかれ。
佐藤さんはぐっと喉の奥を鳴らして、黙った。何か言いたいのかもしれないけど、俯いてよくわからない。
「私は……その……そういう、言い方……」
「ああ。ごめん。じゃ、みんなが振り返るくらいに見せつけてやろう、って言ったことにしといてよ」
「……趣味悪いです」
「人の趣味にケチつけんな。その自虐はタチ悪いね。自信ないのは勝手だけど、僕の前では二度としないでくれる。不愉快」
マジで不愉快になってしまって、特に挨拶もせず、振り返りもせず、帰路についた。佐藤さんは追いかけてもこなかった。なんでプレゼントして不愉快になってんだか。
家に帰ったら父親がソファでぐずぐずしているからもっと不愉快だった。蹴り落としたらようやく起き上がってくる。
すげえムカつくことに父親は身長がある。僕はチビなのに。なんで僕はチビなのにこっちは身長があるんだ。顔はわりと似ているのに。どうしてだ。
「今さー、ママの夢見たんだ。人に迷惑かけちゃダメって怒られちゃったんだよ」
気の抜けた笑い顔で甘ったれたことを言った。嫌い!
「じゃあ仏壇に誓って女遊びはやめろ」
「だから、遊んでるわけじゃないってば。ママが世界中探してもいないことを確認してるんだよ」
子供にするみたいに僕の頭を撫でてから、仏壇に向けて「ねえ? ママ」なんて言って、台所へ向かう。そして今日も変に洒落た写真映えする料理を作るのだろう。不快!
しかし、風呂上がりに佐藤さんから写真が届いてすべてチャラになった。
顔を映すのが恥ずかしいのか、顎から下の自撮りだった。亀甲縛りみたいなエッチベルトがすっごいおっぱいを強調している。絶妙な短さのショートパンツだから、ぱっつんぱっつんの太股が眩しい。
長い謝罪文は無視した。読まなくて良いカバー裏のおまけだ。いいよ全部許す。この自撮りの前にすべての罪は消える。そしてこの自撮りは罪深い。その罪深さを知っているのだろうか。知らなさそうだな。それでいい。それがいい。自信があってもなくても、言ったとおりに着てくれるならいいや。僕はこれが見たかったんや。