2-3
駅前でぼんやりしていたら肩を叩かれる。
「おい!」
ウタだ。後ろから来たせいではなく、小さいせいで目立たないから気がつかなかった。
「おっ、どうも。可愛い服着てんじゃん。そっちが普段のカッコなの?」
セーラー襟がついた水色のワンピースだ。でっかい髪飾りがついて、メイクも可愛い系の派手め。街を見ればそこそこいるから、ある意味、個性的とは言えないだろう。ライブの時の男の子みたいな感じも妙に似合っていたんだけどな。
ウタは、威嚇するみたいにむーっと頬を膨らませる。
「あたしが何着ててもいいでしょ。なんだよ、小学生みたいって笑う気?」
「それは僕も笑われる方だからさ……そういうのも似合うね」
「別にあんたに褒められても嬉しくないし!」
そっぽ向いてしまった。
やはりこれは好かれている。初対面からなんとなく好意を持たれている気がしたが、確信になった。
理由は、視線がソワソワしているから。そして、あまりにも当たりが強いから。素直に好意を示すわけにはいかないので、態度が反転しているのだろう。
「でも、そういうのいいね。佐藤さんも似合いそうじゃない?」
「うん……フランちゃんってなんでも着こなしそうなんだよなあ。スタイルいいから、うらやましい」
「スタイルもそうだし、身長が平均的っていうのがね……子供服が選択肢に入ってる段階で負け組の気がする」
「げっ、あんたも?」
「Sサイズじゃなくて150。上身はフリーサイズでもなんとかなるけどねえ」
「わ、わかりすぎる……頑張って生きましょうね」
励ますように背中をポンポンと叩かれてしまった。畜生。パンツは150センチ子供服でも、六万円のトレーナーだからプライドはギリで保てる。
改めてウタと向き合った。女の子の服やメイクには詳しくないけれど、良い感じに可愛い。このセンスなら安心だ。
僕は頭を下げた。
「今日は佐藤さん改造計画ということで、先生、よろしくお願いします」
「任せなさい。スリーサイズもしっかり調べてあるからバッチリよ」
「その情報はいくら詰めば良い?」
「禁則事項! ノットフォーセール!」
頭をひっぱたかれてしまった。相変わらず手が出るのが早い雑な女である。
ウタに先導されてファッションビルへと向かう。並んで歩けば、おそらくカップルに見えることだろう……中学生くらいの。
「ご飯のお礼に服だなんて羨ましい話だよ」
妬みの籠もった低い声でウタが言う。
特に理由もなく服を贈るのは難しいので、そういう理由をつけておいた。佐藤さんにもそのように説明するつもりだ。でも、本音は前髪を上げて顔を見せて欲しいから、服から何からプレゼントをしてその気になってもらおうと思っているだけである。
「ウタもなんか欲しいものある?」
「そういう好感度の買い方、サイテーだと思うんだけど。パパ活するオッサンみたい」
「そんなことしなくてもモテるよ。この間も中学生にタメだと思われて逆ナンされた」
「なにそれ悲しい……」
「ウタはないの?」
「こういう格好してるときは普通にナンパされるけど全員ロリコンだと思ってる。バンドのときは箸にも棒にもね」
「あっちも可愛いと思うんだけど」
「……珍しいやつ。そりゃ、女の子にはウケるけど」
唇を尖らせてふてくされた顔をする。気難しい表情も寝ぐずみたいで愛らしい。
確かに少年スタイルじゃ男にはウケないかもな。普通程度に元気で可愛いってだけじゃ抜きん出ることは難しいだろう。アイドル路線でロリを売りにすれば話は違うかもしれないが、彼女たちなりに音楽性など、意図することや考えることがあるのかもしれない。
「ねえ、なんであたしに連絡したの?」
気を引くみたいに、袖をちょいと引っ張られる。
「会いたかったから?」
そう聞くってことは、そう言って欲しいんだ。八の字の眉とおろついた視線。困ったような、嬉しいような、板挟みの感情を押し隠すことができずにいる。可愛いじゃん。
初対面から、ウタは僕に好意を持ったことを確信していた。話す度にどんどん関心を強くしている手応えもあった。ガールズバンドを引っかき回すにはいい足がかりだ。
「別に、これ、フランちゃんのためだし」
絞り出すように、真っ赤な顔でウタは言った。
ウタが着ているような服の店は、わりかし内装がチープだった。什器には拘りがないと言って良いだろう。
「これライブでも着れそう」
ウタが選んだのは、黒い千鳥の細身のジャケットとショートパンツのツーピースだ。魔法少女みたいなウタのワンピースとは違い、シックで大人っぽい印象だった。
「うん、良さそう。でもバニーは?」
「ふふふ。顔を出すなら普通の服を着ていいよって条件つけてんの。でもいつものジャージじゃイマイチだからね。いい機会なのよ」
「理解。バニーの前ってどんな感じだったの? やっぱジャージ?」
「そう。それに黒いマスクにグラサン。顔見えないし猫背だし、舞台にあがっちゃうと音もぜんぜんあわないし。ヤバいでしょ?」
「確かにヤベーわ。花粉症の時期に見かけるタイプの変質者じゃん」
ウタはキャラキャラと口を押さえて笑う。
「ジャージは悪くないけど、あたしとキャラ被るからね。それに、ルックスっていうか、スタイルが生きないし」
「色々考えるんだねえ……」
演出なのか、無理して自分を作っているのか、あんまりよくわからない。でも意図する方向があってこそなのだろう。それに意味があるかはわからないけど。
フリルのついたグレーのブラウス、亀甲縛りみたいなエロベルト、スチームパンクで見かけるような靴下止め、ベレー帽、厚底のローファーが集められる。何系の服かはわからないけれど、揃えるとなんとなくそれっぽい。ウタは満足げだ。
「こんなもんでしょ。アタシ半分出すわ」
「えー、面倒くせえな。ここは持つから化粧とかしてあげて」
「あー……しないもんな、化粧。それであれなんだから、ほんっと……」
妬み混じりの小声がぼそぼそ漏れる。自分の可愛さにさほど気がついていないというのが、彼女としてはムカつくんだろうな。
一式揃えてこれかよっていうくらいのプチプラだった。確かに通常の高校生なら、ここでようやく服を楽しめるのかもしれない。全部揃えて佐藤さんのいつものジャージ一着分くらいだな。
「試着とか大丈夫ですか?」
「あ、私が着るんじゃないんで」
ウタは言い訳がましく「友達へのプレゼントなんです」と付け足した。だけど財布を出すのは僕。ややこしさを察したらしく、派手な髪色の店員は余計なことを言わずに服を詰め始めた。
ちょっと気まずい空気で店から出る。他人が水を差すからこうなるのだ。疑似的にカップルみたいなことをしても、全部佐藤さんのためなので、きっと損した気分になるだろう。そういうヘイトをこつこつ溜めていけば人間関係は崩れる。
しばらく黙っていたウタが、思い切ったように顔を上げる。
「もしかするとなんだけど、女装用の服って思われたんじゃない」
言葉をのみ込むのにしばし時間がかかった。女装用の服=男が着る=僕が着るってこと?
「…………なに言ってんの?」
「いやあんた着れそうだし似合いそうだなって思って。ねえ、女装してうちでギターやんない? いけてると思うんだけど」
「女装も楽器もしねえから」
「楽しいよ、バンド。メイクだってあたしがやったげるからさあ。今からどう?」
「やんないやんない。やだやだ。なにやらそうとしてんだよ」
「楽器も教えてあげるから」
「しつこいってば! いやだよ! 絶対やんないからね!」
こいつは何を考えているんだ。正気かよ。真剣な顔で一生懸命言ってくるところがシャレにならない。適当に対応してたら押し流す勢いで熱心なので、ぴしゃりと断らざるをえなかった。
しょんぼりとするウタ。でも罪悪感はない。そっちが悪い。
「だってさ……そしたら練習とかで一緒に集まれるじゃん。あんたが入ったら、きっと面白いと思うんだよね」
それは確かに楽しそうだ。絶対に混ざれない世界だと思ったからこそ、僻みっぽく加虐的な気持ちになっていた。佐藤さんとの付き合いみたいに、一歩近づいてみれば見方は変わるのだろうか。女装して、真面目に楽器を練習したら、仲間になれるのだろうか。
「絶対似合うと思うし……女装……」
「パス!」
「流行ってるよ?」
「アイデンティティの問題もしくはファッションとしての自己表現だろ。流行りで半端にやったら失礼だよ。そういう点で僕は今の自分に違和感ないし身長以外は満足しているからやんない」
「うっ、けっこうマジで説教された……反論できねえ」
「でもスタジオ練習とか見学させてくれるなら喜んでスタジオ代払っちゃう」
「一体どこからそんな予算が沸いてくんのよ……」
ウタは訝しがってじとりと睨み付けてくる。僕は高校生が一般的に就きそうな労働にいそしむタイプには見えないだろうな。
「金は持ってんだよ。中身がないけどね」
なるほど、中身がない!
自分で言って、自分で納得して、自分でおかしくなって、一人で笑ってしまった。人と話してようやく気がついたのだ。自分には中身がないから彼女たちが妬ましい。
さすがに一人で笑い続けるわけにはいかないので、道の脇でクレープを食べながら簡単に財産形成のあらましを説明した。納得してくれたけど、同時に呆れられた。
「だからってたからないわよ。友達だもん。理由がなければ割り勘」
いい子だな。独善的なところもあるけど、真面目にしっかり生きてる感じがする。
だから身を持ち崩したところが見たいな? だってなんかムカつくから。
ウタが佐藤さんの美貌と構わなさにやきもきして嫉妬するように、僕も彼女のまっとうさが眩しくて癪に障るのだ。
嫌いなんじゃない。明るい人と一緒にいると自分が嫌いになるから、離れるか、引き摺り下ろすかしたいだけだ。彼女達の世界で表現するなら、みんなは全音で、僕は半音下がったフラットな存在なのだろう。
「えらいね」
コロンとした形の頭の上に手を置いて、ポンポン、と軽く撫でる。
ふわりと肩の力が抜けた。ウタのまん丸で春めいた色彩の瞳が僕を見つめる。
僕は好かれている。たった今、恋に変わっているかも。
「べつに」
ウタは振り払うみたいに視線を逸らす。感情を覆い隠すようにむっつりと口を結んだ。
そうだよね。僕は佐藤さんと仲が良いから、遠慮するよね。
「ちょっといつまで撫でてんの」
そう言いながらもされるがままだ。じゃあ、そろそろやめる。肩を竦めて手を下げると、ウタは物足りなさそうに小首をかしげた。
既に負荷はかかりはじめていた。これなら後は自然に任せればいい。一度リズムを崩したら勝手に拗れていくものだ。
なんでこんなヤツのこと好きになるんだろうね。僕にはちっとも良さがわからないや。
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