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1-4

 天音はニッコニッコでファミレスのハンバーグを勢いよくパクついていた。

「さっきまでの不機嫌クールはどこにいったんだよ」

「お腹空いてただけ」

「あー、バンドってカロリー使いそうだもんな。楽器も本体も維持が大変だ」

「そうそう。バンドマンは金かかんの。マジで大変なんだからね~」

 頬杖ついてデミグラスソースのついたフォークの先をひらひら振る天音。つまり金欠ってことか。案外良く喋るやつだ。

 ウタは天音の隣で不満そうに大盛りのカルボナーラをつついている。僕から一番遠い席だ。

「奢りって言われて手のひら返しただけでしょ。まったくもう、天音もフランちゃんも変な男に騙されたって知らないんだからね!」

 と、僕を睨み付けた。それから、やけっぱちみたいに口いっぱいに頬張ってそっぽを向く。

「いきなり打ち上げに混ざる変な男ではあることは否定しないけど。邪魔だった?」

 僕は佐藤さんに聞いた。気を使っているのではなく、もてなせよ、と強要している。

 膝に手を置いて俯いたまま、一箸も進んでいない。お供えされた地蔵と化している。

「はじめての人とご飯食べるの緊張しちゃうタイプなんだよね。ほら、フランちゃん、冷めちゃうよ」

 あやすように佐藤さんの背中を叩くトモ。遠回しな毒を感じる。やっぱり性格超悪いんだろうな。僕も性格クソ悪いから、相手の程度は触感でわかる。

「いらんならウチ食べるけど」

「よこどりすな」

 伸ばしかけた天音のフォークを手で叩いて制すウタ。

 わちゃわちゃしていて微笑ましい。悪い子達ではないだろう。それぞれが佐藤さんを慮っているのがわかった。でも、誰も佐藤さんの話を聞こうとはしていない。喋んない方が悪いんだけどね。

「佐藤さんは何か言いたいことある?」

 と、僕は言って、スプーンでプリンをゆらした。マジで一言も声を聞いていない。

 みんな黙って佐藤さんを見る。この白けた沈黙は、どうせ喋らないという諦めかもしれない。

「あの、わ、私……ずっと、気になって」

 降り始めの雨みたいなとつとつとした言葉。ごくりと空気を飲み下し、大きな瞳がこわごわと僕を見つめた。

「たのしんで、もらえましたか……?」

 まっすぐすぎる瞳。僕への個人的な感情なんか微塵も混ざっていなかった。ひたむきに音楽のことしか頭の中にないのだろうか。

 空気が緊張でピリつく。僕が客だと忘れていたのだろう。他人から直接評価を受ける瞬間というのは、テストの答案を開くくらいに緊張するのだろうか。芸術活動に手を出したことがないからわからない。

 もしかして発言に責任ある? やだなあ。

「ああ。そうだね。まずは、お招きいただきありがとう。ああいう空気に触れるのって初めてだから、そういう意味では楽しかったな。掛け値なしでバニー百点。ごちそうさま」

 正直だからこそ何を言うか悩んだ。バニーと聞いてウタが睨み付けてくる。

「そのっ……演奏……は?」

 それを聞かないで欲しかった。質問した佐藤さんだって聞きたくなさそうじゃん。フられる直前の彼女が次にいつ逢えるか聞くみたいな言い方してる。

「だからさあ、僕、音楽のことはちっともわかんないんだってば……」

 頼むよ。勘弁してくれ。僕の沈黙に重なる、ヒリヒリする沈黙。

「言わないとダメぇ?」

「でき、れば……聞きたい、です……」

 佐藤さんが言うなら仕方ない。しぶしぶ口を開く。

「日常的な音楽って、プロの弾くものを耳にすることが多いんだな、って思った」

 一度黙って周囲の目を見渡す。続きを促す深刻な無言。まだ言わせる気なのか? もう知らんぞ。お世辞や手加減を求められていないことは、彼女らの怯え混じりの真剣な顔が物語っていた。

「上手いとか下手とか素人の僕にはわからないと思っていたけど、聞けばそれなりには聞き比べられるもんなんだね。なんか、変な音だった。意図もなくバラバラしてた。たぶん君らは下手なんだろうな」

 悲痛で重苦しい空気になってしまった。せっかく楽しい打ち上げだったのに……。嫌がらせは好きだけど、ようやく食う気になった飯がしんどくなるのは御免だ。だりぃなあ。

「そんなのあたしたちが一番よくわかってるよ。あんたに何がわかんのよ」

 悔しそうにウタが低い声で呟く。

「だから、なんにもわかんないよ。お世辞が欲しいなら最初に言って」

 僕は似たような内容を繰り返し言うことしかできない。真面目な顔で感想を求められたから率直に言ったのに。損した気分。

「ていうか、不思議なんだけど……佐藤さん、動画のは今日より上手かったよね?」

 佐藤さんがぎくりと肩を強張らせた。

「動画?」と、ウタ。

「なにそれ?」とは、トモ。

「聞いてない」は、天音。

 驚いた顔で口々に言い始める。

「動画サイトにあげてんだよ? えっ、嘘っ。知らないの?」

「知らない! なんで言ってくれなかったの? 見せてよ!」

 ウタはキレる寸前の顔を佐藤さんにぐっと近づけた。佐藤さんは蛇に睨まれた蛙みたいに「えっと」と硬直している。

「ほい。どうぞ。ミュートだけど」

 僕は動画サイトを開いてスマホを机の真ん中に置いた。音を消して最新の動画を流す。

 例の動画を消した後は健全オンリーだがファンはついたようで、バズった前後の動画の再生数は伸びつつあった。

 みんなの眉間がしわしわになっている。

「言い、そびれていて……今更いいかなって。編集も下手だし、背景もしょぼいから、恥ずかしくて……」

 佐藤さんは照れでヘロリと口元を緩ませた。修羅場を自覚していないらしい。ある意味、大物ではないだろうか。

「フランちゃん、嘘つけないもんね。こんなに伸びててすごい。私の歌ってみたと同じくらいかな?」

 癖なのだろうか、トモが頷いた。牽制しても敵対心は気配がわからないほどに消されていた。

「広告収入っていくらくらいあるの?」

 ひそひそと低い声で言う天音。佐藤さんは曖昧に首を傾げた。

「えっと……お母さんが管理してて、教えてくれなくて……わかんないです」

「なんだ。やる気だそうと思ったんだけどな。フランがいけるならウチもいけるはずだ」

 ズゴゴゴゴとメロンソーダを吸い尽くし、天音はカップを持って席を立った。「私も」とトモも立ち上がる。

「私のやってるアプリなら投げ銭でチケット代くらいになるよ」

「マジ? なんでもっと早くいわない」

「言ったよ~。天音が面倒くさがって聞いてなかっただけでしょ」

 天音はクズなんだろうな。遠ざかる二人の会話が悪口にならないことを祈る。

「僕は佐藤さんの代わりに説明したわけか。感謝してよ」

「はい。率直な感想も、ありがとうございました。聞いて良かったです」

 はにかんだ佐藤さんはぺこりと頭を下げる。ここでようやくスプーンを持った。

 なんとなく違和感があった。僕が想像している佐藤さんよりも、しっかりした内容をはっきり喋ったからだろう。

 しゅんと眉を下げていたウタは、お冷やで軽く口をしめらせる。ふうっと長いため息をついて、笑顔を作った。

「動画、後で見るから連絡してね」

 こくこくこく。頬いっぱいに頬張って頷く佐藤さん。お腹は空いていたんだな……。

 ウタのじろりとした目が僕に向く。僕に対してはずーっと目つきが悪い。

「あんた、連絡しないとか、無視するとか聞いてたけど、嘘はつかないんだね」

「ああ。あれ、わざとやってたからね」

「えぇ!? なんで!?」

「キョドって面白いからに決まってんじゃん。こっちから声かけないだけで、無視してるわけじゃないし。なんなら自分から話しかけてこない佐藤さんが僕のことを無視してるって言ってもいいくらいだよね~」

「最っ低……優しさってもんがないのか?」

「人が困ってるところを見るの好きなんだ。それくらいしか腹の底から笑えることなんかないし」

「へえ~。性格が悪いふりして、実はただの寂しがりだったりして?」

 からかうみたいな言い方だ。出会い頭から負け続けだから、どこかでやり返したいのだろう。

 どうだろう?

 ………………そうかも?

 考えたこともなかったから、熟考してしまった。

「なに神妙な顔してんの。図星だった?」

「うーん。よくわかんなかった。悩んじゃったよ」

「なにそれ。フランちゃんは変だけど、あんたも相当だね」

「君はいい意味で普通だよ」

「そんなのぜんぜん嬉しくない」

「じゃあ、君は童顔のチビだよ」

「あんたが言うな」

「ははは。一種の自爆テロですな」

 舌打ちしたウタはスマホを出した。画面にはQRコードが表示されている。

「連絡先、交換しようよ。フランちゃんに悪いことしないか見張らせてもらうから」

「はいはい。また遊んでね」

 その間、佐藤さんはおいしそうに黙々と食事していた。健康的ないい食いっぷりだ。

 しばらく、僕は彼女達の脇で今後の方針とか努力点の話を聞いていた。詳しくわからない。話に参加するわけでもない。でも、楽しそうな姿を見ているだけで充分に楽しめた。

 そろそろお開きという空気になって、僕は「トイレ」と席を立つ。手癖が悪いやつみたいに伝票抜き取ろうとして、ウタに手首を掴まれた。

「おっと。連れションする?」

「バカか! 割り勘!」

 天音は勢いよく立ち上がって、ウタを威圧的に見下ろす。

「なんで! いいじゃん! 奢ってくれるって言うんだし!」

「ダメだよ。そういうことすると友達じゃなくなっちゃうじゃん」

「ウチはタダ飯食えるなら太鼓持ちでも犬でもいい……」

「持つのは太鼓じゃなくてベースでしょ」

 天音はしぶしぶ財布を出した。トモは「えらいえらい」と天音の背中をポンポン叩く。バカにしてんな。


*****


 帰りの電車は佐藤さんと二人だ。座席についた佐藤さんはうつらうつらと楽器ケースに体重をかける。降車駅まで寝かせといた。

 肩を突っついて起こすと、佐藤さんはリスみたいにきょどきょどと周囲を見渡して、慌てて電車から飛び降りる。あまりにも鈍くさいので、声に出して笑ってしまった。

 佐藤さんは楽器のバックを抱えて背中を丸める。いつもと変わらず顔色がわからない、夜道は暗くてなおのこと。

 家まで送り届けることにした。隣に僕がいないと、すれ違った人が幽霊と勘違いして都市伝説が一つ増える可能性がある。

「ねえ、ずっと気になってたんだけど、そのジャージ、いいの着てるじゃん。フレッドペリーだよね。古着で買ったの?」

 ゆっくりと首を傾げる佐藤さん。これは答えが期待できないな。

「あ……えと、よくわからない、です……。お父さんので……」

「へえ。ファザコン? 親と仲いいんだね」

「形見なんです」

 佐藤さんは、ぶかぶかの首回りに口元を埋めた。

「変なこと聞いちゃったかな」

「いえ。私が小学生の頃の話ですから……」

「そっか。大事に着れば一生着れる服じゃないかな?」

 佐藤さんはこくんと頷く。薄ら目元が細められて、心なしか笑ったようにも見えた。

「音楽も、お父さんの趣味だったんです。だから、お母さんも応援してくれて」

 舌足らずな喋り方だ。甘えん坊みたいに聞こえるけど、心にひっかかりがある気がした。いや、勝手に自分を重ねているだけかも。僕が、親に対して色々思うところがあるから。

「そうなんだね。反対されるよりはいいよ」

 はっとして僕を見つめる佐藤さん。正面から顔を見るのは二度目だ。

 笑っていた。そこらへんの道ばたに生えてる小さい花みたいなささやかな笑みだけど、可愛いじゃん。こんなに顔がいいのに、なんで隠すんだろう。

「的井君って、私の気持ち、見透かしてるみたいです」

「そう? でもそれって逆に嫌じゃない?」

「いいえ。私、話すの、得意じゃないから……すごく、気持ちが楽です。なんというか、ちょっぴり複雑な気持ちになることも、あるので……」

 佐藤さんは僕に懐いているらしい。

 訳もなく腹が立つのは、僕の性格が正反対なせいだろう。気持ちを読まれて楽なんて脳天気で羨ましい限りだ。ムカつくから今後ともいじめてやろう。

「つぐみでいいよ」

「え? えと、じゃあ、私も、フランで」

「ネットでもバンドでもその名前じゃん。外でもそれで良い感じなの?」

「えっ? ほ、本名ですけど……?」

「はあ? マジ? うっそぉ」

「そ、そんな……クラスの人、名前だけは覚えてくれるくらいなのに」

「逆に本名でネットやって大丈夫なの?」

「ええ、まあ、それこそ本名っぽくないので……」

「ごめんねー。母親の旧姓が佐藤だから、つい気にしちゃうんだよね。それ以外は興味ないっていうか。フランはどんな字書くの?」

「音符の符に、花の蘭で、フランです……」

 さすがにこれには佐藤さんもショックを受けたらしく、ずおんと重い影を背負って俯いてしまった。随分と自分の名前に自信があったらしい。

 家に帰って、改めて佐藤さんの動画を見た。もしかすると佐藤さんは一人の方がいいんじゃないか? 周りに合わせて下手になったのかもしれない。バニー姿は嬉しいけれど、そんなイロモノ着なくても弾いてるだけで充分ではないか。

 それに。

 明るく華やかに見せているグループがバラバラに壊れたら面白い。もうダメだ! ってなったとき、キラキラしていた顔はどんな風に雲るのだろう。グループ解体後、佐藤さんは僕がひきとってもいいかな。なんせ懐いてるわけだし。久しぶりに、人と関わっても楽しい。


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