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 チェーン店のコーヒーと平たくて大きいクッキー、コンセントのある窓際の席。充電器を差してスマホを開くと、父親からメールが届いていた。《家で一緒に食べない? 友達がご飯作ってくれるって》だと。僕は《まだ友達と遊んでる。外で済ます》と嘘をついた。これくらいの嘘は嘘に入らない。可愛いスタンプで了解と返事された。

 食べる気力がゼロになった。クッキーを二口かじってギブアップする。脂っこくて甘ったるい。もういいや。家には箱買いした宇宙食みたいな栄養補助食品のゼリーがある。

 改めてスマホを開く。チケット入れの封筒を確認して、佐藤さんの連絡先を入力した。

 今日まで一切連絡を取っていない。学校でも話しかけなかった。佐藤さんがチラチラとこっちを不安そうに見てくるのが面白くて、延々と焦らしてしまった。

《僕です。今日の写真あったらちょうだい。バニー最高》

 写真が来たらすべてを良しにできそうだ。音楽よりもバニー姿が強く強く頭に残っていた。名前を書かないのは愚行だが、これだけで誰か伝わらないならば、やりとりする必用なんかないよね。

 間髪入れずに返信が来た。

《的場君ですね?》

《つぐみちゃんだよ。バニーは?》

 集合写真が届いた。ばっちり決めて楽しそうな笑顔の三人の中、佐藤さんだけすっぴんで、目がアッチいっちゃってた。整った顔立ちなのに表情はオカルトの域。見事な谷間よりも表情の衝撃が強い。

 しかし、驚いた。送信前にぐだぐだ悩み、送信後もぐずぐず悩むイメージだった。メールの方が喋れるタイプなのだろうか。

《近くにいますか?》

 会いに来るつもりか? 僕は店名を伝えた。それから《体はエロいのに顔が怖すぎる》と続けた。

 十分くらいして窓越しに佐藤さん、他三人の姿を確認した。三人は舞台上の服とほぼ同じだけど、佐藤さんだけはダボッとした黒ジャージと長いスカートに着替えていた。

 ショートカットのウタとかいう子が、見るからに怒っていた。察した僕は慌てて《いまみせでる》と変換もせずに送信。店内に来たら周囲に迷惑をかける気がする。雑に充電コードをしまって、トレイは返却。

 店の入り口で腕組みする、背丈が同じくらいのウタ。どうでもよさそうなベースの天音。小首をかしげてニコニコしている子はトモ、だっけ? ウタとトモは名前が似ているので自信がない。佐藤さんは落ち着きなくあちこちを見ていた。

 挨拶をしないわけにはいかない。「よっ」と佐藤さんに手をあげて「どーも」と他の三人に笑いかける。状況はそれとなく察したが、悪びれたくはない。絶対に謝らないぞ。

「どーもじゃないよ! なにこの気持ち悪い内容! キッショ!」

 噛みつくように言い捨てたウタは、スマホをこちらへ見せてくる。僕のメッセージ画面と反転した世界だ。

 店の前だと迷惑だよなあ。立ち止まって固まっても良さそうな脇道を探して歩くと、ウタががっちりと横についてきた。

「そういう反応狙った服じゃないの?」

「だからって言い方考えなさいよ。自分の発言がキモいかキモくないか考えてっていってんの。フランちゃんだってあの服で人前に出るのはじめてなんだから、オブラートに包んで言わないとショック受けるでしょ! あんな顔する子なんだよ!」

「まあ、あの顔はヤバい。でも僕はこういうキャラで通してるから。そもそも、はじめて云々とか言われても、君らのことよく知らないし。君こそ一方的すぎるんじゃない?」

「優しくない! 最っ低!」

 捨て台詞を吐いてウタはむーっと唇を捻る。感情的にがーっと言うだけで大概の勝負に勝てたのだろう。

 ビルとビルの狭間の広場みたいな場所に入り込む。人工芝と手すりで作られた良い感じの場所だ。ここなら多少は言い争いしても大丈夫だよね。

 トモがうんうんと頷く。何を肯定しているのかは不明。

「フランちゃんも舞台度胸が少しはついたみたいだし、私はそういうことを言われ馴れた方がいいと思っているけど。結果的には成功じゃないかな?」

 同意を求めても、ウタは不満そうだ。佐藤さんはずっと困った顔のまま、落ち着かない様子で肩を窄めている。

「私なんかが脱いで喜んで貰えるなら」

「その考え方はやめようね」

 佐藤さんの肩に手を置くトモ。意図が伝わらずにげっそりしている。

「どうせあの顔しちゃうんで……」

 佐藤さんは目を合わせようともしなかった。完全に心を閉ざしている。

「そこは『恥ずかしいけど頑張ります』にして欲しかったな。そっちの方が可愛い。あとせめて無表情くらいに留めて」

 これは僕のアドバイスというより願望だ。ウタもトモも「そうそう」と頷いてくれた。

 佐藤さんは緩やかに顔を上げて、俯きがちに視線を合わせてくる。そして、深々と頭を下げた。

「汚いものをお見せして申し訳ないです」

 声、暗っ。森に埋められた女が夢枕に立ったときの声。

 やんわりした絶望感と苛立ちが女子の間にピリピリ波立つ気配を感じる。どれだけ構ってもこの調子だし、そのくせ顔がいいので腹が立つだろう。メンバーの歩調が合わなくてそのうちグループ崩壊しそう。佐藤さんに合わせるのは相当大変そうだ!

 僕が知っているのは、佐藤さんは割と何を言っても平気。だから直球で聞いてやる。

「僕にエロいって言われて何て思った?」

 社会人になってから言ったら逮捕されそうだな。周囲の非難の視線が強めだ。

 じわりと佐藤さんの視線が逸れる。顔色は青いまま。

「趣味悪いな……って……」

 流石にムカついた。

「失礼にも程があるな。自尊心の低さで他人まで下げんなよ」

「だってこんなの、ぶよぶよしててキモくないですか。お腹も出てるし……」

「え、マジ? へ~、見てわかんないな~。せっかくだし触らせてよ~」

 お腹なら服によっては出すくらいだから触ってもいいのでは?

 すっげー勢いでウタが「ふんっ!」と僕の手を払い落とした。驚いて思わず「いってぇ」と手をさする。

「あ~……ダル……」

 暇そうな天音の欠伸が会話を途切れさせた。強い力で引っ張ってこっち見ろって言うような存在感があった。

「言い過ぎるとネットにエロい自撮り載せる女になっちゃうよ。その辺にしとけば?」

 どうでもよさそうな気怠い口調だ。僕もそう思うよ。もしそうなったら絶対にアカウント教えてね。なんて口に出す前に、ウタが「んーっ!」とヒステリックな声をあげた。

「まあ、そうなんだけど! まったくフランちゃんはなんでこんなヤツと仲良くしてんのかね! はじめてチケットあげたって言ったらこいつなんだもん」

「光栄な一枚なんだよ?」

 トモは小首をかしげてニコニコしている。優しそうに話しているが、こいつ、性格悪い気がする。チケットは押しつけられただけだ。僕は「ふうん」と興味のない相槌を一つ。

「メールの返事したのは君ら?」

「そう。フランちゃんができないからやってあげたの」

 応えたのはウタ。佐藤さんはもぞもぞしていた。天音はスマホを見て、暇そうにしている。

「押しつけがましいなあ」

 そのせいでグループが破綻するかも。既に気持ちはバラバラの気配がする。

 カチンときたのか「なによ」とウタの目がキッと僕を睨み付けた。

「あっさり写真が来るなんて、どうもおかしいと思ったんだよね。君らが返事してたわけか。人を騙す罪悪感は?」

「あるわけないじゃん! ずうずうしいやつ! フランちゃん可愛いけどアレだからつけ込んで悪いことしようって考えてんでしょ! もう近寄らないでよ!」

 なきにしもあらず。でも、チケットを渡してきたのも、連絡先を教えたのも、佐藤さんの方が先。それに佐藤さんが可愛いって気がつく男は、超地味好きか陰キャ好みか、もしくはとんでもなく目がいいやつだけだろう。僕が気がつけた理由は運。

「アレってなんだよ、アレって」

 ウタの視線が気まずく逸れた。

「ちょっと……恥ずかしがり」

「いや恥ずかしがってなかったじゃん」

「そんなことない! お面で顔見てないから知らないだけよ! ステージに上げるまでが大変だったんだからね!」

「ふーん。本当に恥ずかしがってただけなのかねえ。君らも思ってんだろ? 自尊心低くて面倒くさいやつって。きっとプライドもけっこう高いんだろうな~、佐藤さん」

「こ、言葉考えなさいよ!」

「なんなら君らあれだろ、羨ましいから腹立つくらいに思ってんだろ。いやだね、女って。男を敵に祭り上げないと結束もできないのかよ。僕じゃなくて佐藤さんにキレとけ」

 ウタはしばらく拳を握って俯いていた。一方、トモはニコニコ静観している。

「くっそー!」

 ウタは良い感じのシャウトをすると、ビクビク顔色を伺っていた佐藤さんの胸を両手でわしづかみにした。ウタの小さな手には収まりきらず、おっぱいがあふれてる。息をのむ佐藤さんから、濁音混じりの「びっ」という豚みたいな悲鳴が漏れた。

「あたしだってその乳欲しいわ!」

「どうせなら身長ももらっとけ。身長は僕も欲しい」

「身長もくれ! いやっ、身長をくれーっ! なんであたしには第二次成長期がこないんだーっ!」

「いいぞいいぞーっ! 揉みしだけー!」

 僕は手を叩いて笑って囃し立てる。なんで僕にも第二次成長期来ないんだろうな。一応、声変わりはしたはずだけど。

 佐藤さんは時止めAVみたいに青ざめて棒立ちになっていた。

「やりすぎかな~?」

 トモは、さっきまでの佐藤さんみたいに困った顔で暴走したウタの肩に手を沿える。

「ねえ、こんなところで乳繰り合ってないでご飯いかない? ウチお腹空いた」

 天音は指先で髪をくるくるしている。佐藤さんのこと嫌いなのか?

 僕はすかさず手をあげる。

「僕も行く」

「はあ? 話拗れるから嫌なんだけど」

「なんでも奢るよ」

「どこ行こっか?」

 天音はころっと媚びるような笑顔になって、僕の隣を陣取りやがった。


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