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1-2

 翌朝いつもより一本遅い電車を待つ。目星は大当たりで、佐藤さんはこの時間の電車に乗っているらしい。

「よっ」と片手を上げて挨拶をしたら、佐藤さんはセミの殻みたいにカチンコチンになってガクンと頭を下げた。

「動画消しちゃったの?」

 彼女は俯く。顔はほとんど影になる。

「……お母さんに、怒られて。格好が、だらしないから、って……」

「あぁ~あ。なるほど。親御さんも見てんだ。学生だししょうがないな。お色気路線はできないか」

 こくこくと彼女は頷いた。もたもたと鞄から茶封筒を取り出し、両手で持って突き出された。

 とりあえず受け取る。ペラペラだ。

「今時ラブレターかなんか?」

「……お詫び……す」

「詫び? なんの」

「えと……動画、見てくれて……楽しみって……でも、期待に、応えられないから……」

「あ? だるっ! 重いわ~。こっちはそんなつもりで言ってないって。きっついなあ」

 前髪の隙間から、すがるような目を向けられる。

 うん? 思ったより気が強いのかもしれない。泣き出してもおかしくないことを言ったつもりだ。それなのに、期待を込めて僕と真っ直ぐ目を合わせてくる。

 仕方ない。中身を見ないままだと逆に気持ち悪いので、僕は封筒を開いて中身を覗く。細長い紙だ。

「チケット?」

 こくん。佐藤さんは頷く。

「バンド活動でもやってんの?」

 また頷く。

「聞きに来いってか」

 困ったように視線が逸れた。

「僕が暇人だと思ったのかな?」

「そうでは……なく……」

 唇が震えて顔の輪郭までブレはじめた。困っているだけでダメージはなさそうだ。いじめに対する耐久性が高いかもしれない。

 僕は鞄にチケットをしまった。

「いいよ。あんまり予定入れないんだ。人と遊ぶのは別に好きじゃないから」

「そう……なんです、か?」

「一人が好きなわけでもないけどね」

 疑問形だったので、つい言い訳がましく続けてしまった。どゆこと? と、彼女は首を傾げるが、真面目に話すのは面倒臭い。

「寂しいのに友達がいない君とは違うのさ」

 笑い飛ばす。彼女は頭にタライが落ちてきたような顔をした。口数が少ない分だけ、顔にすごい出るな。

 僕は指を三本立てた。

「僕は人のために使う自分の一時間を三万円だと思っているよ。料金以上楽しませてもらえるなら充分に詫びになる。料金以下なら詫び借金を負わせてやる」

「わ、詫び、借金……!?」

 詫びだと思ってよかれとやったことが更に詫びを重ねる最悪のサイクル。

「つまんなかったら乳揉ませろ。それで手打ちにしてあげる」

 なんせ僕は音楽に興味がない門外漢。どう楽しませるのか見物だよ。つまんなくても乳揉めるし、シチュエーションによっては抱けるかも。それならおつりが来る。

 僕の思惑を蹴散らすような、卑屈な笑みが帰ってきた。ため息みたいな引きつり笑いだった。

「……んなもので、いいなら……」

 喜んでいるわけではなさそうだ。そりゃ、いいなりになる女の子がいれば便利だけど、嫌がったり困ったりしなければ面白くもない。まったくエロさがない状態で乳を差し出されても、ちっとも嬉しくない。

「やっぱいいわ。萎えた」

「は、はあ……」

 ため息みたいな相槌をかき消してホームへ電車が来た。相手の気力を萎えさせる以上の護身はないかもしれないな。


*****


 開演時間は日曜日の夕方六時。封筒をよく見たら『トラップドアスパイダーズ』と、自信のなさそうな薄くてひょろひょろした字で小さく書かれていた。

 会場は治安の悪そうな場所にあった。来る途中は下水から上がってくるシケた臭いがしたが、ここはそこまで酷くはない。カラオケとか室内型アミューズメントパークよりも多少空気が悪い程度だ。個人的にはアウト。綺麗な映画館だって観客数が多いと空気が籠もるから嫌いだ。換気されていない教室、昼食後の教室も臭い。今も三分の一程度埋まっている人の気配で気分が悪くなる手前だった。

 チケットを渡す。ワンドリンク制で、チケットとは別売り。五百円とな。たっけえ、ファストフードが食える。

 メニューは酒も多かったが、明らかすぎるほどに未成年なのでウーロン茶にする。髪が黒と赤の派手なオネーサンが渡してくれた。プラカップを持って出入り口からそう遠くない壁際に背中を預ける。前に人は多いけれど、後ろも少ないわけじゃない。既にもう帰りたかった。家で学校の勉強をしたり、ネットを見て指先をトントンするだけの方が気楽だ。

「ねえねえ、君、中学生?」

 二人組の女の子に声をかけられた。こりゃナンパだな。目がキラキラしてる。

 地雷系風の黒っぽい格好と化粧をして目一杯背伸びしているが、いまいち垢抜けない。肩や足を出しても、全体的にメリハリのない子供のころっとした肉付きだ。

「高校生だよ。もしかして年下に見えた?」

「えっ、嘘! ごめんなさい!」

 女の子達は悲鳴染みたキャッと声をあげたけれど「いいよいいよ、チビだし」と笑って受け流す。君たち、可愛いから許すよ……。 しばらく中学生に色々と教えて貰っていた。仮に知ったかぶりでも、僕よりは知っているだろう。連絡先の交換を促されたので、出演する子が彼女で、チケットもらったと嘘をついたら、片方はあっさりと引いてくれた。片方には粘られたから、また会えたらね、とあしらう。面倒くさいから。

「今日の最初のバンド知ってる?」

 尋ねると、彼女達は首を振った。

「最初にやる人って始めてすぐみたいなバンドが多いんですよ」

 ねえ、と二人で得意げに頷き合う。だから知らなくてもしょうがないでしょ、という言い方だ。

 だんだん不安になってきた。有意義な時間を過ごせる気がしない。だって今、知らないことは知れているが、同時に不快感も高い。

 照明が暗くなった。映画が始まる前の密やかな緊張感。

 ステージに人があがった。

 ……なんだあれ。

 軽く唖然としてしまう。

 バニーガール服で、兎のお面を被って、ギターを持った子がいる。

 それしか目に入らない。

 一応、他にも女の子が三人いる。でもバニーガールしか見えない。

 バニースーツは黒。網タイツだ。ギターは赤。色のコントラストがきいている。お面はリアル過ぎて可愛くない。たっぷりした黒髪をツインテールにしているのがアニメみたいだ。胸がでかくて腰が細くてケツがでかい。太股は肉付きがよく、足首はきゅっと細い。暴力的なまでにスタイルが良い。高校生離れした大人の女性の体つきだった。中学生が「エッロ!」と畏敬にも近い目を向ける。

 そして、バニーガールは不自然なほどの棒立ちになった。

 あっ。これ、佐藤さんでは? 制服の下にあんな凶器を隠していたのか。制服の女子ってそれだけで良いものだと思い込んでいたけれど、体つきの個体差を消すように作られているのかもしれない。

 他の三人も黒系の服を着ていた。ぼやっと可愛いと思うのだけど、一向に解像度が上がらない。

「今日は来てくれてありがとー!」

 ドラムの子はウタと名乗った。ショートカット、背の順では前の方みたいなちんまりした体格だ。サロペット姿は少年っぽい。リーダーらしく、MCを仕切っていた。先生に褒められそうな元気ではきはきした喋り方だ。

 一人ずつ自己紹介して楽器をやるらしい。

 ベースは天音というらしい。ギターみたいな形で低い音がした。髪型は無難なセミロング、華奢な体つきをごまかすように左右非対称なズルズルした服を着ている。

 さすがにキーボードは見て理解できた。トモというらしい。長い髪をアップにしている。ジャケットとボリュームのあるスカートの着こなしは、海外の古いドラマみたいな印象だ。太ってはいないがふっくらしている。

 最後にギターのバニーが『フラン』と紹介された。楽器を弾いている時だけは自然に動いた。ツインテールが妙に重そうだ。

 ……む? 確かに楽器がうまいかもしれない。違いはよくわからないが、不思議とよく聞こえる。環境に飲まれているのだろうか? 不思議なもんだ。

 が、曲の演奏が始まって、印象が変わる。

 なんか変。全部がとっちらかって、バラバラだ。不協和音? こういうもの? いや、正体は不明だけど、なにかが変。きっと、たぶん、変なんだろう。

 次のバンドも聞いた。改めて、さっきの演奏はかなり劣る。

 ……かーえろ。


*****


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