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伝説の始まり

作者: 木こる

この春、女子高生となったばかりの鈴木優奈は

図書室にあった怪しげな本に記されていた怪しげな魔法陣を描き、

これまた怪しげな呪文を唱えたがために異世界へ転移してしまった。


ただ制服が可愛いからというだけの理由で選んだ第一志望校。

先生からは諦めろと言われていたが、猛勉強したおかげで入学できたのだ。

これからの3年間、可愛い制服を着て高校生活を満喫するはずだったのだ。

他校の男子と合コンとかして、『可愛い制服だね』と言われたかったのだ。

こんな剣と魔法の世界に用は無い。とっとと帰ってやる。

来るための魔法があったのだから、帰るための魔法もあるはずだ。


そう思い立った優奈は魔術士ギルドなどを回って情報を掻き集め、

どうやら“竜魔石”なるアイテムがあれば帰還できる可能性が浮上した。

それは遥か北の“古の大地”に棲む“ドラゴンの王”だけが生み出せる

非常に貴重な高純度の魔力結晶であり──と長々説明されたが、

要するにそのドラゴンの王とやらを倒せばいいのだ。


そうとわかれば話は早い。

優奈は酒場で働きつつ、ドラゴンの王討伐に同行してくれる仲間を募った。

しかし相手は最強クラスのモンスター。

北海道並みの広さを誇る帝国を一夜で滅ぼした化け物らしい。

屈強な冒険者たちに声を掛けてみるも、なかなか協力を得られない。

当たり前だが、誰だって命は惜しい。

仲間集めは難航した。




1年が過ぎた頃、優奈はとうとう仲間を揃えることができた。

王国最強の女騎士ヴィラ、王宮勤めの天才女魔術士ウルリカ、

史上最年少で神官長の座に昇り詰めた聖女エレノア。

彼女らも最初は無謀な挑戦などしたくないと断っていたのだが、

何度か交渉を重ねるうちに優奈の人柄に惹かれてゆき、

なんやかんやで元の世界へ帰る手伝いをしてくれるようになったのだ。


優奈自身の戦闘力はゴミカスだが、“翻訳”が切り札になるかもしれない。

この世界へ来る際、彼女が手に入れた唯一の異能である。

知性のある相手なら人間以外にも有効なので交渉の余地はあるはず。

戦わずに目的のアイテムを入手できればそれに越したことはない。


前回の転移者はなんの準備も無く召喚されたせいで異世界語がわからず、

つっかえなく日常会話ができるようになるまで3年かかったらしい。

図書館で見つけたあの本を書いたのはその人物であり、

後輩が同じ苦労を味わわないように自動翻訳の魔術を施していたのだ。


いや、自分のためだったのかもしれない。

50年ほど前に魔王を討伐した伝説の勇者タガワマコトは、

数年置きに王国を訪れてはこの世界の様子を確認していたそうだ。

その度に日本では馴染みの無い言語を思い出すのは大変だっただろう。

彼が最後にこの世界へ来たのは今から5年前、65歳の時だ。

勇者にも定年があったとは驚かされる。




それはさておき、旅立ちの準備は整った。

聖女エレノアが教会でお祈りを捧げている間、

他の3人は王都の正門前で待機していた。


「私は絶対に竜魔石を手に入れて日本に帰る

 それもなるべく早くね

 できれば1年、どんなに遅くとも2年以内には確実に」


「ああ、ユウナがこの世界に来てからもう1年が過ぎたのか

 家族や友人と離れ離れになってさぞかし寂しい思いをしただろう

 だが心配するな、私はこの剣に誓ったのだ

 必ずお前を元の世界へ帰してやるとな」


「いや、家族とか友達とかはべつにどうでもいいんだけど、

 現役女子高生として制服を着てられるタイムリミットがね

 1年くらいなら留年してもいいけど、さすがにそれ以上はちょっと」


「制服……!?

 お前はそんな理由で早く帰りたがっていたのか!?」


「まあ、うん

 ヴィラにはこういう普通の女の子的な感性は理解しづらいよね」


「わかるはずがないだろう!

 私は王国最強の騎士となるために女を捨てた身だぞ!

 お洒落がどうとか、そんなチャラチャラしたことはやってられん!

 この見事に割れた腹筋を見ろ!

 これだけの体を作るのに一体どれだけ鍛錬を積んだと思っている!

 お前とは持っている覚悟の量が違うのだ!」


「覚悟、ねえ……」


たしかに自慢するだけあってヴィラの腹筋はバキバキに割れており、

だからといってそこだけ鍛えたというわけではなく全身が筋肉の塊で、

オイルを塗らなくても光沢を放つそれは金属のようであった。

その輝くボディーはただの見せかけではなく、

100kgはありそうな大剣を軽々と振り回すことができた。


「あのさ、ヴィラ

 今までどうツッコもうかと悩んでたんだけどさ……

 『女を捨てた』って言うけど、男はビキニアーマーなんて着ないよ?」


そう、ヴィラはビキニアーマー姿の女騎士であった。

漫画やゲームの中でしか目にしたことのない奇抜な格好。

ほとんど水着にしか見えないが、なぜか高い防御力を持つ謎の鎧である。


「筋力をアピールしたいなら重厚な全身鎧を着て歩くだけでも充分なのに、

 そんな裸に近い服装してるのは『筋肉を見せたい』からだよね?

 私とは方向性が違うけどヴィラも外見に気を配ってるんだから、

 こっちの覚悟を否定するような発言はしないでほしい」


「ぐぬぬ……

 バレてしまっては仕方がない

 ここはひとつ、潔く認めようじゃないか

 『私は趣味でビキニアーマーを着ている』

 お前もどうだ? 軽くて丈夫だぞ?」


「お断りします」




馬車の中で読書を終えたウルリカが気だるそうに出てくる。

読んでいたのは魔導書などのお堅い物ではなく官能小説だ。

紙が貴重な世界だというのに、まったくいい趣味をしている。


「なんか覚悟がどうとか話し合ってたみたいだけど、

 ヴィラの筋肉(それ)はユウナと出会う前から付いてたモノでしょ?

 これからドラゴンの王をしばきに行く覚悟とは無関係でしょうが」


「なんだと、ウルリカ

 私は当然そちらの覚悟も出来ているぞ

 騎士として、たとえこの命に代えてもみんなを守り抜く所存だ」


「ま、口にするのは容易いわね

 でも私の覚悟を見ても同じことが言えるのかしら?」


「お前の覚悟……だと?」


眉をしかめるヴィラ。

ウルリカは三角帽子を脱いでは馬車内へと放り投げ、

続いて羽織っていたマントをわざと勢いよく脱ぎ捨てた。

そしてサラサラのボブヘアを撫でながら勝ち誇るように宣言したのだ。


「これが私の覚悟の表れよ」


とウルリカは自信満々の笑みを浮かべたが、

ユウナとヴィラは顔を見合わせ、首を傾げるしかない。

どこにその覚悟とやらが表れているのかさっぱり不明だからである。


「ええと、ウルリカ……

 悪いんだが言葉で説明してもらえるか?

 見ただけではよくわからないのでな」


「えっ、なんで!?

 髪だよ髪! 切ったの!

 これからの旅で邪魔になるかなと思って、

 腰まであったのをバッサリ短くしたんだってば!」


「へえ、そうなのか」


「反応薄いな!?

 もっとなんかこう、驚いてくれてもよくない!?」


「いや、そう言われてもな

 元の髪型を知らないから驚けないのだ

 お前が帽子とマントを外したのなんてこれが初めてだしな」


「なっ……!

 そうだったっけ!?

 一度くらいみんなに素顔を見せたことなかったっけ!?」


「いや、残念ながら……

 風呂に誘って断られたことならあるぞ

 女同士で恥ずかしがる必要なんて無いのにな」


「くぅ、かなり悩んで決断したのに……!」


優奈は今までプレイしたゲームを思い返してみたが、

断髪イベントで評価を高めたキャラが浮かんでこなかった。




しばらくして、お祈りを済ませたエレノアが正門前にやってきた。

これでパーティーメンバーが全員揃い、いつでも出発できる。

目指すは古の大地。ドラゴンの王。そして竜魔石の入手。


彼女たちの冒険が今、始まる──の前に、

エレノアは元気の無いウルリカが気になって事情を聞き出した。

髪を切っても気づかれなかった、というくだらない理由ではあるが、

エレノアは真剣な表情で話を聞いて彼女を宥めた。

さすがは聖女と呼ばれるだけのことはある。聞き上手だ。

この中で一番歳下であるにも関わらず、誰よりも精神年齢が高い。


「ウルリカさん、あなたの決断は間違っていませんよ

 これからの旅で長い髪が邪魔になるというのは本当です

 ユウナさんとヴィラさんも今のうちに切っておくべきかと」


「え、私はいいよ」

「私も遠慮しておこう」


「そうも言っていられません、状況が変わったのです

 勇者タガワマコトがこの世界を訪問しなくなってから5年、

 魔物たちが新たなる魔王を誕生させようと暗躍しているだけでなく、

 邪悪な意志を持つ人間が邪神復活を目論んでいるとの噂があります

 彼らの呪法では、髪の毛1本あれば相手を呪い殺せるのだとか……

 私たちはこれから戦いの旅に身を投じようとしているのです

 望む望まないに関わらず、邪教徒と対峙する機会もありましょう

 ならば少しでも危険を遠ざけるためにも、

 その対策を講じておくべきではないでしょうか?」


「うーん、呪いねぇ……」

「なんと恐ろしい……」


2人がどうしようかと悩んでいると、

エレノアは被っていたフードを脱いで覚悟を表明した。


「えっ、エレノア……!?」

「そんな、お前……!!」

「そこまでしなくても……!!」


なんと、聖女エレノアは丸坊主だったのだ。

つい今朝方まであったはずの美しい金髪がまるごと消えている。

教会でお祈りするついでに剃り上げてきたのだろう。

男性の聖職者が同じ髪型をしているのを見かけたことはあるが、

うら若き乙女が毛根すら残さずツルツルにしているのは初めて見た。


「それだけではありません」


すると彼女はローブを脱ぎ、ビキニアーマー姿を曝け出したではないか。

清貧な食生活のせいか贅肉は一切付いておらず、肋骨が浮き出ている。

この痩せっぽちの肉体に欲情する男はいるのだろうか、と頭をよぎる。

まあ、いるのだろう。人の趣味は千差万別だ。

それよりも今は、彼女がなぜそんな格好をしているのかが気になる。


「この鎧は防護魔法がかかっているおかげで高い守備力がありますし、

 非常に軽いので私のような非力な者にも扱えるのが利点です

 それに、もし旅の道中で野盗などの暴漢に襲われた場合ですが、

 こちらが一目で女だとわかれば相手を油断させることができます

 もちろん絶対ではありませんが、例えば性欲の強い男であれば、

 殺すよりも犯す目的で生捕りにしようと考えるのではないでしょうか?

 幸いこちらには怪力のヴィラさんと天才のウルリカさんがおりますし、

 一瞬でも敵の隙を突ければ人間相手の戦いでは苦労しないでしょう」


「いや、まあ、そうかもしれないけどさ……

 それ着るのはヴィラだけでよくない?

 私はそんな破廉恥な格好で出歩くのは絶対に嫌」


「4人全員がビキニアーマーを装備することに意味があるのです

 標準体型のユウナさん、たくましい肉付きのヴィラさん、

 とても最年長とは思えない幼さのウルリカさん、そして貧相な私──

 人の趣味は千差万別ですから、暴漢が誰に関心を示すかわかりません

 この旅を安全に終わらせるためにも、これを着るべきなのです

 ユウナさんとウルリカさんの分も既に用意してありますので、

 頭を丸めた後に着替えてくださいね」


そう言うとエレノアは荷物入れから淡々とビキニアーマーを取り出し、

どちらの色がいいかと選択を迫る。

愛用者のヴィラが赤、現在エレノアが着ているのが青、残るは緑と白だ。

合理的な彼女のことだ、お洒落に配慮して色被りを避けたのではなく、

一目で識別がしやすいとかそういう理由なのだろう。


「げっ、買っちゃったの!?

 なんて余計な真似を……!

 ってか頭丸めるのは決定事項なの!?

 やだ! そんなの絶対に嫌だっ!!」


「エレノアの言う通り素晴らしい鎧ではあるが、

 全員が着てしまうと私のアイデンティティが……」


「さりげなく体型を馬鹿にされた気がしてならない」


優奈たちは必死に抵抗したが、だめだった。

聖女エレノアは史上最年少で神官長の座に昇り詰めた器なのだ。

ただ信心深いだけでなく、頭脳明晰でその辺の大人よりも口が回り、

感情的に反論する3人とは違って合理的な根拠の持ち主であった。



その結果……



ビキニアーマー姿の丸坊主女子4人という、

前代未聞の冒険者パーティーが完成したのである。



後に彼女たちは新魔王や邪神を討伐したりすることになるが、

それはまた別のお話──

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