8. 不可視の差異
闘技大会はニグもカルアも望んでいた。ニグは、ティオとカルア人の実力を確認したかった。カルアはニグの支配国と認められるため、ニグ人の実力を確認しつつ、ニグに武力を示したかった。エシタリアはいつも通りの格好だったが、その一方で、見るからに軍人という姿の25名が一緒にいた。ニグの王宮の謁見の間では、2人のカルア人が立っていた。
「はじめまして、カルア防衛軍 惑星セルア担当 第211調査歩兵中隊 中隊長のキアルシアです。」
キアルシアは、短髪で筋骨隆々の良くも悪くも何の変哲もない真面目な印象の軍人だ。それが直立したまま右手を握って左胸に押し当てることで手の甲を見せ、ニグの形式とは異なる敬礼をした。アジレラは不快感を示す。
「国王陛下の前で不敬です。ニグの敬礼を知らないんでしょうか?」
アジレラは冷たく言い放つが、キアルシアは動じない。
「カルア防衛軍では、これが正式な敬礼です。」
キアルシアは堂々としている。ニグ王ツァルギはこうなることを予見していた。
「問題ありません。カルアにはカルアの文化がありますので、不敬とは言えません。ですが、ニグにもニグの文化がありますので、こちらもご尊重ください。」
キアルシアは当然という面持ちでいた。
「お互いに気持ちが大事ということですね。」
「はい。」
「ところで、今回の闘技大会の余興としまして、ニグの外壁を破壊するというのはいかがでしょうか。」
ツァルギもアジレラも驚いた。ツァルギは気を取り直して説明する。
「現状、外壁はあまり価値のあるモノではありませんが、ふらっとやってくる牙人の侵入を防ぐ効果はありますので、むやみに破壊してもらっても困ります。壁のすぐ近くには人家があります。破壊したその時は良くても、後から壁が倒壊してくることもありますので、ご遠慮ください。」
「余興のために軽機関銃という兵器を持ってきましたので、試し撃ちをしたいと思います。」
「…では、ニグの訓練場で闘技大会を催します。その前に、外壁の一部を的にご利用ください。」
こうしてニグの外壁は、一部分、低くなった。さらに後には、大部分が建物の素材として流用され、結果的に自然と無くなっていくことになる。
ニグは闘技大会出場者の選出に手間取る。参加希望者は極少数で、皆が大会に出場したくないと考えていた。結果、どうしたらティオが選出されるのかを考え、投票制となった。
闘技大会はキアルシアの思惑より遅くなり、一週間後に行われた。カルア軍は余興のための6.80mm魔力軽機関銃を用意していた。
「魔力が無ければ使えませんが、ニグの外壁はこれ一つで大穴を開けられます。」
二脚で支持された機関銃は、50m先の外壁素材の塊を破壊するために、ベルト給弾される。銃弾は魔力徹甲弾。銃に魔力供給をすると撃針に魔力が蓄積されて、弾丸の底部にぶつかる。結果、底部が一瞬で気化し、発生した大量の気体によって銃弾が押し出される仕組みだ。
「魔力機関銃は排夾する必要が無いので採用されています。発射される弾丸の初速は音速の2倍を超えます。発射準備!」
メリットを説明されてもニグ人には分からない。機関銃手は銃に魔力を込め、目標に狙いを定める。
「撃て!」
軍人が引き金を引くと、ダダダッと轟音が鳴り響き、外壁素材にヒビが入り、すぐに削られていった。弾薬の1/3も使わぬ内に、塊は粉々になっていた。銃声とは逆にニグの神契士一同は静まり返った。弾丸は肉眼で捉えられず、その破壊力は到底、神契術で防ぎきれるようなものではなかったからだ。キアルシアは言う。
「さて、闘技大会を始めよう。トーナメント戦で互いに8名ずつ出して行う。優勝した者には、ささやかな賞品だ。ルールはシンプルだ。インクを付けたスポンジ棒を各々持ち、先に相手の体にインクを付けた方の勝利だ。」
スポンジ棒は全長90cmほどで、芯は堅い木製で、30cm程の柄の先に厚さ1cm程のスポンジがまとわりついているのみだ。安全には配慮されているが、当たり所が悪ければそのまま死ぬかもしれない。一応、カルアの衛生兵もいるのだが、ダメな時はダメだ。
「審判は、私、カインが行います。」
カインは、第21東門側辺部隊の副隊長の男だ。短髪の凛々しい顔立ちで、声を聞くと真面目な印象を受ける。きっと公平なジャッジをするだろう。
2階にある司令官室にはツァルギ、エシタリア、アジレラの3人がいた。3人が闘技大会の様子を上から見ていると、訓練場の植え込みの向こう側の道路にニグの人々が数名集まってきていた。野次馬に対して、誰も説明しないし立ち去れとも言わない。問題視していないが、歓迎もしていない。
「ニグ人ではティオが優勝候補ですが、エシタリアさんは誰が勝つと思いますか?」
エシタリアはしばらく考えた後、答える。
「分かりませんが、カルア人の実力はそんなに低くないですよ。カルア人の中での優勝候補はオルタシアでしょうか。」
「オルタシアさんはどちらでしょうか?」
「灰色の角、腕まくりをした大柄の男です。」
「おぉ、分かりやすいですね。あの人だ。」
ツァルギは、未だカルアとの力関係について考えざるを得ない。闘技大会でニグ人が圧勝するならば、もしかしたらカルア側の要求を突っぱねられる立場になるかもしれない。一方、エシタリアはカルア軍がボロ負けさえしなければ良いと考えていた。仮に悪いイメージがついても、銃と転移魔法の前では多少の身体能力の差など関係あるまい。
大会とは言っても、非公式・非公開の意味を持たせるために事前告知無しで開催された。訓練場で、実際に闘う人の周りをカルア軍人とニグ軍人で取り囲むだけだ。勝敗に大事無い、親善目的の行事という要素を強調しつつ、ニグ内の恒例の武闘大会の形式を採用した。もちろんインクもスポンジ棒もニグの武闘大会で使う規格品である。ルールは明文化されているわけではないが、誰も文句を言わないような簡単なものだ。今回はトーナメント戦で、クジ引きをした結果、皆の初戦は同じ人種同士の対決となった。
妙な待ち時間があった。そんな中、ツァルギはルージュを呼び出して告げる。
「ぜひとも勝ってほしいんですが、スポーツマンシップの方が大事です。私達の品格が重要です。」
「と、言いますと?」
「私達は文明で劣っていますが、身体能力で劣っているわけではないと示したいと考えています。だから勝利することを求めています。それでいて良い印象を与え、ビジネスパートナーとして成立することを示すために、スポーツマンシップに則る必要があります。」
「私はティオの実力を試したいのですが…。全員にそう言えば良いのでしょうか?」
「はい。優勝を目指して頑張ってもらいたいと考えています。」
「承りました。試すようなことはせず、ルールの範囲内で全力を尽くすように言います。」
「はい。」
待ち時間の原因はインクだった。第77飛迅独立部隊は、早朝から、染料となる木の実を取りに行って、インクを作っていたのだ。クーガルは準備完了をカインに報告し、インクをセットした。
ティオの初戦の相手は、シシカゲだった。
「お前がマリフェルを倒したってウワサになってるぞ。どういうことだ?」
「まあ、そういうことさ。」
ティオはリラックスした様子で、右手でスポンジ棒を持ち、インクの椀に沈めた。椀は腰の高さまで3本の細い銅で支えられており、ピンクのインクがなみなみとある。
「どんなラッキーか知らねえが、調子に乗るなよ!」
シシカゲはティオの薄い反応に不満を感じた。
一方、親衛隊宿舎の上で第21東門側辺部隊 隊長 エコードは、最近昇進した第15西門守衛部隊 隊長 エランガムに聞く。
「ティオの実力はどの程度なんでしょうか?」
「知らないんですか?見ていれば分かるでしょう。」
「あなたの意見を聞きたい。」
「報告書の閲覧は許可されませんでしたが、ウワサ通り、イゼルグを単独で撃破できる実力があると思っていいでしょう。」
「ウワサを信じてるんですか?私は新人にそれができるとは思ってません。」
エコードは若いながらも、ティオが若すぎて修行不足だと思っていた。
シシカゲはスポンジ棒を中段に構え、ティオの下段の構えを意外に感じた。カインは準備ができた2人を確認し、右手を振り上げ、勢い良く下ろした。
「はじめっ!」
カインの合図と共に、シシカゲは走った。
「誘いに乗ってやるよ!」
その言葉と同時にティオのスポンジ棒がシシカゲの首に当たり、シシカゲの咄嗟の回避も空しく、すっ転んだ。
「??」
ティオは身の丈程の薙刀のようなスポンジ棒を持っていた。
「今、柄を生成したんだ。」
「そんなこと俺にはできねー…。くそっ…。」
シシカゲは悔しそうにした。それからティオに歩み寄って言う。
「お前は俺に勝ったんだ。...必ず優勝しろよ。」
シシカゲは受け入れ難きを受け入れ、ティオの実力を認めた。
「ありがとう。頑張るよ。」
ティオは手応えを感じた。自分の力が通用することは知っていたが、改めて実感を持つことができた。
エコードはティオの能力が異質であることを悟った。
「エランガム、ティオの道具生成を見ましたか?」
「片手でできるんですよね。うらやましい。」
「でもそれだけじゃない。ですよね?」
「そう。きちんとした戦術がとれてます。優秀ですよ。」
「はい、確かに。次の闘いも気になりますね。」
2人はすっかり観戦を楽しんでいた。
次戦に備え皆がつくる円から外れると、ルージュが手招きしているのが見えた。ティオが近づき話を聞こうとすると、ルージュはすかさず言う。
「よくやった。」
「え?はい。褒めてもらえて嬉しいです。」
「しかし片手での道具生成は、通常の神契士にはできない。この大会は、カルア人との戦いでもある。なるべく隠しながら確実に勝つ必要があるんじゃないか?」
「そういえば、そうですね。…努力します。」
「ん?そういえばってどういう意味で言った?」
「勝つことに必死で、忘れてました。」
「確かに負けてはいけないが、変に目立つのも良くない。」
ティオには納得のしづらい話だった。
ティオの2戦目はカルア人だった。ティオは1戦目のカルア人の闘い方を見ていたので、戦術がすぐに定まった。
「瞬間転移は見切れてないが、うまくやればインクは付かない。」
カルア人は転移魔法を使う。だがそれを実戦で使おうとすると、予備動作も転移先も含めて無理がある。だから実戦で使うとすれば瞬間転移だ。それは、想像できる場所に即座に自分自身を移動する魔法である。そこに存在する空気と自分を入れ替えるのだから、奇想天外な戦術が生まれる。
ツァルギは表情とは裏腹に祈るような思いだった。ここでティオが優勝候補でもないカルア人に負けたら、ニグ人はカルア人の下位互換のような扱いになってしまうかもしれない。種族としては、互角か上位としたい。一回戦ではニグ人とカルア人が対戦しなかったので、その場にいた全ての人にとって注目の一戦だ。
「準々決勝第一試合、はじめ!」
カルア人は、合図と共にティオのすぐ右に転移してスポンジ棒で殴りかかる。一方、ティオは対物障壁を部分展開し、攻撃をあえて受ける作戦だ。
「来い!」
ティオは相手の攻撃を無視してスポンジ棒を振った。しかしカルア人は攻撃することなく再び瞬間転移をして後ろを取った。フェイントだったようだ。
「どこだ?!」
「こっちだ。」
カルア人は余裕を持ってティオの頭にスポンジ棒を振り下ろすが、対物障壁に弾かれ、逆にティオのその後の攻撃は脇腹にヒットする。
「?!」
「それまで!勝者ティオ!!」
カルア人には理解できなかったが、確かにティオには一滴もインクが付着していない。釈然としないまま輪の外に出たカルア人にキアルシアは言う。
「相手を理解しないまま戦うから、そうなるんだ。分析は大事だよな?」
「はい。しかし分析する暇は無かったんじゃないでしょうか?」
「…そうだな。何ができたんだろうな…。」
「はい…。仕方が無いですね。」
キアルシアは肩に手を置いて慰めた。そして次の試合を待つ。一方、ティオは再び皆の輪の外に出ると、またルージュに絡まれた。
「今の試合、おかしいでしょう?」
「え?!対物障壁はダメですか?」
「通常の神契士では、今のはできないでしょう?」
「ど、どうして?」
「対物障壁は、展開に時間がかかる上、軽い投石を防ぐ程度の防御しかできませんよ。全力で振られたスポンジ棒を防ぐのは、あなた位にしかできません。」
「?」
ルージュは見かねて言う。
「次からは対物障壁の使用には注意いただきたい。」
「…理由を聞かせてもらっても良いでしょうか。」
「過信してもらっても良くない。もし破られれば、そのまま敗北を意味します。」
「…そうですね。」
「はい。」
ティオの反応を見た後、ルージュは観戦に集中する。ティオは場所を変えて観戦する。
ティオの3戦目の相手は、リズだった。
「これまでのあんたの試合観てたけど、本気出してないでしょ?」
「そんなつもりは全然無いよ。」
「…ほんと?」
「トーナメントだから手の内を晒すのも間違ってるとか言われる。けどね、手抜きをしているとは言えないはずだよ。」
「そう。なら、本気を出させてあげる。」
リズはスポンジ棒にインクを浸し、目を閉じ、開いた。気合いを感じる。
「準決勝第一試合、はじめ!」
リズは一旦距離を取って、バックラーを生成した。その後、すぐに距離を詰めて素早くスポンジ棒で突きを繰り出した。ティオは左に回避しながらリズの右腕を取ろうとしたが、リズはバックラーを使った裏拳を鼻っ柱に当てた。突きはフェイントだったのだ。
「ナメてんの?」
リズは発破をかけ、再びスポンジ棒の突きを放った。
「迷いがあっただけだ。」
ティオは後ろに下がりながら大きくかわし、両手を合わせて大きい布を生成した。左手に布を掴み鼻血を拭う。
「その布で私の視界を遮ろうってのかしら?本当の本気でやったら?」
「最初から本気だ。」
リズはティオの言葉に苛立つ。だがスポンジ棒で布は切れないし、視界を遮ったり動きを封じたりできる。案外良い手なのかもしれない。そう考え直したリズは再接近し、バックラーをティオの眼前に突き出した。ティオはまた殴られると思い右にかわすが、リズの攻撃はフェイントだった。
「甘いね!」
リズはそのままスポンジ棒で横薙ぎする。だがティオは左手でリズの手を取りながら回り込んでいた。そのままティオはリズの背中にスポンジ棒を当てた。
「勝者!ティオ!」
リズは最後のティオの動きの速さに驚いた。
「速っ!…え?布は…?」
「結果的に使わなかったけど、いろいろ考えただろ?」
「まあ…。」
リズは信じられないという表情をしながら、ティオから遠ざかるように輪の外に出ていった。
ルージュはティオを円の外に呼び出し、総評する。
「良い戦いだったがすぐに決勝戦だ。ニグのために全力で頑張れ。」
次の試合はどちらが勝ってもカルア人だ。
「対策はありますか?」
「神契士の道具生成と同様に、瞬間転移はかなり頭を使うはずだ。とっさに転移しようったってできやしないだろうし、連続で転移するにも前もってそのつもりじゃなきゃダメだろう。実際、やり合ってみなきゃ分からん。そのつもりで臨め。」
「はい。」
アドバイスか何か分からないようなことを言われた気がしたが、ティオは輪の一部となり、カルア人同士の闘いを観戦した。
「やり合うのは久しぶりだな。」
オルタシアはリラックスして構えるが、相対するデイルリアは気合い充分だ。
「今度はやってやるよ!」
「準決勝第2試合、はじめ!」
オルタシアは先に距離を詰め横薙ぎを放つが、デイルリアはスポンジ棒で受ける。すでに闘い慣れた者同士らしく、スポンジ棒の激しい応酬になる。
「新技。」
デイルリアがつぶやくと、オルタシアの頭上に回転しながら逆さの姿勢で瞬間転移した。しかしオルタシアは、目の前から消えたデイルリアを、目で探そうとしなかった。スポンジ棒はオルタシアに躱され、それと同時に瞬間転移した。しかし逆にオルタシアはデイルリアの転移先の背後に現れ、頭にスポンジ棒を乗せるようにインクを付けて勝利した。どうやらオルタシアは転移先を予測できるようだった。
「勝者、オルタシア!」
デイルリアは驚いた様子だったが、すぐにオルタシアを認めた。
「凄いな。見ないで躱すなんてどれだけの人ができるんだ?」
「集中してないとできないけどな。しかし、まだ若いのに回転しながら転移できるとは恐れ入った。将来有望だな。」
両者、手を取り合い、笑顔で健闘を称え合っていた。
「決勝戦、ティオ対オルタシア。」
オルタシアはティオより10cmほど背が高く、筋骨隆々だ。
「ニグ人と闘うのは2回目だが、負ける気がしないな。」
「手加減はしない。最初から全力だ。」
「決勝戦、はじめ!」
ティオもオルタシアも互いに前に出るが、スポンジ棒ではなく、拳と拳がぶつかりあった。
「?!」
ティオは気付かれないように拳当てを生成していたが、容易に破壊されたことに驚いた。しかしそれどころではない。相手の転移先はどこだ?
「ここだ!」
左後ろに現れたオルタシアの攻撃は、またもスポンジ棒ではない。ティオは振り向きざまに腹に蹴りの一撃をもらいながら、後ろに下がった。空いた左手でバックラーを生成する。
「ニグ人も大したことないな。」
ティオは全力で距離を詰め、スポンジ棒で袈裟斬りするが、スポンジ棒で受けられる。そのまま鍔迫り合いになるが、やや力で押し負け始める。その場で鍔を生成し、払い、バックラーで鼻を狙うかのようにして目隠しをする。オルタシアはかがみながら左へ躱すが、ティオの突きがそこを捉える。
「今のは素晴らしい。うまく使いこなしているじゃないか。」
オルタシアはティオの背後にいた。いつの間にか転移していたようだ。ティオは声のする方向に振り返り、すぐに横薙ぎするが、空中に転移したオルタシアは手でティオの頭を抑える。ティオはバランスを崩して倒れ、その隙にティオの尻にスポンジ棒を叩き込んだ。
「勝負あり!勝者、オルタシア!!」
ティオは呆気にとられて、すぐに立ち上がれずにいた。勝ち筋が見えなかった。どう闘えば勝てたのだろうか。頭がいっぱいになった。筋力、瞬間転移、魔力。これらを分析して、今の持てる能力を見返すと、だんだんと清々しい気持ちになってきた。ティオは立ち上がり、オルタシアに手を差し出した。
「負けたよ。あなたは僕よりも強い。」
オルタシアはフッと微笑み、手を握った。
「次はどうなるか分からないな。」
二人の様子を見ていた皆は、拍手をして受け入れた。オルタシアは優勝賞品として、ニグからは木の実詰め合わせ、カルアからは記念メダルを贈与された。親善試合は成功を収めた。その様子を観ていたツァルギは、カルアと戦争をしても勝てないと確信した。エシタリアは言う。
「若手のカルア人にはニグ人が勝つかもしれませんね。しかしベテランのカルア人に勝てるニグ人はいないのでしょう。」
ツァルギは答える。
「回を重ねると結果は変わってくるかもしれません。しかしオルタシアさんの身体能力は素晴らしいですね。」
「そうでしょう。私も驚きました。」
ツァルギは笑う。
「エシタリアさんもですか。正直、この親善試合をするまではカルアに勝てるかもしれないと思っていましたが、そうでもないようですね。」
「種族特性の全貌がまだ判然としませんが、個人的な武力に関しては見たままだと考えていいでしょう。」
細部まで考えれば、互いに分からないままだ。しかしただただ印象的な出来事であり、一部関係者は互いに尊重できる相手だと認めるようになった。
3年後、ゲートツリーを素材とした門が作られた。カルア人の開発者は、特別な鉱石から電力を放出する装置のスイッチを入れた。鉱石の量を直列接続で追加していくと出力は上がっていき、ゲートツリーで囲まれた空間が歪んだ。電圧を調整し、幾度か繰り返した後、周囲を窺う。
「うまくいきました。ニグ王に渡してください。」
報告書とメモを用意し、その場でゲートツリーの開発を手伝っていたニグ人に渡す。
「?!」
受け取ったニグ人には分からなかった。ゲートツリーの理論、考え方から何から何まで未知である。見かねてカルア人は告げる。
「勉強会が必要でしょうか。ニグ王にも合わせて説明しましょう。」
「…分かりました。」
ニグ人は少し考えた後、同意した。
勉強会は2日後に行われた。ニグ王ツァルギと軍幹部、政治部で席が埋まった。エシタリアと貿易担当者ジルタニアは大勢になったことに動じることなく教卓の前に立ち、ジルタニアは説明した。
「カルア人の魔術は心臓で作られる魔力をエネルギー源としています。すなわち魔力は血液によって全身に運ばれているわけです。血液で魔法陣を描くのは、それはそのまま魔力を込めやすいということです。とはいっても、魔力をエネルギー源として何かをする際は、必ずしも出血を伴わなければならないというわけではありません。例としてはこの魔力銃を使う時ですね。生活魔法を行使する場合でも出血するようなことはしません。」
ニグの政治部に新規参入した交易担当の一人、ラタセは物怖じせず質問する。
「ニグ人は全員が神契士になれるわけではありません。カルア人にも個人差はあるんでしょうか。」
「個人差はあります。カルア人は血液検査によって魔力量を推定されます。少ないヒトがほぼ100 Unit/ml、多いヒトが1000 Unit/ml程度です。魔力量が多いとそれだけ魔術を自由に使えます。」
「空間転移の魔法とはどういったものなのでしょうか?」
「この空間から異空間へと移動すること、異空間で呼吸・歩行すること、異空間からこの空間へ移動すること。この3つを全て行うことが必要です。少々の訓練が必要ですが、病気などが無いカルア人ならば誰もができるようになる魔術です。例外的に、付き添いがおり、尚且つ近距離の転移ならば、空間転移の魔術の心得が無くてもできます。」
ラタセは再び質問する。
「ニグ人でも惑星カイネへ移動できるのでしょうか?」
「魔術の心得が無ければ、歩行も自発呼吸さえもできません。つまり現状、ニグ人には惑星カイネに行く手段がありません。」
「そうですか。それは残念です。」
「とは言っても、開発レベルで進めています。その内、可能となるでしょう。」
「はい、待ってます。」
ジルタニアはフウッとため息をついて、懐から複数の鉱石を教卓の上に出した。鉱石は手に収まるサイズにカットされた立方体の形状になっている。手に取り、説明する。
「次に魔力鉱石について説明しましょう。これは電力を魔力に変換するアムドゥライトです。逆に、魔力を電力に変換するスキアスライトもあります。こちらのベリトライトは魔力を蓄積させられ、閾値を越えると爆発します。」
若輩者のラタセはまた質問する。
「弾丸に入れる鉱石はどれですか?」
「圧力を加えると蓄えられた魔力を爆発力に変えるタイプの鉱石ですね。こちらのザガンライトです。」
ジルタニアは取り上げた。
「武器になります。他にも掘削やエンターテイメントなどにも使われます。カルアではいずれの鉱石も珍しい物ではありませんが、この星、セルアにもあるようなので欲しいという声が大きいです。他にも有用な鉱石があれば、カルアの鉱石担当者リィリアに紹介してください。」
「最後に、ゲートツリーの性質について話しましょう。ゲートツリーに関しては電気的エネルギーを加えることで、異空間へと移動する道が開かれることが分かりました。魔術的に開かれる出入り口は、人一人分の大きさですが、ゲートを利用することで、より大きな出入口を開くことができます。カルア国側にも用意する必要があります。」
「効率的にたくさんの物を運搬することができるということですか?」
「その通りです。残念ながらカルア人が運搬することになるのですが、この技術によってまとまった物資の貿易ができると考えています。」
「ゲートツリーのための電力はどうやって賄えば良いのでしょうか。」
「幸い、近くに滝があります。水力発電をして、電池で蓄えることを計画しています。それまでは私たちの魔力で何とかします。」
「リスクはありますか?」
「予測できるリスクとしましては、変異や転生が起こること、異空間でトラブルが発生して輸送中のヒトや積荷を失うことです。」
「私達にはどんなメリットが得られますか?」
ジルタニアは「困ったな…。」と言わんばかりの表情をした。カルアと対等のつもりなのだろうか。だがそれを言うのも今は不適切に感じる。
「メリットですか…。荷車を往復させるので、何かを乗せられます。魔力が無くても使える物を持ってきます。」
ラタセは言う。
「衣食住、無い物ばかりなので、よろしくお願いします。」
ジルタニアは見かねて言う。
「おそらく、そちらの鉱山の産出量は大した量にはならないはずです。運送費もバカになりません。そこまでカルアから貰える物に頼ってもらっても困ります。」
「ではどうしろと?そちらから鉱石が欲しいと要請したのでしょう?」
ジルタニアは眉間にシワを寄せて首をかしげる。
「…カルアと対等だと思っているのですか?」
「違うのですか?」
エシタリアは溜め息をつく。エシタリアの不機嫌そうな姿を見て場が凍りついた。ラタセのみが現状を理解していない。間を置いて、ジルタニアは言う。
「私が言うのもなんですが、カルアがその気になれば、ニグ人は数日で全滅させられますよ。瞬間転移でニグの外壁を突破し、部隊を市街に突入させることができます。ニグ王を拘束するのにそれほど時間はかからないでしょう。確かに主戦力となる戦闘機や戦車といった重装備を利用できないのは明確な戦力減と言えますが、そんな物を必要としないほどの戦力差があります。即座に10万人ほどの兵を平野へ連れて来ることもできるでしょう。歩兵対歩兵ではどちらが勝つか明確でしょう?支配国カルアとしては、従属国ニグが、より発展することを望んでいます。今はニグが惑星セルアで支配地域を広げつつ、インフラを拡充させ、人口を増やす時期です。」
ラタセは少しの思考の後、ニグが戦わずして敗北したことを理解した。
「…。はい。分かりました。」
ラタセはカルアに従属していることを誰からも聞いていなかった。あくまでカルアと対等のつもりでいたが、主導権は完全にカルアにあり、ニグは従っているのみのようだ。もしニグがカルアの要求をまともな理由も無しに断れば、カルアが軍事侵攻するということになっていることに気付かされた。
「それでは、今回の説明会はこれにて終了ということでよろしいでしょうか。」
「はい。」
カルア人が退出した後、ラタセはその場にいた政治部のヒトに抗議する。
「なぜ私には教えてくれなかったのですか?」
「そういう役割だったからです。不快な思いをさせてしまい、申し訳ない。」
「は?」
ラタセは怒りを抑えながらも、抑えきれずにいた。
「カルア側の反応を見たかったので、明かさなかっただけです。発言する者が若者であれば大きな問題にならないと考えてのことです。ちなみに国王陛下の案ですので、ご勘弁ください。」
「あ、…はい…。」
ラタセは意外な人物を頭に浮かべ、何も言えなくなった。
「しかし、いよいよニグの姿勢が定まってきたなー。こりゃカルアの担当官に内部事情を説明する必要が出てくるな。」
「それはどういうことですか?」
「最悪、政策をカルアに伝える必要が発生して、自分達で内政を決められなくなってしまうかもね。」
「はい‥。」
「そうガッカリするようなことでも無いんじゃないかな?」
「え?」
「カルアがニグの政治に要求を突きつけてくるかは不明だけど、私達がすることは考えれば分かることさ。カルアもバカじゃないから、無茶を言ってくることも無いだろう。」
ラタセは言葉の意味を考えた。
「ニグが豊かになるように、論理的に現実的な回答をすれば良いということでしょうか?」
「その通りだ。しかしカルアに良いようにされて、悔しくはないか?」
「皆の様子からニグに勝ち目が無いのは分かります。だからカルアの意思決定に従うしかないのでしょう。悔しいと感じても仕方が無い。」
ニグ人は、皆、空気を読んでニグ王に続いた。