5. 使命と戦友
晴天の中、マリフェルの居住地に向かうであろう獣道のような田舎道のような曲がりくねった道を、2人は歩いている。道のすぐ傍には雑木林があり、それがただひたすら延々と続き、道の先に何があるのかまだ見えない。だから不安になる。だが戻ろうとも思えない。なんせ、唯一の道だからだ。2人は神契士技術でお互いに得意な分野について話し合った。任務を遂げるにはやはり戦士として強くなるしかない。だが、どうもティオの感覚は少しズレている。
「力は自分を覆うように満ちている。対物障壁は自分の周りに浮いている粒子を鎧のように身に纏う。」
「力は自分の中に満ちている。契約紋を利用して、内側から外側へ引きずり出す。」
感覚的な話なのでお互いに理解できないのは仕方がないが、行き詰ってしまうと困る。ティオはウルテガよりもスタミナ面でも技術面でも優秀な神契士だが、感覚的な話になるといつも他者とは違うことを言う。
「天才かよ。何言ってるんだよ。」
「むしろ逆に皆のやり方をやろうとすると、力が発揮できなくなる。」
「そう言えば学校の頃は、いつも苦戦していたな。」
「皆のペースについていくのがやっとだった。というより、ついていけないことの方が多かった。」
「それが今は、逆だ。頼りにしてるぜ。」
「こちらこそ。ディミエルの時は本当に助かった。」
2人は拳をコツンと当てると、野営地に適した場所を探した。
その日の夕方、いつものように野宿の準備を終えて焚火を始めた頃、ティオは言う。
「マリフェルはどういう人物だと思う?」
「そりゃ普通に考えて、王たる王だろう。わがままで粗暴なやつ。」
「普通に考えて、か。僕は冷血で賢明な人物像を思い浮かべた。」
「うん?同じ意見にならないんだ。」
「僕はニグ王すら知らないし、オルクテ村の長も大して知らない。普通ってやつを知らないんだ。」
「そういえば、俺も国王陛下に会ったことすら無いな。」
ティオは焚火の世話をしながら、ふと間を入れて言う。
「ディミエルやマリフェルの生活ぶりを垣間見ることで想像できるのかな?」
「あー、そうだな。どうした?」
手の動きが止まったティオは気付いた。
「皆同じ世界にいるのに、別々の世界観を持ってるね。普通という言葉がその事を教えてくれるね。」
「うん?」
「いやさっき普通に考えるマリフェルの人物像で意見が割れたじゃないか。」
「‥そうだな。」
「人によって普通が違うってことは、世界観が違うっていうことなんだよ。現実世界とその人の世界観とのギャップが小さければ良いけど、大き過ぎると、とんでもないことになるね。」
「そうだな。誰もがこの世界を正しく認識できてないんだな。ありとあらゆる物事を勘違いしてて当然ってことか。」
ウルテガは考えたことも無いことを言われて意表を突かれたが、妙に納得した気持ちになった。
「そう言われると謙虚な気持ちになるな。私も知りませんってな。」
「うん。この世界を正しく知ろうとすると、簡単にヒトの言うことを否定できなくなるね。あからさまに間違った話を聞いたら、どこが正しくて、どこが間違っているか、理解すべきだね。なぜそう間違えたのか知りたいね。」
「どこが間違ってるのか、ちゃんと指摘するのって疲れるじゃん。」
「そうだけど、自分のスタンスとしてはそうしたいんだよ。」
「なるほどね。確かにそう考えることができたら、自分達の意識とか知れるな。どういう勘違いをしやすいのか分かるな。」
「うん。ウルテガはどうしてマリフェルが粗暴なやつだと思ったの?」
「うーん…。たぶん、母さんが聞かせてくれた教訓めいた昔話だなー。」
「あー。それでそのイメージが出来上がったんだろうね。僕のは、おばあさんが話してくれた昔の英雄伝から来てるのかな?確かそんな王様がいたような…。」
「神契士のいない頃の話かな?確かに戦士に厳しい命令をしていたな。『遠征して一人一匹牙人を狩ってこい。』っていう話だっけ?」
「うん、それだね。やっぱり幼い頃の経験で、妙な先入観ができてるんだよね。」
「そういうことか。」
ウルテガは話題を変える。
「ところで、話は変わるんだけど、道具生成でのろしを作ってみたい。」
「は?なぜ今ここで?」
「修行を兼ねて、一緒にやりたいんだよね。」
「...。今はマリフェル攻略を考えるべきなんじゃないのか?」
「そうだけど、そうじゃないんだよ。」
「やるべきことを優先するんじゃないの?やりたいことを優先しちゃうの?」
「でもやりたいじゃん?」
「う〜ん...時間が無いわけでもないのか。」
「そうなんだよ!ストレス溜まってるんだよね。気付いてる?緊張しっぱなし。だから楽しいことをしたいんだよ。」
「確かに僕はストレスに鈍感な所が無いわけでもないけれど...。僕らには重要な使命があるのを忘れちゃダメだ。」
「もちろん!自分も使命を果たそうと思っている。だけど、人生は楽しむためにもあるんだよ。」
ティオからしてみたらウルテガがダダをこねる子どものように見えた。しかし、よくよく考えてみると、何を言っているのか分かった気がした。
「そうだね、気晴らしになるのか分からないけど、そういうのも良いね。」
ウルテガはダメかと思っていたが、意外な答えにホッとしたようだ。
「さすが兄貴!明日が楽しみだ。そういえばさ、次の戦闘で余裕があればなんだけど...。」
「なんだけど?」
「情報を聞き出そう。」
「あぁ、そうだね。」
「何を聞けば良いのか分からないんだけどね。」
「うん。マリフェルの居場所、能力、攻略法を聞ければいいんじゃないのか?」
「なるほどね。うんうん。今晩は早く寝よう。」
「最近はいつも早く寝ているような...。」
2人は会話に満足して、夜襲に備えつつ、夜を過ごした。
次の日、その場に留まってのろしの道具生成を始めた。しかし開始から言い出したウルテガが違うことを言う。
「のろしってでっかい焚火だよな。そうじゃない。すぐにその場所を知らせるものを作りたいんだ。現在地報知器って言えば分かるか?」
近距離でそこにいるという意思表示ができる物を作ることになった。ティオは球体の中に爆発物を作成することで試作品1号を作成した。
「ウルテガ、見てろよ!」
上空に投げて1秒位で爆発する設計のつもりだったが、爆発することなく消えた。音も無い。どうやら神契術では、化学反応が起こせなさそうだ。一方、ウルテガは球体の中に、煙を出し続ける炭を入れて試作品2号とした。
「ティオ、こいつはどうだ!?」
上空へ投げると球体の軌跡に煙が残るが、あまりはっきり見えるわけでもない。ティオは球体の中に砂を閉じ込め、試作品3号を上空へ投げた。
「ウルテガ、これはどう?!」
空中で球が消え、砂がバラバラと落ちた。落ちた砂は、木々を叩き、独特な音がした。
「難しくないし、良いね!」
2人はふとした時に、気配に気付いた。
「ちょっと待って。足音が聞こえる。」
ティオは木に飛び乗り、幹越しに隠れながら、堂々と隊列を組んでやってくる牙人の戦士15名の姿を見た。皆、直径50cm程度のラウンドシールドと刃渡り60cm程度の片手剣、甲冑を装備している。
「ウルテガ、武装した敵が向こうからやってくる。」
「こちらには気づいてるのか?」
「気づいてないってことは、ないんじゃないか?」
「ちょっと待て。」
ウルテガは人差し指を立てて「静かにしろ。」と合図をした。ティオは警戒心を高め、音も無く動く何かの気配を感じた。その直後、ティオの背後に深い緑のローブをまとった牙人が現れた。ティオはとっさに回避行動を取るが、脇腹をナイフで刺された。
「ぐぁっ!」
ティオは対物障壁を貫かれ、木から落下した。ナイフは深々と刺さっており、吐血したが、すぐにウルテガと背中を合わせ、双剣を生成して呼吸を戻そうとした。
「どこに行った?かなりの腕力だ。」
ティオは声を出しにくいため、小声になってしまう。
「俺の目の前にいる。任せろ。」
ウルテガは、手を合わせ両手剣を生成した。生成中は隙だらけだ。それを見たローブの牙人は素早く接近する。ウルテガは地に刺さった両手剣を掴みながら、素早く逆袈裟斬りするが、その攻撃は左に回避され、ウルテガはナイフを太腿に受けて深手を負った。そうこうしているうちに道から武装した牙人が分け入ってきた。しっかりと視認されており、包囲されるのに1分もかからないだろう。
「牙人の方が一枚上手だったな。」
「まったくだ。館でもそうだった。」
ティオの傷は深かったが、すでに傷が癒えている。ローブの牙人はティオの死角から投げナイフを放つが、対物障壁に弾かれる。再び薄暗い森の中に姿を隠そうとするが、ティオは短槍を生成して、投げる。腹を貫通し、直後にあった木にもたれかかった。
「ぐほっ!」
吐血した牙人はとても苦しそうにしており、もはや風前の灯火である。
「どこから来た?答えたら助けてやる。」
「...。」
それはやりすぎだ...。ウルテガは膝をついた状態でティオに言おうとするが野暮なのでやめておいた。案の定、すぐに事切れてティオは内心頭を抱えたが、すぐに囲われていることに気づいた。
「お前らどこから来た?」
ティオは双剣を生成すると、素早く切り込んだ。牙人の戦士はティオの動きに反応するが一瞬出遅れており、刃を交えることなく斬られる。すぐにティオは包囲の外に出ると同時に、斬った牙人に止めを刺して言う。
「答える気が無いなら、さっさとかかってこい。」
牙人の指揮官はティオのすぐ傍で言う。
「弱っている方を狙え!」
ウルテガを攻め立てさせ、指揮官はティオに襲いかかった。ティオは指揮官の、遠めの間合いを取り続ける攻めきらない戦法に付き合わされる。ウルテガは傷をある程度癒すことはできたが、1対13の無謀な戦闘は避けて距離をとることにした。ティオは早く目の前の敵を倒したいが、焦って踏み込めば逆にやられそうだ。
「くそっ!」
ティオは装備をフレイルと盾に切り替え、アウトレンジで、かわしにくい攻撃を加える。指揮官は盾で何度かフレイルの攻撃を受けていたが、思っていたよりも攻撃は重く、受け続けられないと悟る。指揮官は決死の覚悟で距離を詰め、ティオの鎖を左肩に受けながら、契約紋を破壊するため腹に剣を突き立てようとするが、ティオの盾にいなされて指揮官がバランスを崩す。すかさず、ティオのフレイルが背中を攻撃した。
「まだ助かる。どこから来たか言え。」
指揮官は重傷で左腕が上がらない。だがまだ負けてないと剣を構える。数秒間、構えてはいたが、球の汗をかき、苦痛に顔を歪めた。相当の痛みを抱えているようだ。だが指揮官は険しい表情だ。
「…。」
ティオはウルテガが気になる。
「何も言わないんだね。ならばここで命を散らしてもらうしかない。」
ティオは双剣を生成し、距離を詰め牙人の左腕側から攻撃する。チャンスとばかりに連撃を加えるが、案外、甲冑にうまく攻撃をいなされ、持ち堪えられる。
「…お前の…負けだ。」
牙人の指揮官はそうつぶやくと倒れた。出血が多く、立っているのもやっとだったろう。ティオは息を切らしている。手練れの敵にてこずったのだ。
「時間をかけてしまった。ウルテガ!どこだ?!」
ティオはウルテガの位置を知るために現在地報知器を投げる。深呼吸をして息を整える。しばらくすると、ウルテガの投げたであろう現在地報知器が位置を知らせた。ティオは急いで駆け寄るが、そこにウルテガの姿は無かった。
「道に迷ったというよりは、移動していると捉えるべきか。くそっ。後手後手だな。」
ティオはウルテガが通ったであろう移動しやすそうな方へ走る。木々が邪魔をして見つからないと焦るが、なんとかウルテガに後続する牙人を発見し、気づかれない内に槍を投てきして1人殺す。そうすると、やはりその他の牙人らに見つかり、ティオは応戦せざるを得ない状況になった。
「ウルテガ!こっちには7人来たぞ!」
ティオが足を止めると、7名はすぐさま取り囲み、盾を突き出しながら距離を詰めてくる。ティオは滑りやすい布を生成し、左右に投げる。布は端の重しに引っ張られて地面に広がり、それを踏んだ牙人2名は転倒した。ティオはすぐさま包囲から逃れ、長さ1m、200kgの戦鎚を生成して、手前の牙人に叩き込む。牙人は盾で防ごうとするが、そのまま力負けして脳震とうを起こし倒れた。続く牙人は2名で接近するが、ティオは大振りの横薙ぎで牙人2名を巻き込み、続く叩きつけで右の牙人を圧し潰す。さらに姿勢を崩している左の牙人にも更なる一撃を加え、盾の防御を物ともしない戦鎚を示した。
「かかってこい!」
残る牙人は4名だが、2名は転倒して未だ起き上がれない。1名は意を決し、盾を捨ててティオに素早く接近するが、ティオはタイミングを合わせて重い戦鎚を叩きつける。しかし左手と左脚を負傷しながらも牙人は、片手剣をティオの左前腕に突き刺す。対物障壁を突破したその一撃は、ティオの戦鎚を消した。
「くそっ!」
ティオは後ずさりして片手剣を生成し、左腕の治癒を開始する。
「チャンスだ!」
転倒していた2名の牙人は、すでに仲間の手を借りて、立ち上がっている。盾を捨てた4名の牙人は緩く包囲し、片手剣を向けてにじり寄る。ティオは痛む左手の感覚を確認しつつ、目の前の牙人に突進し、一瞬の鍔迫り合いの後、包囲を抜け出し、再び200kgの戦鎚を生成した。ティオは力強い横薙ぎの反動を利用して飛び上がり、1名の牙人を叩き潰した。2名は同時に踏み込んでくるが、ティオはまたも横薙ぎをして2名の姿勢を崩しにかかる。しかし、右の1名が自ら犠牲になり、左の1名が左手の片手剣で突く。
「遅い!」
ティオは戦鎚を消して、半身で牙人の突きをかわして左手を取り、背後に回って首を折る。
生き残った牙人は1名。しかしティオは巨大な重い戦鎚を2度も生成した上、振り回し続けたせいで疲労し、判断力が低下している。疲労で目がかすむが、こういう時は30秒も待てば治るのは分かっている。しかし敵に悟られるわけにはいかない。
「ウルテガは今どこにいる?」
ティオは平然を装って、目の前の牙人に聞く。しかしすぐに返事は無い。
「…すでに死んでるんじゃないか?」
牙人は駆け引きをしているように見える。しかしすぐにウルテガが茂みからやってきた。
「よぉティオ!返事できなくてすまない。一人ずつ倒してたから。」
「ウルテガは何人倒した?こっちはこれが9人目なんだが。」
「正直分からんね。だがそれ位は倒してる。」
ティオは視力を回復した。牙人はジリジリと間合いを離そうとしている。逃走するための行動と取れる。ティオは弓矢を生成し、落ち着いて構えて、矢を射かけた。左腿に矢を受けた牙人は倒れ、痛みに耐えながら、必死に次の攻撃に備えている。ティオは何度も問うていることを聞く。
「どこから来た?」
「答えたら助けてくれるのか?」
ティオは頷く。
「マリフェルの城からだ。建物は教会だけどな。」
「?…どこにある?」
「そんなことも知らないのか?一本道の道沿いに北へ行けば、一日足らずで自ずと着くはずだ。」
「マリフェルの魔術は?」
「知らないな。ただ俺が感じるのは、力が湧いて、頭がスッキリして、マリフェル様からのお話が得られるってことだな。不思議と心が乱れることも少なくなるような‥。」
「?!…。」
どうやらマリフェルの魔術は、牙人の能力を強化するものらしい。さらに、通信機能もあるようだ。嘘を吐いているかどうかは、確かめようが無い。ただただ、直観的に嘘ではないと感じる。
「マリフェルの弱点は?」
「そんなこと考えたことも無いな。…赤毛で目立つってところ位かな?」
「そうか。ウルテガは何か聞くことはないか?」
「無いね。早く逃がしてやったらどうだ?」
「そうだね。」
ティオは弓を消すと、左手で「早く行け。」というジェスチャーをした。戦いを終えたティオはウルテガを見たが、この時になって初めて、何かいつもと様子が違うことに気付く。装備が違う。
「どうした?」
すぐにティオの脳裏で、ウルテガではなく牙人が化けている可能性が頭をよぎった。しかし遅かった。ウルテガに化けた牙人が襲い掛かってくる。ティオは不意をつかれ、短剣でヘソ近くを刺されてしまった。
「ここがお前らの弱点だよな?これでもうお前は二度と神契術を使えない!」
牙人はニヤリと笑いながら、元の姿に戻りつつ、短剣から手を放して離れた。ティオは深々と刺さった短剣をすぐに引き抜いて捨て、止血のため自己治癒を始める。牙人は片手剣を鞘から抜きながら襲いかかるが、ティオは素早く相手の腕を引きながら回り込む。ティオは短剣を生成し、牙人の首を斬った。
「ばかな?!」
「あいにく僕にも分からない。」
ティオはウルテガの居場所を聞こうとしたが、すでに事切れていた。
「やれやれ。ウルテガと、はぐれてしまった。木を燃やして場所を知らせるか。」
傷は治ったが、かなり疲れた。やたらと重たかったり大きかったりする物を生成すると、相当消耗することは知っていたが、加減がまだ分かっていない。もう戦闘は避けたいと思っていた頃、本物のウルテガがさっきと同じように茂みからやってきた。
「助かったよ。もう動きたくなかった。」
「いや、すでに設置されてる狩猟用のワナを使って倒してたら、上着を盗まれてね。あ、穴空いてるし結構血がついてるじゃないか。」
ウルテガは溜め息をつく。ティオは自分が穴を空けたことを明かそうとも、大して謝ろうとも思えなかった。
「牙人はヒトに化けるから気を付けないとな。」
ウルテガはさも当然のように、死体から自分の服を剥ぐ。ティオは淡々と話すウルテガに苛立ちを覚えた。
2人はマリフェルのいる教会の全体像が見えるところまで来た。日はまだ高く、晴れているのもあって教会の全体像が見て取れる。教会は森を囲んだ山の上にあり、高さ20m位の構造物だが小山の高さがかなりあって教会からの眺望は良いだろう。地上からは中心の大きな見張り台と手前側の小さな見張り台が目立ち、他に目立った構造物は無い。おまけのように近くに従者の宿舎がある。教会の見張り台の物見兵からは、こちらの場所がすでに把握されているかもしれない。
「これから調査をしつつ作戦を練ろう。」
「今まで踏んだり蹴ったりの作戦だったけどね。」
言い放ったティオは自分の言葉の意味に責任を感じ、頭を抱えた。ついでウルテガもうなだれた。しかし、すぐに気を取り直して言う。
「しかしそろそろ本気で作戦を成功させないと、どうにもならなくなりそうだな。」
「そうだね。建物に見張り台があって、入口が1つに限られているから危険だ。失敗すると、ただただ一方的にやられそうだ。」
言った傍から、ティオは疑問に思った。
「ところで牙人はどこに住んでるんだ?ニグに攻めてきたような1000人規模の軍人を供給する集落がこの辺りにありそうだと思ってたんだが。」
「あぁ、それならたぶん昔ヒトが住んでた廃墟とその周辺に住んでるんだろう。例えばヴァーステインとかいう滅ぼされた都市国家だね。」
「そうか。牙人からしてみれば、住む所と食べ物を同時に確保できるから、ヒトを攻め滅ぼすのは効率が良いのか。」
「他に森に棲んでるのもいるけど、そういうのは魔術で操作されてない限り、そんなに襲ってこないから、ほぼ無視して問題無いみたい。」
「へぇ。基本的に群れるのを嫌がるっていうから、森に棲んでるのが多いのかな?」
「マリフェルはそういうのを取り込んで軍隊を作って、ヒトの集落を攻めるようになったみたいだけどな。」
「そうだった...。じゃあまた時間をかけすぎるといけない状況なんだね。森を徘徊してるようなのが集まってきそうだ。」
「時間よりも成功する作戦を考える方が大事だ。作戦を考えるのに時間はかからないだろう。」
「うん。」
2人は倒木に座り、作戦を練り上げる。
夜になり、作戦が始まる。ティオとウルテガは別々に教会の麓に到着し、石壁を登る。見張り台まで到達すると、生成した短刀で見張りの首を掻き切ることで暗殺し、互いに短刀を振って、もう一つの塔にいる相方に合図をする。
「今回はうまくいったな。次はマリフェルの居場所を探るぞ。」
作戦通りだ。しかしまだこれからだ。緩んだ気を引き締めると、マリフェルが最も居そうな城主の寝室を目指して、塔の中のらせん階段を下って廊下に出る。見つからないようにではなく、速やかに事を運ぼうと移動しているので、突然現れた敵に対して小太刀を生成して突きを放つまで時間はかからなかった。死体を隠すこともしない。速やかに移動するためだ。
「敵が少ない。不用心だな。」
そう言って一歩踏み出した途端、背中を剣で斬りつけられた。振り返ると殺したはずの牙人が片手剣を構えて立っている。牙人は確かに喉を掻き切られていたので、結構な出血が見られる。どう見ても失血死している。立っている理由は一つしかないだろう。
「これがマリフェルの魔術か。」
小太刀で斬られた牙人も、背中からだらだらと血を流しながら立ち上がり、片手剣を構える。1対2で、しかも不死の相手と考えると不利だろうか。
「腕の骨を断つか、首をはねるか。」
迫り来る右の喉を斬った牙人を小太刀で力いっぱい左薙ぎする。しかし盾で防がれ左へ弾き飛ばすのみだった。ティオが隙だらけのところに、左の牙人の唐竹割りを受けて左腕を深く斬られ、たまらずバックステップをして傷口を押さえる。すかさず2名の牙人が距離を詰めて攻撃を仕掛けてくる。ティオは攻撃を回避しながら、右側に回り込んで右手で小太刀を振るが、左腕の痛みで大した斬り込みにはならず、首を刎ねるには至らなかった。
「これはしばらく休まなければならない。」
痛みと緊張感から汗が全身を伝う。来た道を戻って、塔のらせん階段で1対1を2回することにする。
「来いよ。ゾンビ共。」
呟くように言って、階段へ走った。思いのほか牙人の足が速く、ティオは休む暇を得られず、盾を生成して守りながら傷を癒すことになる。ガンガンと片手剣で盾を攻撃してくるが、徐々に力が弱くなっているのを感じる。
「いける。」
ティオはここぞという時に、治癒した左腕でいつもの双剣の片割れを生成し、裂けている首を刎ねた。刎ねられた首は階段を落ちていき、体は動きを止めて後ろの牙人に寄りかかっている。ティオは戦斧を生成して鋭い一撃を左肩に加える。戦斧は鎖骨を両断し、あばらを折った。しかし牙人は左手の盾を捨て、動かなくなった右手から剣を取って突きを放ってくる。ティオは、もう一度斧を振って右肩を破壊したところ、牙人は階段から落ちていった。
「これじゃ動きを止められないのか。恐ろしい術だ。」
牙人は立ち上がる。ティオは走って蹴り飛ばしたが、思いのほかその後はピクリとも動かなくなっていた。
「術者が諦めたのか、それともエネルギー切れか?」
前者ならばすでに察知されている。後者ならば2分ほど待てば、戦うことなく終わることもできるということになる。ティオは傷を癒しながら辺りを見渡した。ここは3階で部屋が3つあり、両端に下りの階段がある。普通に考えて一番安全なのは、上の階。今は敵が不在だが、見回りにくる可能性もある。
「となると、ひとまず3階の中央の部屋がマリフェルの居室かな。」
対物障壁を展開し、恐る恐る中央の扉を開ける。真っ暗な部屋だが、すぐに明かりがついた。
「はじめまして。私、エシタリア=ウィングレイと申します。」
ティオに対してお辞儀をしてへりくだった言い方をする。エシタリアを名乗るその人物は牙人ともヒトともマリフェル族とも言えない独特な姿をしている。エルフ耳の上に牛のような黒い角で頭部を囲み、髪は青みがかった紫で肌は牙人より青い。そのエシタリアはティオがここに来るのを待っていたかのように接している。この寝室にはエシタリア以外にはいなかった。
「同じ神に作られ、同じく捨てられた兄弟よ。私と少しお話しませんか。」
「申し訳ないが、ここで人生を賭けた大一番があるんだよ。今、切羽詰まってるんだ。だからあなたのために時間を無為にできない。」
ティオは扉を出て廊下に出ようとしたが、エシタリアは焦ったように言葉を放つ。
「マリフェルは1階の大広間にいますよ。」
「...?!」
ティオは驚いて振り返った。エシタリアはニヤリと上目遣いでティオを見ていた。
「なぜ教えてくれる?」
「私は異星人。牙人寄りの立場ではありません。」
ティオは頭がついていかない。
「どうすればマリフェルを倒せる?」
「私にはマリフェルの力が、あなたに比肩するものには思えませんが。」
「...仮にそうだとしても、失敗できない。有利に事を運ばなければならない。教えてください。」
ティオはおだてられたと感じ、まるで本気にすることなく懇願した。それをエシタリアは謙虚さと捉え質問した。
「私はゲートツリーの研究者です。あなたはオルクテ村の出身者と言いますが、オルクテ周辺のゲートツリーと接触したことはありましたか?」
「いや無...あっ、あった。あったがそれが何か?」
「いえ、それならそれで結構です。では、またお会いしましょう。ご武運をお祈りします。」
エシタリアは持っている本を開き、手をかざすと魔法陣が光り出た。その瞬間、本も姿もかき消えた。
「...えっ?!」
ティオにはエシタリアが何をしたのか分からなかった。目で感知することができなくなったのか、それともどこかへ移動したのか、はたまた...。
「ゲートツリーの研究者...、ゲートってことは移動したのか...?」
今は考えても分からない。それよりも他の部屋が気になる。1階にマリフェルが居そうなのは分かったが、挟撃されるのも良くない。物音を立てずに左の部屋の扉を開けて、誰もいないことを確認した。続いて、右の部屋も確認する。こちらにも誰もいない。ホッとして廊下に出ると、ウルテガがいた。ウルテガを一室に招いて作戦会議をする。
「手はず通りだね。」
「1階には、すでに30名ほどの牙人がいる。その中に赤毛の牙人がいた。」
「敵の装備は?」
「思いのほか、鎧を着ている者はいない。弓矢か盾のどちらかを持っていて、皆、帯剣している。」
「なるほど。マリフェルはすでに防備を固めているのか。見張り台の牙人を倒した時に、襲撃を悟られたのかな?」
「だろうな。マリフェルの能力からしてその通りだろう。」
「牙人がゾンビのようにタフで大変だったけど、どうだった?」
「2人を相手にしたが、両方とも致命傷を与えても立ち上がってきたな。でも2分程度で力尽きるのは分かった。」
「同じだ。おそらくそれがマリフェルの能力なんだろう。どう?一度、撤退する?」
「バカ言うな。ここまで来たんだ。この先も計画通りいこう。」
「そうだね。」
「2階は存在しない。吹き抜けになってるんだ。」
「うん。…え?」
「だから、階段から戦闘開始ってことさ。」
「うん?そうだろうね。」
2人は作戦を頭に思い浮かべて、会議を終えた。
ウルテガは、片手剣を生成して手に持ち、板を生成してサーフボードのようにして階段を下った。階段踊り場手前でジャンプし、そのまま壁を足場にして床に着地した。視界に牙人5名が入り、いずれも階段にいる間に矢を射かけようとしており、弓を捨てて片手剣を抜こうとするが、ウルテガはその隙を逃さなかった。片手剣で、1度目の踏み込みで左薙ぎをして首を刈り、2歩目で逆袈裟をして左腕を斬った。手近な所に他の牙人はいなかったが、部屋は集会場だから広い。残りの牙人を数えていられるほどの余裕はない。素早く間合いに入って斬りこむが、盾で弾かれた。
「神契士を取り囲め!」
奥にはマリフェルと思しき、大きくて赤毛の牙人がいる。上の階にいる時に、鏡で覗き見た通りだ。しかしウルテガとマリフェルの間にはたくさんの牙人がおり、すぐさま戦えそうもない。
「これはもうお手上げだ。」
ウルテガは再び鋭く踏み込み、目の前の一人を袈裟斬りにするが、またもや左手の盾で防がれる。その間に他の牙人は距離を詰めて、ウルテガは囲まれてしまった。牙人は円陣を狭め、一斉に突きを放つが、ウルテガは宙返りしながら回避しながら、牙人の頭部めがけて一撃を入れようとするが、すぐその後ろの牙人の突きを腕に受け、流血した。
「くそっ!」
思わず悪態をつくが、敵は待ってくれない。ウルテガの着地と同時に、牙人は盾を突き出した後、すぐ片手剣で斬りかかる。ウルテガは避けつつ斬り上げ、牙人の手首を負傷させた。だが再びウルテガを中心とした円陣が敷かれ、正面の牙人は盾を突き出した。直後、左側の牙人は突然、頭から両断された。ティオの大太刀が、牙人を背後から攻撃し、ウルテガ中心の円陣を崩しにかかったのだ。ウルテガはティオの加勢に喜んでいられない。流血しているが、それを気にするほどの余裕など無い。剣を振ることでけん制しながら、ティオの方に駆け寄るが、ティオは牙人を攻め立てる。
「技、力、速さ、熱、圧力!全てで圧倒しろ!このまま押しきれ!」
ティオはウルテガと距離を取りながら大太刀を振り、牙人の手首を斬り落とす。剣の攻撃を半身でかわそうとするが、横から盾で殴られ額から流血する。だが大太刀で横薙ぎして大腿を斬って蹴っ飛ばした。ティオは全然負けてない。ウルテガは小さな盾を生成し、牙人の頭に斬りかかったが、横から割り込んでくる牙人に蹴り飛ばされた。
「死力を尽くす!」
ウルテガは自身を鼓舞し、手に力を込める。ティオが唐竹割りで迫りくる牙人を攻撃すると、敵は盾で防ぎきれず頭から血を流して倒れる。牙人の戦力は半分ほど削られており、ティオもウルテガも重傷を負うことなく善戦していた。マリフェルは後ろから声をかける。
「もう良い。大太刀は私がやる。お前らは剣を相手してやれ。」
マリフェルは大剣を軽々と持ち上げ振り降ろし、石の床に突き刺す。それを見たティオは重い攻撃を想定する。マリフェルは突進して袈裟斬りを仕掛けるが、ティオは大きく回避し双剣を生成した。
「ティオ!こっちは一人でなんとかする。早いとこマリフェルを倒してくれ!」
「任せろ!」
ティオは迫りくる大剣を双剣で弾きながら距離を詰めようとするが、一撃一撃が想像より重く、思うように前に進めない。前に進むどころか後退してしまう。手も痺れてきた。激しい剣戟の末、来たところとは反対側の階段付近に追い詰められ、一撃を回り込むことで回避して、右の剣で一撃を入れようとしたが、紙一重で回避された。ティオは双剣を消し、両手を合わせて構える。その隙にマリフェルは距離を詰めて逆袈裟斬りを放ったが、ティオは右に避けつつ大剣に両手をかざして、重い球状の物体を大剣と融合するように生成した。
「ぐおっ!」
マリフェルは途端に重くなった武器を手から離さざるを得なくなってよろけた。その隙を逃さないよう瞬時に生成された短剣はみぞおちを貫いて、マリフェルは血を吐いて仰向けに倒れた。ティオは大太刀を生成し、マリフェルの首を落とした。
「マリフェルの首、獲ったぞ!」
ウルテガは戦いの途中から階段の踊り場にいたが、ティオの言葉に反応した。反応したが、ゾンビ兵も含めて戦いを続けていた。ティオは急いで加勢に入ろうとしたが、思わぬタイミングでゾンビ兵は糸が切れたように倒れ、まだ生きている牙人もぶるぶる首を振って、逃げ去っていった。
「やったじゃねーか!」
ウルテガは階段を降りティオに歩み寄ったが、ティオは奥で動くものを感じる。その攻撃をティオはとっさの対物障壁で回避したが、ウルテガは攻撃を受け倒れた。
「ウルテガ!」
ティオは攻撃をした相手から目を離さず、名を呼んだが返事はない。ティオにはウルテガの命が尽きたことが分かっていた。視界の端で一瞬、捉えていたからだ。ティオは憤怒した。全身に力が入る。憎悪の対象が眼前にゆらりと映る。拳に力が入り、血が沸き立ち、歯を食いしばり、目は血走った。ティオは強く踏み込んだ。力を出しすぎている。だがそんなことはどうだっていい。ただ目の前の敵をぶちのめすことができれば!
「くたばりやがれ!」
物陰の牙人は高速で接近したティオに意表を突かれたが、即座に魔術弾を構え応射した。しかしティオの足は速すぎた。ティオの拳は牙人の鼻っ柱を捉え、骨を破砕し、意識を奪った。ティオは倒れた牙人の上にそのまま馬乗りになり、顔面に拳を叩き込んだ。叩き込み続けた。何発殴っただろうか。怒りが収まり、拳の痛みと疲労感でティオは動きを止めた。ふと我に返った。深呼吸をして冷静になろう。目の前では赤毛の牙人が無防備になって伸びていた。呼吸をしていない。見るからに死んでいる。
「ウルテガ!」
駆け寄り様子を見る。やはりウルテガは頭部に魔術の一撃を受けて、息をしていなかった。処置の施しようがないほど裂けており、出血量も相当なものだ。
「ウルテガは死んだ。」
力の抜けたような安らかな表情をしている。しかし感傷に浸ってはいられない。ここが敵地であることに違いは無い。速やかにこの地を離れよう。まだ暗いうちに帰路に着き、その途中で埋葬するのが良いだろう。ティオはウルテガの亡骸を背負って教会を去った。
すぐさま埋葬することにした。都合の良い目立たない少し開けた場所で穴を掘り、遺体を置き、土を被せた。墓標となる丁度良い岩を探したが、辺りもまだ暗いのもあって見つけられそうにない。
「墓標の石を探す前に、ひとまず休憩か。」
気がつけば夜が明けていた。少し横になっていたら、気絶するように眠っていたようだ。辺りが明るくなったら、案外近くに都合の良いサイズの岩を見つけられた。というより疲労感から簡単に手に入る物に目が移った。どこぞの岩を乗せた粗末な墓標だが、時間をかけて岩に【ウルテガの墓】と刻印した。ふと思った。先ほどの戦いについて、ウルテガはどう思うのだろうか。いくら戦友が死んだからと言っても、理性的に戦闘できないのは戦士として失格だろう。自身の死の覚悟はできていたとしても、仲間が死ぬ覚悟は少なからずできていなかったのだ。脳内シミュレーションはしていたつもりだった。しかしこのままでは命が幾らあっても足りない。戦士としての未熟さを感じる。恥ずかしい。たまたま相手を倒せただけだ。
「ウルテガの死を糧に乗り越えなければならない。仲間の死は戦士にはつきものだ。戦士として強くなるために、恥じない戦いができるようになりたい。」
とは言っても、ウルテガは唯一の弟であり、親友のような存在である。とても大切な存在であったことに変わりは無い。死を受け入れがたい。もうウルテガと会ったり話したりできない。このことが悲しい。心が沈んでいく。体が重い。
「まず、ウルテガの死が受け入れられないってところか。」
ティオは自分の作った墓を前にして、しばらく動けずにいた。困難な任務を達成したが、素直に喜べない結末だった。ウルテガと共に生きて帰りたかった。これは贅沢な望みだろうか。…その通りか。敵は大勢死んだんだ。屍累々の中で、今、自分の命があることを有り難く思おう。