4. ヒトの在り方
ティオは野宿する場所を探した。ここはウルテガとリズと共に来ていた森の北に位置するが、どうしようもなく困るようなことは無い。野宿はニグに来る前からしていたので、お手の物であった。おまけに今は道具生成までできるのだから、不便することは昔以上に無かった。寝床を用意しながら、エルナと会話したことが正解だったのか考える。
「普段、母がいない時間に帰ってばったり出会っちゃったんだもんな。何も言わないのも変だ。いや、これは言い訳か。極秘任務なら、誰にも知られることなく出発するのが正解だったんだろうな。だが後悔するようなことでもないか。」
独り言を呟く。辺りは静まりかえっているわけではなく、むしろ鳥や虫の鳴き声で趣深い程度の賑やかさだ。しかし初日は早々に寝た。
順調に3日が過ぎ、山の向こう側に着いた。牙人の館はもう見えるところまで来ていた。牙人の館とは名ばかりで、どうやら元々ヒトが建てた少々大きな屋敷を、牙人が使用しているだけのようだ。高さと窓の配置からして3階建てで、守りやすい要塞のようには見えない。なぜこれまでこの建物を攻め落とすことが出来なかったのだろうか。明日には作戦開始できる位の距離に来たものの、不安がよぎり、どうにも気が乗らない。なぜだろうか。もう少し調査をしてから決行しようと考えた。次の日から目立たないように館から3km程度離れたところに拠点を構えて観察を始めた。侵入経路を設定し、館の主であるディミエルを知らなければ暗殺できない。そういう風に思えば、今やっていることは理に適っている。自給自足の野営をしながら観察すれば良い。観察は望遠鏡を作って行った。これが案外気楽でのんびりとした生活で良かった。のんびりしていると、いろいろと自分が見えてくる。これまでの自分はずっと誰かと比較しながら生きてきた。最初はリズ、次はリズとクラスメイト、第62西門援護部隊の皆。いつも劣等感を感じて生きてきたが、今思うと、比べる必要なんて無かったんじゃないか?いや、むしろ集団の中にいて自分の居場所を作ろうと努力した結果、競争する必要があったんだ。仕方無く比べていたが、今はそれがない。だから案外今の暮らしが自分にとって都合の良いものに思える。こうして自然物に囲まれて悠々とゆったりと時間が流れる今が幸福なことであった。
倒木に座り、いつも通り瞑想していたら、近くでヒトの動く気配が感じ取れた。ティオは倒木から少し後ずさりして、臨戦態勢を取る。久々に緊張する。
「よお。」
ウルテガだった。ティオとは対照的にゆったりとした物腰で現れた。
「え?どうして?」
ティオは驚き、目が点となったまま、倒木に再び座った。
「いろいろあってな。違うな。何も無かったからだな。」
「どういう意味かな?」
ウルテガは、倒木にまたがりながら言う。
「ルージュ隊長にティオがいないって話をしたら、『知らない』って言うんだよ。だから直属の上司のイゼルグ司令官に聞いたんだ。」
「イゼルグ司令官が直属の上司だって?」
「今は、そうだろ?」
「ん?エランガム副隊長じゃない?ま、いいか。」
「そ、そうなのか…。いや、しかし、司令官との会話の末、命令を受けたんだ。ティオの支援をしろってな。だからルージュ隊長に報告してから来た。」
「報告したの?【極秘の任務】って聞かなかった?」
ウルテガは驚き、ガッカリして額に手をあてる。
「…聞き逃したかもしれん。もしかしたら司令官が言い忘れたのかも。」
「『スパイがいるかもしれない』って言ってたよ。だから極秘なんだってさ。」
「申し訳ない。」
ウルテガは、がっくりとうなだれた。
「いや、ウルテガが覚えてなかったのなら、司令官の確認不足もあるから、そこまで気に病む必要も無いんじゃないかな?」
「そりゃ、そうだけどよ…。」
「悪気が無かったんだし、しょうがないよ。誰もウルテガを責められない。」
「…そうか。確かに仕方ないか。ま、でも次からは、ちゃんと確認できるようにするよ。」
ウルテガは少し気を取り直した。
「うん、そうだね。ところで、誰に話したの?」
「ルージュ隊長と、リズと母さんだな。分かってもらえたよ。」
「そうなんだ。」
「しかし、リズにも気にかけてもらってるようで羨ましいよ。」
「ウルテガもだろ?」
「まぁ、そうなんだろうけどな。」
「ところで、どうやってここを見つけたんだ?」
ウルテガはティオの持っている物を見ながら言う。
「光る場所に近づいていったら、ここに辿り着いたんだ。何か道具生成で作ったんだろ?望遠鏡?普通、光の反射を防ぐために、網とか被せて見るんじゃないのか?サバイバル訓練でサラッと話してたような…。」
「そうなんだ。次からは気をつけるよ。まさか敵にもバレちゃってるのかな?」
「分からないけど、でも一応移動しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。」
2人は歩を進め、牙人の館へ近づいていく。
「今の仕事ぶりはどう?」
「あまりしてないな。気が乗らなくてね。これまでに分かったことは、牙人の館にいるのはせいぜい15名程度、出で立ちが違うのが1人いる。それがたぶんディミエルだろう。」
「仕事してるじゃねーか。敵情把握は基本だ。」
「まあね。」
「一応確認させてくれ。今回の任務はマリフェル一族2名の討伐だよな。」
「そうだよ。それでこの牙人の館にその内の1人がいるから、今、僕はここら辺で、のんびり野営をしてる。」
「のんびり。」
ウルテガは驚いた。ウルテガは、ここに来るまでに想像していたティオとは違うことに気付いた。
「もしかして牙人が化けてるのか?」
「違うよ!」
ウルテガは冗談を言ったつもりだったが、ティオは力いっぱい否定した。
「元気そうで嬉しいよ。そろそろメシにしないか?腹減ってるんだ。」
「あぁそうだね。」
ティオは空を見て、赤みがかってきていることに気付いた。少し拓けた場所で、道具生成で火種を起こして、罠にかかった小ぶりなイノシシを焼き始め、火をぼんやり見つめながら語り始めた。
「こうやって焚火を眺めてると、あの頃を思い出す。幸せの音がする。この火の向こう側には、あの頃があるようだ。」
「?」
「村に居た頃、リズと同年の女の子のルルカがいて、それで森の中で生きてくことはおおよそやってたんだ。その時のことを思い出して懐かしくなる。」
「うん?俺はその時のこと知らないな。教えてくれよ。」
「何を教えろって?いや何でも良いのか。そうだな、村にいる時は同じような日の繰り返しって感じだったかな。」
ウルテガは相槌を打って火の世話をする。
「昔のリズはもっと気性が荒かった。ルルカが地べたを這いつくばる僕を守ってくれるような毎日さ。」
「え?ちょっと想像しづらいな。」
ティオは意外な返答に困った。
「...確かにそうかも。今のリズは優等生って感じだからね。でも村にいる時も優等生ではあったよ。いろいろなことを知ってて、たまに、教えてくれたんだ。」
「それは想像できるな。おっ、焼けてる。」
ウルテガはイノシシの肉を食べ始める。2人は食べるのに集中し、食事を終える頃には辺りは暗くなっていた。ティオは自分に言い聞かせるように言う。
「この任務を達成すれば、ニグを永続的に守ることができる。やりがいはある。」
「お、やる気になったか。」
「まあね。ウルテガが来てくれて頼もしく感じる。それと同時に2人になると牙人にバレる確率も高くなりそうだし、食料確保も厳しくなってくるだろうから、もう明日には攻め込もうか。」
「おぅ、そうだな。今までの調査結果を聞かせてくれないか?」
「うん。牙人の館はレンガ作りの3階建てに見える。ディミエルは基本的に3階にいる。自室があるようだ。外に出ることは多くない。自分達と同じように、牙人も基本的に昼間に活動しているようだ。頻繁に外出する牙人は5名程度。中に残るのはだいたい雌の牙人だろうか。」
「よく調査できてるじゃん。」
「戦闘要員がいるとしても、多くて15名程度だろう。」
「なるほどね。それで、ディミエルはどういう魔術を使うんだ?」
「知らないな。魔術って言ったら、遠距離で戦うイメージかな?でもひょっとしたら神契士みたいなものかも。ウルテガも知らないのか、困ったな。」
「うーん。俺は弱いから、配下の牙人を相手にしたいな。何をしてくるか分からない厄介なディミエルは、兄貴に任せたい。いいかな?」
「作戦としては、それでいいんじゃないかな?でも状況によっては、役割が逆転しうる位の臨機応変さは欲しいな。」
「同感だな。じゃあそれを踏まえて作戦を練るとして、どうすればいいんだ?暗殺だから真正面からぶん殴るとかじゃないんだよな?」
「うん。気付かれずに寝首をかくには、3階の窓を蹴破って侵入して、一気に剣で一突きだろうか。どう思う?」
「悪くない。暗殺って言ったら普通そうだよな。部屋の中まで分かってるなら、それ以上の手は無いんじゃないか?」
「部屋の中までは分からないが、単純に考えて窓のある部屋が寝室だ。」
「じゃあ良いじゃん。」
「もし敵に気付かれてるなら、陽動が必要なんじゃないかな?」
「え?気付かれてるかどうかは分からないんだろ?」
「そうだね。でもいろんなパターンを考えておくのは必要な事じゃないかと思うんだ。」
「おう。そうだな。じゃあ敵に気付かれてるのが分かったら、俺が敵を引きつけるよ。他のパターンは?」
「ん~。ディミエルの居場所が分からないパターンかな?」
「マリフェルもいたらどうすれば良いんだろうな。」
「逆にマリフェル族2人とも死んでたらどうするんだろうな?」
「皆、ティオに化けてたらどうすんだ?」
「?!」
ティオが驚いた顔をしてみせたら、ウルテガはその顔を見てニヤリとしてみせた。
「...冗談だぜ。」
ティオとウルテガは談笑しながら、夜を明かした。
翌日、空が白み始めた頃、2人は牙人の館の前に居た。近くで見た館は、レンガ造りで堅牢に見える。ティオはハシゴを作成して、静かに屋上へ移動した。ウルテガは、館の正面玄関から30mほど離れた位置に立つ。ティオは道具生成でフック付きのロープを屋根頂上にひっかけてディミエルのいるだろう寝室に飛び込む。体当たりで窓ガラスが割れて散らばる中、前方 5 m先に、ベッド上で驚いてこちらを向くディミエルを見た。ディミエルは天然パーマの赤い髪をしていて、牙人と同様に長い犬歯と青白い肌をしている。
「ビンゴ!!」
ディミエルが嬉しそうにティオを指差して笑った。直後ティオの足元に魔法陣が浮かび上がり爆発した。ドカンという轟音と共に、爆風でディミエルの赤い髪が乱れる。白煙がまき起こり、ディミエルは起き上がる。
「ティオだろ?お前。」
「バレバレだったってことだね。だが目標が目の前にいるのは嬉しいね。」
ティオは窓ガラスを割る際に展開していた対物障壁で、たまたまやり過ごせていた。
「ノーダメージってことはないだろ?!」
ディミエルは驚くと、そそくさと部屋を飛び出していき、姿をくらます。ティオは再び来るだろう魔術地雷を警戒し、そのまま対物障壁を維持しながら追おうとした。しかしディミエルが出ていった扉から片手剣を持った牙人が2名入ってきて、目論見は潰える。ティオは対物障壁を消して、小回りの利く双剣を生成し構える。
「対応が早いな。」
ティオはすでに作戦が失敗していることを確信した。
「どうしようか。」
左手に持った短剣の峰で自分の首をトントン叩きながら挑発した。魔術地雷を警戒すると不用意に動けない。かといって時間を浪費すると増援が来るかもしれない。そう考えると速やかに決着をつけたい。どんどん不利になることが予想される。牙人は2人ともジリジリと距離を詰めるような動きをしていて、見るからに手強い。そんな時、外でウルテガの大声が聞こえる。
「ディミエル出てこい!そこにいるのは分かっている!」
手はず通りだ。ウルテガは敵戦力を分散してティオの負担を減らす役割だ。しばらくして、筋骨隆々で大柄な牙人が一人、館の扉を開けてウルテガの前に立ち塞がる。右手に古びた片手剣を持っており、普通のヒトでは到底かなわなさそうな風貌をしている。玄関入り口の階段手前で扉を開けたまま堂々としている。
「一人か。もっと来ると思っていたが。」
「それはこっちのセリフだ。」
そう言って、ウルテガは両手を合わせて刃渡り80cm程度の両手剣を生成した。生成された剣は落下して地面に突き刺さると、ぶっきらぼうに突き出された右手に持ち上げられた。
「来いよ。」
牙人は手招きしている。ウルテガは作戦通りになるべく引き付けたいのだが、相手は館に入れようとしている。誘いに乗って距離を詰めるよりは、弓を生成して矢を放ち続ける方が良い。ウルテガは両手剣を消して、両手を合わせて弓を生成する。その隙をついて牙人は走って距離を詰める。ウルテガは弓を構えることができず、すぐさま弓を消して今度は片手剣を生成して地面に落とした。牙人の横振りの一太刀をしゃがんで回避すると、片手剣を拾いつつバックステップで距離をとった。
「危ねえじゃねえか。」
「来いと言っただろう。」
館の玄関からは別の牙人が顔を出した。
「招かれざる客か。」
2人目の牙人は状況を把握すると、館の中に帰っていった。それほど脅威と認識されていない。牙人の想定通り、ウルテガは目の前の牙人に悪戦苦闘する。生成した片手剣で敵の片手剣を受けるが、腕力で劣っている分、1対1でも不利だ。徐々に館から離れていって、森の中に入って行った。
ティオは素早く双剣を前方の牙人2人に投げると、大きな一歩で距離を一気に詰める。牙人は投げられた双剣を片手剣ではじこうとしたが、霧となって消え、結果的に大振りになった。その隙をついて生成した短刀で右側の牙人の首を刈ろうとするが、僅かによけられ、アゴを攻撃した。
「うがっ。」
牙人は膝をつく。ティオは追撃しようとするが、左側にいる牙人が庇うように踏み込み上段斬りをする。ティオは後ろに下がりながら回避するしかなかった。短刀を消して再び双剣を生成するが、その間に牙人は踏み込み左薙ぎを放つ。ティオは右手の剣で受け止めつつ、左手の短剣で牙人の右上腕を切り落とす。牙人が後ろによろめいた隙に、両手の剣を腹に突き刺し手を離した。仰向けに倒れた牙人は、口から血を吐きながら絶命する。もう一名の牙人は下あごに深手を負って、上手く立てずにいるが目は死んでいない。ティオは双剣を生成し、牙人の袈裟斬りを左手の剣で受け止め、右手の剣をみぞおちに突き刺した。ここで、ティオは自身が出入口付近にいることに気づいていなかった。背中側の左横腹に激痛を感じ、振り返る。牙人が矢を放っていたようだ。入ってきた窓に向かって、走って飛び降りると、ウルテガがティオを見上げていた。着地してすぐティオは忠告する。
「矢が飛んでくるぞ!」
ウルテガは矢を弾くための盾を生成しつつティオに歩み寄った。ティオはさらに言う。
「作戦は失敗だ。距離を取ろう。」
「ダメだ。状況はもっと悪くなる。むしろ正面から2人で攻めよう。」
ウルテガは矢を警戒しながら盾を構え、ティオに足をかけて片手で矢を抜いて、逃げ腰のティオを戒める。
「確かにこちらは疲労し始めた。しかし敵も痛いはずだ。ティオ!まだ正念場は先にある。根性見せろ!無傷で勝とうとするな。敵も必死だ!俺らまだ新米だぞ。」
ティオは矢傷を治癒しながら言う。
「...そうだね。日和っていたのは間違いない。勝てない相手ではない。矢傷を負わされて取り乱してしまった。すまない。」
「それはそうとして、ディミエルはどういう魔術を使うんだ?」
「魔術地雷を使ってきた。光って爆発まで0.5秒位はあるから、たぶん回避は可能だが、他にも魔術があるかもしれない。」
「オッケー。じゃあ行きますか。」
ティオは治癒をひとまず良しとし、対物障壁を展開して言う。
「僕が囮になる。ウルテガは後から館に入って、隙をついてディミエルの首を取ってくれ。」
「兄貴がそう言うなら、それがいいかもな。」
ティオは真っ直ぐ正面玄関に向かって足を重たそうに歩きながら、双剣を生成する。警戒しながら階段を上がり玄関前に立つ。案の定、玄関に地雷が仕掛けられており、爆発を受けるが対物障壁で無傷でやり過ごすことができた。爆風が止んだ瞬間、玄関口の両側から2名の槍がティオの腹を突き刺そうとする。読み通りだったティオはニヤリとしながら、右の剣で槍を払いつつ左の剣で突きを放ち首を貫いた。右の牙人は再度槍で腹を貫こうとするが、左の剣で槍を払いつつ右の剣で袈裟斬りをする。しかし玄関のドア上枠に剣がかすり、牙人には腹部に軽傷しか与えられなかった。ティオは横っ飛びしながら玄関をくぐると、上から片手剣を持った牙人が飛び降りてきて兜割りを仕掛ける。ティオは地雷を予見して避けるために転がり、それが功を奏して回避できた。1階には、生きた牙人は5名しかいなかった。残る牙人3名はいずれも両手剣を持っていた。ジリジリと距離を詰められると、一度に攻撃されて打つ手が無くなるので、ティオはすぐさま玄関付近の牙人に襲いかかる。片手剣の牙人は虚をつかれ、左の剣の右切り上げの一撃を脇腹に受けて倒れた。槍の牙人は突進し突きを放つが、ティオは跳躍して右、左の剣を投げる。剣は右腕と頭部に当たるが、致命傷にはならない。着地点には地雷が仕掛けられており、斜め前方に転がり直撃を避けるが、爆風で吹き飛ばされた。
「一人でよくやるな。」
館の階段踊り場で、いつの間にか現れたディミエルが言う。ティオは階段近くまで飛ばされたが、すぐに自立し再び双剣を生成しながら言う。
「ザコが何人いたって相手にはならない。1対1でやろうか。」
残り4名の牙人は目配せをしつつ、ティオに襲いかかる。ティオは右側に深く入ることで攻撃を回避しつつ、左の剣を切り上げて両手剣の牙人の大腿を切断した。次いで、1m以上ある大太刀を生成し、迫りくる牙人の先手を取って唐竹割りをする。反応が遅れ、受け身を取れず、血を噴き出して力尽きた。残る2人の敵はそれでも士気が削がれることなく攻め立てるが、ティオの大太刀の踏み込んだ右薙ぎ一刀によって、2名共、腹を切り裂かれて力尽きた。
「降りてこいよ。決着をつけよう。」
ティオは血に濡れた大太刀を振ってディミエルを挑発した。
「勝った気になってるのか?神契士が。ナメやがって!」
ディミエルは右手を銃のように構え、ティオに向けた。
「バンッ!」
指先に小さな魔法陣が発生し、そこから放たれた弾丸がティオの頬を掠めて直後に爆発した。バラバラと床が壊れる音がする。ティオは爆発で前方に飛ばされて、大太刀を消して防御姿勢を取る。
「地雷とは比べ物にならない。当たれば、ひとたまりもないな。」
ディミエルは続けて攻撃する。ティオは直撃を回避するが、爆風で思ったように回避できない。着弾と共に床が壊れるので足場も無くなる。距離を詰めなければいけないが、詰めるほどに被弾しやすくなるのは明白だ。ウルテガは2階から隙を見て、短剣と盾で、ディミエルに襲いかかる。しかしディミエルは不意討ちにすぐに気付き、上方のウルテガに向かって炸裂魔術弾を放つ。
「くらえっ!」
ウルテガは盾で受け、上階まで吹き飛ばされた。
「うぐぁぁあ…。」
ウルテガは3階で手首の痛みに耐えるが、ディミエルから目を離すわけにはいかない。
「ウルテガ!大丈夫か!そっちで何とかしてくれ!」
ティオはディミエルの弾丸を大盾で受けるが、吹き飛ばされて玄関付近まで戻されてしまう。よろよろと立ち上がり、対処法を見出す。両手を合わせた後、左手で硬質の盾を生成し、右手でスポンジ状物質を生成した。ディミエルはティオに向かって弾丸を打ち込むが、左手でかざしたスポンジ盾が衝撃を吸収して壊れた。
「どういうことだよ!」
ティオのスポンジ盾とディミエルの魔術の応酬が、何発か続く。ディミエルは焦ったが、壊れた盾を修復する時間と再度弾丸を発射する時間は、ややディミエルが優勢で、ティオは慣れていない道具生成に苦戦している。
「くそっ。」
スポンジ部分を生成できないまま、盾で炸裂魔術弾を受けて吹き飛ばされた時、ウルテガは再び飛び降りる。ディミエルは一瞬反応が遅れ、回避が半端にしかできず、右上腕を斬られて多量の血が吹き出し悲鳴を上げた。ウルテガは攻撃後の着地に失敗して転がってしまうが、すかさずディミエルの腹に片手剣を突き立てる。ディミエルは背中を丸めて苦しそうにしている。ティオは叫ぶ。
「もう一発!」
その言葉と同時にウルテガは手を合わせて短剣を生成し、首を掻っ切った。ディミエルは力尽きた。ティオは疲弊して、思うように動けない。ウルテガは聞く。
「ディミエルの首は持ち帰らなくても良いのか?」
「証を立てるかってこと?分からない。この後のことを考えると持って帰る必要は無さそうだが。」
「...そうだな。生き残りもほぼ居なさそうだが、すぐに危険になりそうだ。早くここを離れよう。」
「うん。」
ティオはよろよろと立ち上がり、ウルテガは血を失っていたのか、ふらふらと歩いている。
「ハハハ...。お互いボロボロじゃないか。」
ティオは嬉しそうに笑う。ウルテガは少しムスッとしながら答える。
「上の階から来たんだが、それしかなかっただろ?」
ティオは微笑し、2人は満足そうに牙人の館を後にした。
2人は気力・体力を回復するため、近くの森で野宿する。ティオとウルテガは一通り準備を終え、倒木を背もたれにして地べたに座った。空は赤みを増しており、そろそろ火を起こそうとしているうちに、ティオは言う。
「牙人の館は普通に牙人が暮らすための施設だったようだね。」
ウルテガはさも当然のように答える。
「そうだな。」
「本当に制圧しなければならなかったのだろうか。」
「これは生き残りをかけた戦いなんだ。牙人かヒトか。双方がこの一つの大地で生きていけるわけじゃない。分かるだろう?」
「確かに攻められ続けたヒトには、逆に攻めるしかなかったね。対話どころじゃない。話も聞いてもらえそうにない。向こうが有利だからね。」
「その理屈だと聞いてもらえそうになったってことか。俺はこのままマリフェルを倒したいね。甘く接すると首を刈られる。」
ティオは大きく息を吐いて言う。
「そうだね。行き先は分かる?」
「牙人の館の北側に道があっただろ?ディミエルもマリフェルと連携する必要があるから、そんなに離れた位置にいないと思う。ひとまず道なりに行くのが良い。」
ウルテガはハッと気づいて言う。
「どう考えてもディミエル討伐成功の報告は必要だろう。」
「いや、それはしなくても良いよ。あくまで両名の暗殺...。」
「中間報告ってあるだろ。」
「山向こうにどうやって連絡するんだろう。」
「うん?一旦2人で帰れば良いだろ?それが嫌なら伝書バトとか?」
なぜかティオは帰りたくない様子だ。
「ハトは持ってきてないから無理だ。それに今は戦争中だから帰るのが困難だよね。あと帰り道に何があるのか、不安だ。」
「は?」
「イゼルグ司令官に嫌われてると思うんだ。」
「好きとか嫌いとかで判断するヒトじゃないんじゃないか?」
「これは事実上の死刑のように思えるんだよ。」
「死刑?...実現不可能な任務を与えてティオを殺そうとしてるっていうのか?考え過ぎじゃないのか?」
ウルテガはティオのようには考えていない。
「確かに陰謀と考えるのは危険かもしれない。しかしイゼルグ司令官の即刻の命令、ディミエルが僕の名前を知ってたことを考えると辻褄が合う。むしろ僕の脳内では確定に物凄く近い。」
「司令官がどうしてティオを殺そうとするんだよ。」
「それはまだ分からないけど、最悪の場合、キアン隊長も司令官に殺されたんじゃないかと...。」
「...?!」
ウルテガは驚く。しかしすぐに疑問を口にする。
「それならそうかもしれない。でも動機が全然分からないな。」
「それは僕にも分からない。やっぱり違うのかな?」
ウルテガは首をひねって考える。
「司令官の立場なら、例え無茶な作戦であっても、攻撃する必要があると考えるのが自然だろ。ニグの壁の中にひきこもって守ってばかりじゃ、いつまで経っても勝てないのは間違いない。」
「…そっか。確かにそうかも。攻撃しないとジリ貧で負けるってことか。」
ティオは納得しつつ、自分は被害妄想が強いのかもしれないと感じた。赤みがかった空を見上げる。
「そう言えば、望んでここに来てくれたの?」
ウルテガは倒木に後頭部をつけて遠くを見上げ、辺りが暗くなっていることに気付く。
「任務で来たのが半分、自ら来たのが半分ってとこだな。つまり半分は義務だ。自分の意志で来てるし、ま、遠慮すんなってこと。」
「そうか...。ありがとう。助かるよ。」
「うん。感謝の反対は当たり前って言うよな。俺がここに来たことに、もっと感謝してくれよ。」
「えぇ?!」
ティオはウルテガの方を向くが、ウルテガは空を見上げている。気を取り直して言う。
「ウルテガには感謝してる。してもしたりない位だよ。…でも大変な任務だ。暗殺のつもりが、その場にいた牙人をほぼ皆殺しっていう...。命が一つじゃ足りない。」
「うん、予定通りではなかったな。でも目的は達成できた。」
「結果より過程が大事とか、達成した事よりも心構えの方が大事とか言うけど、やっぱり目的が叶えられないとダメな感じがするよね。」
「まあな。結果によって印象が全然違うし、仕事である以上、結果が求められるからな。…でも、教会での説教の時は、特に、物事に対する姿勢を言及されるな。」
「うん、意識しにくいけど大事だね。しかし、死の覚悟は勿論できてるつもりだけど、過酷すぎて無駄死にしてしまいそうだ。」
「俺も死の覚悟はしてる。学校に通っている間にすでに皆してるはずだ。だが、どうしてだろうか。本当にこれまで悔いの無い人生を送ってきて、今のこの状況になってるのか、もっと他にあったのではないかと考えずにはいられない。」
「僕もディミエルと戦ってた時を思い返して、今ふと思ってしまった。実際に何度か死にそうになったから。」
「俺は兄貴より弱いから、あんまり眼中に入らなかったみたいだったな。作戦がうまくいった理由はそれかもしれない。」
「概ね作戦通りにはいかなかったけど、いろいろ想定してたおかげで迷わずに済んだね。」
「あぁ、しかし大変だったな。」
2人共、苦笑いをして九死に一生を得た体験が如何なる作戦であったかを振り返り、次の戦闘に思いを巡らせた。ティオは焚火を灯し、ウルテガの存在とこの日が無事に終わったことに感謝した。