1−6 アンダーグラウンドfeat.目覚めたら知らない天井だった
冬雪は、何があったかを思い出していた。
知らない天井だ! という有名なフレーズを思い出す。蛍光灯ではなく、ちゃんとしたLEDライトに照らされる自分。果たしてここはどこなんだろう。自分が現在一人暮らししている部屋ではない。ゆっくりと覚醒していく意識の中でも身体を起こそうとは全く思えない。頭が冴えてくると次は記憶の方もゆっくりとよみがえってくる。
佐伯さんの買い物の付き添いを終え、彼女を自宅まで送り届けた後。ブリジットから今日の日当として一万円を渡された。初仕事、初給料という事で、今日は外食でもして少し贅沢をしようと思っていた帰路。冬雪は信号の先で待っているキャップを被った少女を見て、心音が高鳴るのに気付いた。いや少しばかり西宮ガーデンズでこの少女で遭遇する際から佐伯さんではなく、かといってブリジットでもなく、自分を見ているんじゃないかと思っていた。しかし、何のために? 彼女の目的が冬雪には全く分からない。
少し都合よく考えてみよう。もしかしてこの子はガーデンズで自分を見て一目ぼれしたんじゃないだろうか? だからストーカーのようにずっとついてくるのだ。
もし、そうならばはじめて来た土地でまさかのガールフレンドが一人できる事になる。最近の都会の高校生だったら彼氏、彼女の関係くらいは相当進んでいるだろう。少なくとも何か自分に話したい事があるんだろうと、そう思う。よく考えればこんな黒髪に可愛い恰好、帽子で良く見えないが、目鼻立ちも整っている。こんな可憐な少女が自分に何かをしてくるわけがない。万が一襲われてもどうとでも組み伏せる事ができる。
そうだ。そもそも自分は福岡にいた頃から普通じゃなかった。伝統武術だかなんだか知らないが、来る日も来る日も名前を言っても百人が百人知らないと首をひねるような殺しに特化した忍術を教わってきた。自慢じゃないが、その鍛錬のかいもあって不良に絡まれた際にも負けた事はない。見れば見る程、少女は丸腰で格闘技を齧っていたとも思えない立ち姿、大丈夫彼女は危なくない。
「それじゃあダメ」と横断歩道を渡る冬雪に言う。なんというか頭に残らない声だった。横断歩道を渡り切った冬雪のに立ち言った。
「それじゃあすぐに死ぬ」
唐突に少女は沢山の鍵がついた輪っかを突き出してきた。刃物ではないが、かすれば怪我くらいはする。一瞬の事に焦ったが、やはりこの少女は格闘術はずぶの素人、今まで学んだ事を使えばおそるるにたらない。ひっこめようとした腕を掴む。そしてそこから投げ技を入れる。この少女の体重なら軽々と投げ飛ばす事ができる。そして少女の行動を同時に止める。
「ぜんぜんダメ」と投げられている少女は再び口にする。何がダメなのか、冬雪には気づいてしまった。
痛いのだ。掴んでいるハズの腕から、覚えのない出血。あの掴まれた瞬間、少女は置き土産に冬雪の腕を鍵で切り裂いたのだろう。しかし動揺しているが技はかかった。背中から強く落とせばしばらく動く事はできない。逃げる事もできるし、冬雪には投げ技をかけたあとの追撃手段も当然の如く嫌という程学んだ。
敵を壊すのであれば背中から落としたあと、首を蹴り落としにいく。今回はそのまま締め技で落としてからブリジットに報告しようと、動きを止めるべく背中から強く落とす。しかし、少女は地面に向かって先に手をつくと、遠心力を使って冬雪をこかすと、空中で猫のようにかえって地面に着地する。
少女は戦闘技術を持っているのを隠していたのか? そう冬雪が思った時に少女は冬雪が立ち上がるのを待っていた。何が起きているのかは全く分からない。分からないがこの少女はかなり危険だ。組術では負傷を追う。
突きに蹴り、そんな初歩の戦闘技能で迎え撃とうとした。しかし、あれほどまでに不良に軽々と通じた突きも蹴りもこの目の前の少女にはかすりもしない。逆にたくさんの鍵で切り刻まれる。刃物程鋭くないから引っかかれ肉が削れると表現すべきだろう。ナイフで切られるよりズタズタした傷が増え、めちゃくちゃ痛い。
自分は今、とんでもないところに来てしまった。
最後の一撃は少女からではない、よからぬところから何か金属で顎を打たれたような気がしてゆっくりと意識を失っていった事をベットの上ではっきり思い出した。
「ブッキー、これが仕事だったら死んでたでー」
嗚呼、安心した。ブリジットの声だ。そして、ここは宮水ASSの事務所にある仮眠所なんだろう。