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1ー4 アンダーグラウンドfeat. 福男レースだけじゃない①

 西宮戎神社では、毎月十日に180名限定で無料で近隣の有名な店舗の和菓子が配られる。これを目当てに近所の老若男女が大勢集まっていた。えびす様からの福のおすそわけという事、それを貰いに観光客やSNS映えを狙った若い女の子達と中々カオスな状況の中で先頭に並んでいる男。


 一体彼は何時間前から並んでいたのかという程朝早くから先頭を陣取っている。彼は榊、守り屋業『宮水ASS』を西宮市で経営している男である。年齢の頃は三十代は半ば、髪の毛を派手になりすぎない程度にアッシュブラウンに染めており、服装もカジュアル路線で纏めている。同年代に比べて若々しく、悪く言えばおぼこく見えるが、長い手足と真面目そうな半面遊んでそうな雰囲気はそれなりに女性受けもいい。彼は背筋を伸ばして今か、今かと毎月西宮戎神社で十日に配られる『とおかし』の配布開宴を心待ちにしていた。そんな様子を見て並んでいる女性客は榊を可愛いとすら感じさせる。

 榊は特別甘い物が好きというわけではない。普段は普通程度には食べるというくらいなのだが、毎月この『とおかし』に関してはインフルエンザ等で参加できなかった事を除いてほぼ毎月参加している。彼は産まれも育ちも兵庫県西宮市、この地で働きこの地で骨を埋める覚悟があるくらいこの街の事を愛していた。それも、少し気持ち悪いくらいに、彼の事を知る同じ西宮市民は口を揃えて“榊さん程の宮っ子はおるまいよ”と言わしめる程に。

 そんな榊と待ち合わせをしていたのは、身長180程の榊に対して、小学生程の身長の少女、もとい女性、いや……魔女?

 彼女は阪神間における裏稼業の総元締め、ハリマオ会の通達役のマオ。父親と娘が先頭と二番目を並んでいるような微笑ましい光景だが、マオの年齢は不詳。その落ち着き払った態度はワクワクしている榊よりも遥かに貫禄がある。


「おい、榊。なんだこの並びは?」


 マオが業を煮やしてそう聞くと、榊は両手でマオの肩に触れて笑う。「たまにはこちらから接待しようかと思ってね」

 普段は近くの料亭や個室のお店で、仕事の依頼やこれからの動向、新しく決まった制度等について説明をするのだが、どうしても榊がこの時間は譲れないとの事で付き合った結果。「マオさん、甘い物好きでしょう? 料亭なんかより美味しいの食べれますから!」

 そういわれるも、甘いお菓子を食べる事が目的ではない。本日はハリマオ会元締めからの直々の依頼を榊の宮水ASSに告げにきたのである。ハリマオ会からの仕事は難易度が高く、危険度も高い。代わりに支払いも破格ときている。


「どうでもいい、とりあえず中に入ったら端にいくぞ」


 ここから離れるつもりのない榊にため息をついてそうマオは言う。「とりあえず全種類食べてからですよ」と榊がマオを見ずにそういうので、「そんな大量にあるのか?」

「月にもよりますが、そりゃ沢山」と榊に言われるものだから、マオはハァとため息をついて「“おかき巻き”はあるのか?」

「大体上生が多いから“おかき巻き”は今までみた事ないですね」

 西宮銘菓“おかき巻き”について榊がそう言うと「残念だ」

「今度、観光堂に行って買ってきますから、そろそろ開宴ですよ」

「ようやくか、さっさと好きな物を取れよ」

「いやぁ、今月もありえないくらい美味しそうな和菓子の数々ですね」

「どれも同じようにしか見えんが」和菓子に明るくないマオに「マオさん、これ食べてみましょう! これ!」

 子供みたいなはしゃぎよう。「それ持ったら少しこっちにこい。仕事の話だ」

 守り屋である宮水ASSに依頼がくるという事は護衛任務。和菓子を食べながらでも話は十分に聞ける。


「今回、お前たちに依頼したいのは、これだ。大谷記念美術館でゴッホの贋作展をしたいらしい。芦屋で戦時空襲で焼失した七枚目のゴッホのヒマワリの贋作も展示して芦屋市民にも足を運ばせたいんだろう。そんな中で八枚目のヒマワリとやらも特別展示されるんだ。お前たちが守るのはこれだ」

「八枚目。これだけ本物とか?」

「ゴッホのヒマワリは芦屋で焼失したのを合わせて七枚だ」とマオは芸術にあまり明るくない榊に言いながら老舗の上生に舌鼓を打つ。「これ美味いな後で買って帰ろう」

「連れてきてよかったですよ」

「まぁな」


 マオは求肥で包まれた可愛らしい和菓子を食べ終わると、小学校の写真を見せる。

「お前はこの街に住んでるなら通ってたんじゃないのか? 大谷記念美術館のすぐ近くにある浜脇小学校。このあたりで一番古い小学校で明治五年に開校している。当時のこの地域に住んでいた貿易商の持ち込んだ一輪の花が描かれた浮世絵にゴッホが感銘を覚えて、たった一輪のヒマワリを描いた絵と交換したって話だ。ほんとかどうかわからないがな」

「自分は安井小学校なんで、道路を越えた先は知らないですね。それを守れと?」

「あぁ、そうだ」そう言って指令書の紙を見せてそれを渡す。「気を引き締めろよ」

絵画を守るだなんて今までにあったかと言われたらない。値打ち物であればもっと厳重なその道のプロが受けるだろう。「従業員食べさせないといけないので受けますが」

「そうしてくれ、必要な物があれば報酬とは別で用意する。車でも武器でもな。分かっていると思うが、これはハリマオ会の案件だ」

 くぎを刺されるようだったが、呼び出しを受けた時点で、まともな仕事じゃないという事は理解している榊、それに何度か頷く。

 要するに極めてヤバい何かがこのゴッホ展、あるいはその八枚目のヒマワリには隠されているという事。その内容は教えてくれないので、榊も無理に聞こうとはしない。仕事とは元来そういう物で、自分達守り屋の仕事は8枚目のヒマワリとやらの護衛。「どのヒマワリも俺でも描けそう」

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