1−3 アンダーグラウンドfeat.見守り屋さんクロ②
今回名前が出てくる“えびす水産“はコロナの影響で閉店しています。
2階が居酒屋、1階が立ち飲み屋で新鮮なお寿司やお刺身を物凄い安価に食べられるお寿司居酒屋でした。
ビールは一杯180円、名残惜しいです。
「それがカラテ? ただ手を突き出しただけ、それなら刃物を持って行った方がいい。じゃないと簡単に掴めてしまう。これが西宮市外ならあなたはこの時点で死んでしまう。だけど、運がいい。ここは西宮市」
「い、一体さっきから何言ってんだよ」クロが拳を握ったこの状況で少年は「死んでも知らないからな! 俺の回し蹴りはバット一本たたき割るんだからな!」
「バットは叩き割る為にあるんじゃない。相手の頭を潰す為にある」
むふー! とクロは誇らしげに自分の知識を披露する。本来、野球の道具であり凶器ではないという事を元々知らないように、逆に元々凶器であるバットを使ったスポーツが野球だとでも思っているのか、少年には知る由もない。
「多分、その足じゃ。バットは叩き折れない。何故ならクロの頭は割れていないから」
少年の蹴りを額で受け、代わりに少年の顎に蹴りを叩きこむ。「これでもバットは折れない」
嗚呼、この女。
金属バットの話をしているんだ。
薄れゆく意識の中で少年は合点がいった。
十数分、新人の男の子から目を離した。
清掃中というプレートをトイレの用具入れに戻し、少年達を個室トイレに入れて中から鍵を閉めるとよじ登って出る。十数分目を離していた事をボスに報告しなければならない事に少し納得のいかない物を感じながら、スマホに正直にそれを記載する。
お手洗いから出ると、再び『chano-ma』を遠くから監視するが、既に監視対象がいない。先程の邪魔が入ったせいだと、クロは頭の中でどれだけ監視時間ができなかったかカウントを継続した。東急ハンズにもいない。先程まで軽食を取っていたので、食事処にはいないだろうと思いながらもそれぞれ簡単に眺めていくが見つからない。階を下げて、食事処の多いフロアに入る。ボスから給料をもらっても食べ物に全て使ってしまう自分に見かねてお金はブリジットに管理されている為、食事に使える月の小遣いは5000円。
その為、まだこの西宮ガーデンズに入っている食事処をすべて制覇していない。なんなら5000円では食べられない店も何店舗か入っているので、いつかは全部回ってみたいと思いながら食事処を通り過ぎる。
同い年くらいの身長も同じ160センチない程の少女達とすれ違う。彼女達はクロを見て、「顔ちっさー!」「かわいいー」「モデル? 芸能人」と反応をしてもらおうと大げさに声を出す。先ほどのナンパもされるが、こうして同性からもよく反応される。たまに仕事で制服を着る事もある。されど、それも仕事だから「五月蠅い」と静かに返し、見守り対象を探す。
本日は日曜日、土日祝の西宮ガーデンズは人が多い。そしてこの広いショッピングモールで一度見失った場合見つけるのは至難の技である。エントランス入口側のエスカレーターに戻り、一階で行われている何等かの催し、そして新作映画の宣伝を流すモニターを眺めながら、スマートフォンを取り出した。
支給されているが、殆どこのスマートフォンを使う事はない。なんなら忘れていく事の方が多い「タマに連絡をして居場所を教えてもらう」と、これ以上仕事にならない状況を加味してクロは両手で持つと人差し指を突き出して年配がスマホを扱うように凝視して操作を行う。連絡先に“TAMA”と書かれたところをタップする。着信し2callでタマ事、玉風が電話に出た。
「どしたのクロ、迷子?」
「クロじゃなくて、新人の男の子が迷子。居場所を教えて」と端的に答える。
「それは僕への依頼という事でいいの? 高いよ?」
「構わない。仕事をおろそかにしてはいけない。損をしても全うする。ボスが言ってた」
そう真面目に返されると、タマもこの子は他所で騙されないかなと心配になる。
「嘘嘘、同僚だし無料提供するよ」
「タマ、今度。大紀水産をご馳走する。5000円分」と目の前にある回転寿司の店を見てそう言うクロに「大紀水産もいいけど、えびす水産の立ち飲みビール一杯の方がいいかな」
「約束する。イワシの握りとハムカツもつける」
「そりゃ仕事のやりがいもあるもんだ」とタマが答え、「おや? 結構近くにいるよ。JINSの眼鏡見てるみたいだよ」
「JINSの眼鏡、クロも伊達眼鏡をボスからもらった」
「うん、僕も効果があるのか分からないけど、ブルーライトカットの眼鏡貰ったよ」
「タマはいつもパソコンを見ているから目が悪くなる」
そうクロが言うので、「クロは逆に眼が良すぎるから気を付けた方がいいよ。そういう人は老眼になりやすいってばーちゃんが言ってた」
電話という物は遠くの人と話す事ができるもの。
クロはその仕組みを疑問に思いながら、「見守る男の子を見つけた」とJINSに車いすの老婆と共にブリジットも確認、ここまでに三十二分の時間を要した。その時間分減給で済めば立ち飲み屋の支払いは安い物。「タマ、ありがとう。今から仕事を続行する。電話を切るからまた夕食時に」
「あぁ、じゃあお仕事頑張って早く帰ってきてね」
チュっとキスの音がして電話が切れる。
何もしないで誰かを監視するという仕事はとても難しい、だれかを捕まえる。殺すなどといった方が楽で速く終わるからだ。
スターバックスコーヒーに入りJINSを監視できる席に座る。そして様々なメニューがある中からクロは「抹茶クリームフラペチーノ」と注文。スターバックスコーヒーに来るとこれ以外は注文しない。仕事で店を使うからメニューはなんでもいいのだが、単純にこのドリンクが好きなのだ。
甘いドリンクをすすりながらJINSの店内にいる見守り対象を見つめるが眼が合わない。恐らくこの空白の三十分程、イレギュラーとはいえ姿を消していたクロを警戒対象から外したのだろう。それでもそろそろかとクロはクリームをスプーンですくって食べる頃、見守り対象と再び目が合った。
そしてあからさまに見守り対象は嘘だろという表情をみせた。それはこの仕事をしていく上ではあまりよくない反応だとクロは思った。笑うか無表情か、感情を気取られてはいけない。但し、クロはまわりからもう少し笑えるようになれと言われてきたが中々難しい。物心ついた頃には誰かを殺して奪い、喰らう事しか学ばなかった。クロは生粋の人殺しとして育ってきた。殺し屋ならまだ良かったのかもしれない。生業の為にある程度の常識を学べたのかもしれない。
彼女は世界中を震え上がらせた無差別大量殺人鬼として数年前まで生きてきた。
死を呼ぶ少女なんて呼ばれて。
クロの中では人殺し時代の自分と今の自分はさして変わらない。今はボス達のいる宮水ASSで仕事をして食を得る。
世界中いろんな場所にふらりと行きつくクロが、日本は大阪の西成に流れ着いた際、一般人、ヤクザ、警察と食を得る為無差別に殺して回った時、宮水ASSのボス榊とBBことブリジット・ブルーに出会った。当然殺そうとしたが、逆に返り討ちにあい。
ここで死ぬんだなと思った時、ボスから宮水ASSで働かないかと提案された。
はじめは文字の読み書きと、人を無暗に殺してはいけないという事を学んだ。人を殺さずとも食事が出てくる宮水ASS。クロもお腹が膨れれば、自らを危険に晒す必要がないので、殺しを行う事がぐっと減った。
かといってそれ以外を知らないクロ。ボスに殺して良い人間とダメな人間、そして殺してはダメな西宮市とそれ以外の地域を教わる。何度か、ボスとBBを殺そうとしたが出来なかった。かと言って二人は自分を殺そうとはしない。
ならば二人の言う事には従った方がいいのだろうと納得した。
JINSから見守り対象が出ると、次は一階の食品売り場に行く。この車椅子の老婆のルーティーンの最後に寄る場所。見守り対象は難しい顔をしている。クロにはその理由が分かった。クロが人殺しだったころ、こういった障害物だらけの場所は襲いやすい。逆に守る側からすれば守りにくい。老婆と見守り対象が二人で話している間、ブリジットが近づいてくる。
「見守りご苦労様」
クロは頷き、見守り対象を指さしてから、「あの男の子、もしクロに襲われたら護衛もろとも簡単に死んでしまうけど、本当に大丈夫?」
「クロ、アンタに勝てる人間の方が少ないの。私とかね」
「そう? でもあの男の子は良くない」
クロの素直な感想。死んでしまうかもしれない事を気にかけての言葉だったが、ブリジットは冬雪の評価の低さに腹を抱えて笑っていた。