1−2 アンダーグラウンドfeat.見守り屋さんクロ①
軽食喫茶の『chano-ma』現在は店が入れ替わっています。
大阪や東京などにはあるので興味があれば入ってみてください。
お腹が空いた。
ポケットの中にはジャラジャラと沢山の鍵が一つの金属の輪に通してある。
白いボーダーニットのトップス、主張し過ぎないロングのコルセットスカート、こちらも白だ。
別にこういう恰好が好きなわけじゃない。服に関して無関心すぎるとブリジット・ブルーに勝手に給料から買わされて今にいたる。
正直動きにくい、返り血を浴びた時に洗濯をして使いまわしができないと閉口する。服なんて黒を基調にするか、使い捨てしやすい安物でいい、そう宮水ASSに所属しているクロは思いながら、時折声をかけてくる少年達を無視する。
クロの一番の興味はこの西宮ガーデンズの食事処だが、本日はボスに新人を遠くから見守る仕事を依頼されている。
見守る対象は自分と同い年くらいの男の子。子供とも大人とも言えない年齢の細い身体、服に隠れているがそれなりに鍛えている筋肉。殺そうと思えば少し骨だなと思いながら、じっと見つめる。
この西宮ガーデンズは基本的に見渡しがいい、護衛対象を中心に守りやすい。幸せそうな顔をして歩く家族やカップル達の中に紛れる。化粧も目立たない程度に施され、クロくらいの年齢で購入できる程度の価格帯の服。
四階、軽食喫茶の『chano-ma』に入店する、新人と同僚。関東を中心に展開しているその店の飲食はクロにも好みの物であり、じっと凝視しお腹の音がぐーっと鳴った。そんなクロを先ほどから見ていたガーデンズに遊びに来ていた近所の少年たち。高校生くらいだろうか?
それとも高校にはいかずに、就職でもして同じ年代より僅かばかりお金を持っているように見える。髪を染め、チーマーじみた服装のチョイスの二人がクロに話しかけた。
「ねぇ、君。暇そうだけど暇?」と頭の悪そうな質問でクロに話しかける。
クロが異性から話しかけられるという理由は、クロがそこそこ可愛く、なんならちょっと簡単に遊べると思ったのだろう。これが、少年たちの眼鏡に叶わない容姿であったり、ちょっと住む世界の違うお嬢様風であれば声もかけなかっただろう。彼らはない頭なりに本能である程度勝算をもって話しかけた。
少年達を視界に入れながらも、見守る対象を見つめ無視。
「もしもーし、聞こえてますかー?」一人がクロの前に立って顔の前で手を振る。「あれ? もしかして誰か待ってる?」
前に一人、後ろにもう一人。ここが西宮市じゃなければ殺してしまえば楽なのになと思って「あそこの『chano-ma』にいる貴方達と同じくらいの年の男の子、ずっと見てる。だから暇じゃない。それに耳も聞こえている」
「えっ、どういう事? あいつを待ってるの?」クロの説明になっていない説明にもう一人が「約束ぶっちされたって事?」
「ぶっちをされた? 貴方達は何を言っているの?」
「そんな最低ヤローより俺たちと遊ばない?」
煩いな。「煩いな」
「えっ? 今なんて行ったの?」
こういう連中は頭は弱いがこういう言葉はよく聞きとる。
「あなた達、クロはここからあの男の子を見守るから邪魔」
クロはもう邪魔なので殺したいなと思ったが、西宮の殺しはボスから滅茶苦茶怒られるので我慢してそう言った。
こういう時は楽しい事を考えればいいと同僚の玉風に言われたのを思い出す。みんなでラーメンを食べに行く事、時々ボスが焼肉の食べ放題をご馳走してくれる事、ブリジットがケーキを食べに連れ出してくれる事。段々とポケットの中に入っている鍵を握る手の力が弱まる。
そんな思考中でも目の前には笑っている少年、その遠く先には見守る対象の少年。上品な老婆からパンケーキを食べさせてもらっており、クロの口の中に唾がたまっていく。そして後ろにいる少年に足を引っかけ、転ばすと声を上げる間も与えずにブーツのつま先で頭を蹴飛ばし失神させる。目の前の少年は笑い顔のまま固まる。
「声を出さないで、逃げるのも許さない」そう言って倒れている少年を抱える。そして顎で化粧室に行くと指示をする。「あなた達はどうしてクロの邪魔をするの? クロは仕事中、仕事をしている人の邪魔をしてはいけない」
「な、何言って」似合わないホストのような髪型とにやけ顔の少年は何が起きているのか今だ分からず「ちょ、待って」
「待たない」クロはそう言う。「仕事中」
「ねぇ、クロ……さん?」クロの表情は怒っても困ってもいない。「こんなところで立ってるだけの仕事って?」
「クロの仕事は新人がしっかり仕事を出来るか見守る事。ボスからの依頼。これは重要な仕事だと言われてすごく迷惑をこうむった」
少年はキスしそうなくらい顔を近づけてくるクロに普段ならそのままキスの一つでも決めて、調子の良い事を言えたかもしれない。「仕事を知らない人には前からいる人が仕事を教えてあげる。これが宮水ASSのやり方。クロはその為にあたらしい男の子を見守る必要があった」
「じゃ、邪魔をしてすみませんでした」
「そう。悪い事をしたら謝らないといけない。クロはあまり話すのが得意じゃない。それと仕事中に関係ない人と話してしまった」許してくれるのかと思ったが、「あなたも同じように少し眠ってもらわないといけない」
「誰かぁ……」クロは掃除中というプレートを男子トイレの前に置く。要するにここには誰もこないという事。
「目をつぶって楽にしてくれればいい。出来る限り痛くないようにしてあげるから、抵抗したら病院にかかる時間が長くなる」
「ふざけんなよ! ちょっとナンパしただけだろ! それに俺は空手やってんだぞ?」
「なにそれ? カラテ。揚げ物? 美味しいの?」
唐揚げの亜種か何かだと思ってそう聞くクロ、とぼけているように見えるクロに少年は拳を突き出した。