4−5 アンダーグラウンドアンダーグラウンドfeat. 後学の為のデート①
始末屋『よる』と別れた冬雪とクロは次なる目的地へ、来た道と同じく高速道路に乗るのかと思ったが、今回は山手幹線をそのまま走っている。下道で帰るらしい。どういう風の吹き回しなんだろうと冬雪は思っていたが、これも効率性を取っての行動だった。
どうやら山手幹線沿いにある西宮ガーデンズにクロは用事があるらしい。高速の降り場からかなり距離がある為、下道を使った方が結果的に早いという事なんだろう。クロはコストコで購入したオーガニックバナナを器用に片手で剥くとパクりと食べながら運転している。そんな様子を見つめている冬雪にクロは自分だけ食べているのが悪いと思ったのか、バナナを一房さしだしてくるのでそれを受け取った。
しかし先ほど割と脂っこい物ばかり胃にいれたばかりで、正直お腹はすいていない。あとでオヤツに頂こうと冬雪は鞄にバナナを入れる。下道で走っている方が冬雪も少し楽しかった。こんなお店があるのかと、西宮は比較的街だが、尼崎間はやや開けていないところも多く、個人店等も転々としている。道なりにただ真っすぐ車を走らせていると武庫川までたどりつく、ここまでは自転車で来たことがあったので、目的地はすぐそこだなと冬雪は思う。
ガーデンズのバカみたいに大きな駐車場に車を停めると、クロに言われて車を降りる。一度駐車した場所を忘れてしまうと、冬雪は車の駐車場所を思い出す事はできないなと、駐車場の番号をスマホで撮影しておいた。同じ建物でも自転車で来るのと自動車で来るのでは違った場所に感じるのは何故なんだろう。
クロに手を引かれて店内に入る。昔、という程昔ではないが、冬雪には彼女と呼べる存在がいた。一年半程前だろうか? あの時も同じくこうして手を引かれてここと同じような複合商業施設、博多キャナルシティに遊びに来ていた事を思い出される。その時は楽しかったし、彼女をずっと守っていこうとそう月並みな事を思っていた。クロの細い腕、どこからあの力があるのか、だなんてド素人じみた事は思わない。クロは武器の使い方、人体の壊し方を、気が遠くなる程殺人を繰り返し極めている。もし、この力があの彼女にあったならと冬雪は過去を振り返った。
ある日、冬雪の恋人は無惨な姿で河原で見つかった。『シャブ漬にされて捨てられたんだろうね』そんな話を聞いた。誰でもよかったのだ。ただそこにいたのが冬雪の彼女だっただけ、運が悪かった。瞬間沸騰したように憎悪と、良くない者が産声を上げた気がした。冬雪は産まれた時から学ばされた立花の殺しの技があった。僥倖だ。犯人が捕まれば、手厚い刑務所で過ごす事になる。最悪手厚い死刑だ。そんなのは許せないよね? 冬雪、大丈夫。兄さんに任せてよ。
「冬雪、ここで映画を見る事になる」思考中にクロに話しかけられ見た光景は映画館。
「映画を見るんですか?」
思い出したくもない思い出を考えていた冬雪は気が動転していたが、クロの榊に渡されたメモには確かに冬雪と映画を見るようにと書かれていた。それも海外のラブストーリーだ。
「勉強の為」クロがそう言った。「勉強の為に映画をみるんですね。チケット取れるのかな? ちょっと見てきます」
「大丈夫。ボスにチケットをもらっている。ポップコーンと飲み物。あと食べ物も買っていい」
まだ食べるのかと思ったが、ふと食べ物の写真を指差しているクロ、彼女は宮水ASSに来る前、獣のような生活を送っていたと冬雪は聞いていた。経歴は一切不明、一般人も犯罪者もヤクザも警察も、もしかしたら海外では軍人も、数えきれない程の命を奪ってきた殺人鬼。冬雪も聞いた事くらいはあった。ヨーロッパで警官隊十数人を殺害した子供の話。一部にカルト的な人気を誇り、死を呼ぶ女妖精"バンシー”そう呼ばれ、日本でも特番を組まれていた事があった。成長の止まった元特殊部隊だの、本当に怪物だの言われていたが、その伝説は今目の前で「ホットドックとチュリトス」とフードを頼み、綺麗なクロを見て男子学生らしいアルバイトの少年は頬を緩めている。
「冬雪、いこう。8号室。そこで映画を見て勉強。その後、殺しの仕方をクロが冬雪に教える。それで今日の仕事は終わり」
冬雪は現実に戻される。まわりから見ればこれはデートだろう。だが、デートの最後は夜景を見に行くわけでもなく、殺しのレクチャー、淡々と劇場に向かうクロにスマホを見てよそ見していた男がぶつかった。フードにドリンクがこぼれ、男の服が汚れた。
「おい! お前なにしてんだよ! ふざけんなよ? 汚ねぇな! 汚れちまっただろ? どうしてくれるんだよ! 聞いてるのか? あぁ?」
クロの購入したホットドックが踏みつぶされる。
「落ちた物を食べてはいけない。前を見ていないでぶつかるこいつが悪い。これは正当防衛。冬雪、殺しの仕方。今教える。でもここは西宮市。殺す事はできない。だから殺すふり。人間の体は真ん中に弱点がある」絡んできた男が何かを言う前にクロは顎に一撃、そして髪の毛を掴むとそのまま地面に男を叩き落とす。がそこは地面に落ちたポップコーンの器。それでも十分に分かる。「これが地面なら簡単に殺せる。覚えておくといい」
冬雪はもしかしてこれを自分が受ける手筈だったのかと戦慄する。




