第8話『マスター、これが恋でしょうか…?』
「「「マスタァァアーーーーーー!!!」」」
突然響き渡る叫び声は、応接室の空気をビリビリと引き裂き充満する。
おれもレディアさんもキノヒコもジャンプスケアを喰らったように跳びあがって驚いた。
「やや!?どうしたんだ、そんな大声を出して」
バーーーーン!!
と勢いよく開け放たれる扉。そこに現れるのは、オオバさんの様にゴツゴツした肉体の三人の男と、彼らに支えられながらやっと立つ一人の女。
ぐったりと体重を男たちに任せる彼女は、ゆっくりとうつむいていた顔を上げ、レディアさんの顔を見る。
「…マスターぁ…リキューは、素材を…守りまし…た…」
彼女は虚ろにそう告げると、糸が切れたようにひざを折り、ドサドサっとうつぶせに応接室に倒れこむ。
露になる彼女の背中、クリーム色の可愛らしい生地には、赤黒い大きな血染みが広がっていた。右肩から左の脇腹まで深く切り裂かれている。
「リキュー!?」
レディアさんが驚愕の声を上げる。
おれは吸った息がのどに張り付くのを感じた。
「おい!リキュー!もう口を開くんじゃねぇ!マスター、コイツに回復薬を!」
「はやくしねぇとロストしちまう!オデ、このバカの努力を無駄にさせたくねぇよ!」
「そこのソファーに寝させる!そこの坊主たちも手伝ってくれ」
大男三人の怒鳴り声が響く。
レディアさんがすぐに駆け寄り、インベントリから取り出した回復ポーションを、『リキュー』と呼ばれたその女の背中にドバドバとかける。
数秒で出血が止まり、徐々に傷がふさがっていく。
おれとキノヒコは大男たちに加わり、ぐったりする彼女の身体を抱え上げ、今までおれとキノヒコが座っていたソファーに寝かせた。
運んでいるうちに血も完全に止まり、傷もふさがったが、彼女は疲れているのかまだぐったりして動かない。
『リキュー』っておれが買った装備のデザイナーの名前だよな。
さっきレディアさんが感謝させたい、って言って出した名前を思い出す。おれはソファーに寝かされたリキューさんの姿を見る。
苦悶が滲む顔はグッと力が入り、丸い眉はハの字にしわを寄せ、目は硬くつぶられている。
橙色の髪の毛は大きなおさげを作っているようだが、山林火災の熱のせいか、くしゃくしゃに乱れている。
着ている装備は神官の物だ。『PMW』の刻印が入ったクリーム色の生地に白と金色の糸で刺繍が施されている。
「君たちがアイズナ森林で壊滅なんて…想像を絶するな。何があったのか、教えてくれるかい?」
レディアさんはリキューさんの体力回復に問題がないことを確認すると、彼女を運んできた三人に尋ねる。その声は明るく冷静に聞こえたが、その瞳は深刻そうな色を宿す。
「それがよマスター、炎と煙の中、何も見えねぇでよ。何と戦っているのかもわからねぇまま殺されちまったんだ」
「オデもだ。視界の悪い煙と炎の中、はぐれねーように皆くっついて移動してたんだけどよぉ…前を歩いてたシシトーの足が止まったなぁと思った直後には、身体を切り裂かれてたんでなぁ。シシトーはなんか見たか?」
「俺が見たのは、煙と炎がスパンって斜めに切り裂かれた瞬間だけ。そんで気づいたら、こう…だ」
シシトーと呼ばれた男は、手刀で自分の首を刎ねるジェスチャーをする。
「やや…にわかに信じがたいな。奇襲とはいえ、君らを一網打尽にできる魔物がアイズナ森林に?」
レディアさんも驚愕の表情を浮かべていた。三人の男たちは不甲斐なさそうにうつむく。『君らを』と評された【Pink Metal Works】のメンバーたちは確かに装備も強そうだし、決して弱くはないだろう。
そんな彼らを現在のアイズナ森林で簡単に殺せる魔物…思い当たる節がある。
「一応の確認なんだけど~、その直前に気温が上がったり、唸り声が聞こえたりとかはあった?」
リキューの顔を覗き込んでいたキノヒコが顔を上げて彼らに尋ねる。
彼の質問の意図、おれの思い当たる節、それは同一であった。
『彼らを殺した魔物はホレブレーゼなのか』、この点はぜひ確認しておきたい。
「気温はずっと高かったから、【熱傷】のダメージは受けてたけどよぉ。特にそのダメージが増えたってことはなかったな」
「ずっとリキューのリジェネと釣り合ってたからよ、間違いねぇ」
「唸り声…聞いた覚えはねーな。森が燃える音がそれに聞こえなくもねーけどよ」
男たちはお互いに確認しあうが、全員キノヒコの尋ねたことには心当たりがないようだ。ということは、彼らを壊滅させた魔物はホレブレーゼじゃない可能性が高い…やつの姿は白くてでかいから目立つし、熱いし、声はうるさかった。
…まあそうだよね。リキューさんが負っていたのは激しい裂傷。シシトーさんたちも首を切られて殺されている。この状況証拠である程度、察しはついていたことだが…
もしかしたら奴は、そういうアサシンキルみたいなこともできるのかもしれないけど、可能性は低いと思う。
つまりは、決して弱くない目の前の男たちを殺したのは、ホレブレーゼではない。
その事実は、灼熱の森に潜む、新たな脅威の存在を浮き彫りにする。
「勘弁してくれ…」
「面白くなってきたね~」
相反するおれたちのつぶやきが重なる。怪訝な顔でキノヒコを見ると彼は鼻の穴を広げながら輝いた眼でおれを見ていた。なんで嬉しそうなんだよ。
そんなおれたちの様子を見ていたレディアさんは口を開く。
「先ほども、『ギルドクエストをクリアする』と高言していたが、君たちはこの異常事態についてなにかを知っているのかい?」
「なに!?ぜひ聞かせてくれ!」
レディアさんがおれたちに尋ねる。シシトーさんたちも、驚いたように食いついてくきた。
別に隠すようなことでもないし、そもそもここへ来た理由、つまり装備をロストした話にもつながってくる。おれとキノヒコはアイズナ森林で邂逅したホレブレーゼについて説明した。
「ややや!初耳だ、人語を扱う未知の魔物か!」
レディアさんはおれたちの話を聞くと、興奮を露わにしてその素材で作る装備に思いをはせるように目を輝かせた。シシトーさんら大男たちも、驚嘆しながらも興味深げだった。
改めて自分の口から、その姿や一見にして分からせられた脅威度について説明すると、本当に倒せるのかよ…と未来が恐怖で陰りを見せる。
キノヒコもホレブレーゼの脅威については正しく認識しているようで、情報を共有する彼の態度は真剣だった。
もちろん今更、さっきの決意表明を撤回します、なんてありえない。おれたちはホレブレーゼに挑む。その覚悟は揺らがない。
だから、恐怖の質が違う、とでも言おうか。言い訳みたいだけど。
でも、勇敢と蛮勇は違う。どれだけ息巻いても、自分の身の丈と、越える壁の高さは変わらないのだ。
それならおれは、これ以上壁を増やさないように、足元には注意していたい。
決意掲げ相克する現実なのだからこそ、それを正しく認識し、正しく畏れる必要がある。
「…だが、坊主達に、倒せるのか?」
シシトーさんは真っ直ぐな瞳で、恐縮な態度を含ませながらそう尋ねた。彼は、大人な雰囲気で、おれたちの自尊心に傷がつかないよう配慮をしてくれているが、要するに『お前たちなんかに、倒せるのか?』ということを聞いている。
正直ぎくりとしてしまう。今のおれは、戦うという覚悟は決まっても、キノヒコのように『勝てる』という自信まではない。
「ボクらが勝つよ」
しかし、キノヒコは淀みなく即答し、その銀の瞳は真っ直ぐにおれを捉えた。
『大丈夫、心配ない』、そう言っているように見えた。
おまえおれのメンタルマネージャー過ぎない?というか、おれってそんなにわかりやすいのか。心の機微を事細かに掬い取られるの、恥ずかしい。
「でも、協力してくれる人が居たらいいな~とは、思ってるよ。ね、おじさんたち強そうじゃん、一緒に戦わない?」
キノヒコは堂々と、【Pink Metal Works】の面々を招待する。シシトーさんたちは、全く予想だにしない提案だったようで、驚いた顔をお互いに見合わせる。
「はっはっは!嬉しいこと言ってくれる。威勢のいい坊主は好きだ。しかし誘ってくれたところ悪いが、他をあたってくれ。俺達はもうこれ以上Gを失うわけにはいかないんでな。あと、あんなところ、もう行きたいとは思えねー…」
「そっか~、残念だね」
あ、振られた。でもしょうがない。お化け屋敷に何度も何度も入るようなものだ。しかも、ただ驚かされるだけではない、下手をすれば殺され、お金まで奪われるのだ。普通の感覚なら、行く気になれない。
とくに、デスペナルティの『所持通貨Gの25%のロスト』というのは、生産職をしている冒険者にとって、ハイリスクすぎる。
「ややや!そうなのか。シシトーたちがハルキくんたちと共に戦うというのなら、堂々と『ホレブレーゼ』とやらの素材を頂けると思ったのだがね。これは、ハルキくんたちから買い取るしかなさそうだ」
キノヒコとシシトーさんの会話を聞いていたレディアさんが口を開いた。
さり気なくプレッシャーかけられたな…
おれは若干顔が引き攣る。
そんなおれの反応をみてレディアさんは調子よく続けた。
「ややや!プレッシャーをかけてしまったみたいだね。だが安心し給え。億が一、ハルキくんがギルドクエストをクリアできなかったり、何かしらの事情で債務不履行状態になれば、プロバイダーに開示請求を行い、日本円支払いにも対応するとしよう」
「急なRMTの教唆やめて!」
「冗談さ」、と笑うレディアさんと【Pink Metal Works】のみなさん。
だけどレディアさん、目がマジだよ…怖いよ…
おれもキノヒコも、ホレブレーゼについて語るうちに少しばかり、シリアスさを纏わせていた。レディアさんはきっと、そんな空気を壊してくれたのだろう。
シリアスな雰囲気自体は、覚悟の現れであり、悪いものではない。ただ、このファンシーな応接室には少し相応しくないものだった。
そもそも、装備を買った幸せな客、と生産者の初対面となる筈だったんだ、その時間は和やかな雰囲気が好ましい。
レディアさんの計らいもあり、応接室には少しの団欒が訪れた。
世間話を【Pink Metal Works】の皆さんとしていたんだけれど、そういえば、リキューさんの様子が気になる。
もう起きれるかな?生還したリキューさんならきっと奇襲してきた魔物のことも分るだろうし、装備のことも話したい。
おれとキノヒコはソファーに寝ているリキューさんの顔を覗き込んだ。
「リキューさん、大丈夫~?」
キノヒコがリキューさんの橙色の頭をツンツンしながら声をかける。
初対面の人によくそんなことできるな…
「うぅ…」
リキューさんは頭の刺激に小さくうなると、橙色の瞳を開き、むくりとソファーで起き上がった。
よかった。
レディアさん達もほっとしたような表情を見せる。
「リキュー、苦労をかけたね。だが、そんなに辛い思いを選ばないでくれ給え。デスして帰ってくることもできるんだ。素材はまた拾えばいいし、装備はまた作ればいいのだから」
レディアさんが優しく諭す。リキューさんは「はい、マスター…」と返事をし、少しうつむくが…
「無論、君の気持ちは嬉しいよ。ありがとう、リキュー」
すぐに追いかけて届いたその言葉にリキューさんは「へへへ」と嬉しそうに笑った。
「どんな魔物と戦ったの?」
そして間髪いれずに尋ねるのはキノヒコ。
もうちょいタイミングとかあるでしょ!と思ったが、おれも早く聞きたい。
リキューさんは自分を取り囲んでいた二つの知らない顔に驚き、「あえ」と少しあたふたしたが、「おれはハルキで、こっちがキノヒコです」とおれが挨拶すると、「あ、リキューはリキューです」と返してくれた。
「どんな魔物ちゃんだったか…リキューは覚えてる。ちゃんとこの目で見たゆえ…でも…」
彼女はうつむいて少し沈黙を挟む。
「ややや、思い出したくなければ、言わなくていいよ。そうであろう、キノヒコくん?」
「う、うん!」
レディアさんは言葉に詰まるリキューの肩に手を置き、心配そうな表情を向ける。キノヒコも「無理しないで!」と強調した。リキューさんはうつむいたままポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「ううん、だいじょぶなのです。あの魔物ちゃんにそんなイメージがなかったゆえ、信じられないだけなので…でもなんでしょう。なんだか、あの魔物ちゃんを思い出すと…」
「思い出すと?」
おれは沈黙を溜めるリキューさんがもどかしくて、せかすように口走ってしまう。しかし、おれはすぐにそれを反省して後悔した。その沈黙は彼女にとって重要な通過儀礼だったから。
リキューさんは勢いよく顔を上げ、レディアさんを見た。
パッと光を受ける表情は紅潮していた。
憧憬を追う乙女の相貌。
橙の瞳に反射し点滅するフレアは、まるで彼女の世界に咲き乱れる華みたいだった。
「ドキドキするんです…マスター、これが恋でしょうか…?」
「やや!?!?」
「うっそ~!?」
「「「はぁぁあ!?」」」
応接室を衝撃が支配し、おれは声を出せず絶句する。
が、全く気にする様子のない、というかもはやその反応すら届いていなさそうなリキューさんは、なんだか可愛らしくモジモジ照れながら発言を続ける。
「その姿、思い出すだけで…はぁ…///」
リキューさんは両手の指先を合わせて口元を覆う。そして息が絡む指の間から壁を見つめた。まるでそこに彼とのつながりを探すように。
「リ、リキュー、君の心酔するものを批判はしない。一体どんな魔物なんだい?」
女丈夫は動揺しながら、慎重に言葉を選ぶ。相手は恋する乙女だ、野暮な言動は許されない。
「クランキーなお耳とお鼻に、ダウナーなボディーライン…」
くらんきー?だうなー?ダメだ、リキューさんはきっと魔物ちゃんの特徴を言ってるのだろうが、感性がわからない。意味が伝達してこない。
「エキセントリックなグリーンのお肌…」
「やややや!?!?」
「おいおい、嘘だろ!?」
「そんなはずねぇだろ、リキュー!」
「俺達がそんな魔物相手に負けるはずがねぇ!」
【Pink Metal Works】の皆さんがさらに驚愕する。
この珍述でなんでわかるんだよ。
おれは若干白い目でレディアさんたちを見たが、リキューさんが持ち帰った真実はベールを脱ぐ。
「彼は、特別なのです!その非対称は、欠落美の象徴。きっと…それは運命の産物」
そして、最後にリキューさんは、とてもわかりやすく、溜めに溜めた魔物ちゃんの正体を教えてくれた。
「―――彼は、片腕を失ったゴブリンだったのです!」
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