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第1話『カンカンカン~!』


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 自己紹介、なんて傲慢なことあんまりしたくないんだ。

人格とは白いキャンパスに垂らす煩雑なインクが、混じって、乾いて、輪郭をつくるように、人生の歩みが何重にも滲んで刻まれていくものだと思う。


 つまり、大抵、他人様に見せるような美しいものなんかじゃないんだ。

そんなモノを、喜んで、描きかけで、まして主観から文章で、それを他人様に紹介するのはなんだか無責任で無礼な行いじゃないか。


 それでも見せるしかないって言うんなら、すごくすごく長い時間と文字をかけて、書き連ねるしかないと思うんだ。それで人生最後の瞬間までに、やっつけにでも紹介できるだけの輪郭を作ろう。


 それまでは、客観的事実と変わりそうもない位相的性質だけ、知っておいてよ。


 とりあえず一つは、どこの教室や職場にもいる、パッとしない一般的な20歳の青年だってこと。

あとは、世を魅了するマドンナは美人と思ってもきっとタイプじゃないってこと。それと友人関係が狭いってこと。


あとは―――


『もう一度、新たな世界へ、【Phantom Rift Online2】!』

『仮想現実の限界を超えた冒険を』


『さあ、幻想の大地ヨルズローグへ!』

『【Phantom Rift Online2】 もう一つの運命を』


―――ひとつのゲームに運命を変えられてしまうこと。



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 現実の感覚が薄れ、脳に直接伝わるグラフィック情報が視界を満たす。

眼前に広がるのは異世界情緒あふれる中世ヨーロッパのような街並みだ。

石畳の道が縦横に走り、アイボリーな白壁とダークな木材の梁でつくられた、可愛らしい家が立ち並ぶ。


 頭上の澄み切った青空には筆で描いたような雲が走り、太陽の光が柔らかなエネルギーを肌に伝える。たくさんの冒険者プレイヤーとNPCが往来する石畳の道では、人の歩みと家屋の影がコントラストを作り、商人たちが呼び込む露店の商品をキラキラと鮮やかに演出していた。

遠くに見える教会からの鐘楼の音が雑踏と混じり、鳥のさえずりが謳うように街にめぐる。


 ただのデータの集合体なんてものではない。脳に響き渡る情報は、現実の世界と何度も往復してなお、曇りなくこの世界の存在を確信させてくる。

おれは現実の重みから解放されるように深呼吸をした。


 ここは【Phantom Rift Online 2】の世界【ヨルズローグ】。


 大陸南方の都市【ラニエット】は今日も活気にあふれ、ログイン地点である噴水広場では、おれと同じようにログインしたばかりの冒険者や、のんびり座って談笑するほかの冒険者で賑わっている。


 おれはその場で軽く屈伸や伸脚と準備運動をし、今日の冒険に備えた。


とりあえず、ログインしたら…


 おれは広場をぐるりと見渡し、真後ろを向いた。優雅にあふれる噴水の向こう側に、ひときわ目立つ、巨大な建物がある。

 【冒険者ギルド】だ。

 尖塔やアーチが特徴的な外観は現実世界のゴシック様式を取り入れており、壁面には繊細な植物の意匠が施されている。壁や柱にはラニエットの民家と同じのアイボリー色の石材を使用しつつも、正面のファサードや建物上部の尖塔の部分には、ゴールデンオークのような淡い輝きを放つ木材が使用されており、一見にしてその神聖な雰囲気を感じ取ることができる。

 一般的なファンタジーの知識からすると、『冒険者』と名前の付く組織の施設にしては上品な佇まいをしている。【Phantom Rift Online 2】での冒険者ギルドは、エルフによって設立されており、この建物のスタイルはエルフの文化由来のものらしい。無責任な語尾だけど、きっと正しい、はず。


 冒険者ギルドの入口は、人が十人以上並んで通れるほどの大きさで、往来が容易に行えるように常に開け放たれている。門までのアプローチは美しい白石造りの階段が続き、腰を掛けて談笑する冒険者の姿が多くあった。


 うへ…結構混んでるな…


 人込みの不快さは、幻想世界でも変わらない。

 冒険者ギルドの入り口は大きく開け放たれてはいるが、今は現実世界では夕方、ピークタイムであり、さすがに人が多く、入口まで来たおれの足取りはゆっくりになる。


 往来する人とぶつからないようにすこし肩を狭めて建物の中に入ろうとした時、うしろから聞きなれたのんきな声が聞こえた。


「ハルキ~!おつかれ!!」


 振り返ると金髪の髪の毛をした小柄な少年が立っていた。

少し重めな前髪から銀色の瞳がこっちを覗いている。

足首ほどまで伸びた身長に少し不釣り合いな長さの剣と、亀のように背負ったこれまた大きな円形のシールドが太陽を元気に反射していた。

 片手を上げてニコニコと声をかけてきた少年、キノヒコだ。


「お、キノヒコ。今日も早いね」


「ボクもさっきインしたとこだよ。ね、それより早く今日の【環境情報の更新】してみてよ!()()()()()()()()になってるから!」


 とんでもないこと…?


 キノヒコはフンスと鼻息を荒げながら訴えてきた。

「とにかくすごいから!やばいから!」とらしくなく要領を得ず、興奮した様子の相棒にとまどったが、そんな彼に押し込まれる形でおれは冒険者ギルドの中に入った。


 冒険者ギルドの館内は、外観と同じ建材で装飾され、神聖な雰囲気を漂わせている。

『冒険者ギルド』と聞くと、すこし擦れた床材にガタついたテーブルがなどが並び、ごろつきたちの酒場になっていてるような情景が思い浮かぶが、このゲームの場合は違う。潔癖というイメージのエルフが創設した組織なだけあり、タイル張りの床や設置してあるテーブルからは歴史は感じれど、衰えや薄汚さはまったくの無縁である。


 冒険者ギルドに足を踏み入ると、まず目に一番に飛び込んでくるのは、世界の意思たる巨樹、【ユグドラシル】の一端。

 人間の太さほどある木の根が、半径5mほどの円形に切り抜かれた床より絡み合いながら出で、天井のアーチを浸食している。

枝葉は 彩光ガラスから入る光を反射し、柔らかな日差しを館内に注いでいる。

 根は床から3mほどのところで、蒼翠としたクリスタルを縛り上げるように飲み込んでおり、悠久の月日を滲ませている。

 館内にいる冒険者の多くはこのオブジェを囲っており、彼らはクリスタルに向け手を伸ばす。

クリスタルは彼らの仕草に呼応するように静かに輝くと、光の粒をその手のひらに受け渡す。

 彼らが行っているこの行為が、ヨルズローグに降り立った冒険者のルーティーン、環境情報の更新だ。




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【ヨルズローグ】

≪詳細≫

 この『世界』を示す言葉。それが大陸なり大地なりなの実存たるものなのか、『世界』すべてを包括する概念なのか、理解している者はいない。

 一般的には、その中央にユグドラシルを宿らせる巨大な大陸のことを示す。



【ユグドラシル】

≪伝承≫

 その根は大地を掴む。その枝葉は天の高きを望む。その幹は運命を宿す。


≪詳細≫

 ヨルズローグの中心に根ざす世界樹。

 ヨルズローグの自然・歴史・文化全てをつかさどる『世界の意志』。

 天高く伸びた枝葉で生み出されるエーテルは、地中をめぐる根によって、ヨルズローグ中に循環する。

根の一部は地表に顕出し、エーテルを地上に放射するため、周囲は豊かな自然環境となり、人類と魔物はしばしこれを奪い合い衝突する。



【ラニエット】

≪詳細≫

 ヨルズローグの南方に栄える産業都市にして、人類が支配する四つのユグドラシルの根の防衛拠点の一つ。また、冒険者の始まりの街の一つ。

 北部に広がるオルデン山脈と南部に広がるラニエット南海に挟まれた地中海性気候。

 西部にはユグドラシルの根のエーテル放射により活性化するアイズナ森林、東部には広陵な肥沃な大平原を保有する。



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 と、いうのがゲーム世界観内の設定で、おれたち冒険者間での認識としては、魔物を含めたNPCや、天候や地形情報などのゲーム環境を管理するシステム、といった感じだ。

 魔物のスポーン状況や、各地の天候、採取アイテムの種類など、各地マップの環境情報は常にこの端末に集約される。そのため冒険者はヨルズローグに来たら、まずはこの根から情報を受け取って、その日の冒険の方向性を定めるのだ。


 おれはユグドラシルの根が抱くクリスタルに手を伸ばす。

蒼い鏡面に手のひらが映り、クリスタルはゆっくりとした瞬きのように輝く。手のひらとクリスタルの間の空気が神秘的な波に揺らぎ、こぼれる光の粒が手のひらを伝って身体全体に染みわたった。

 後頭部の奥からポーンと響くSEが聞こえ、環境情報の更新が完了したことを知る。


 いつも思うけどこのSEなんかダサいんだよな…


 おれはユグドラシルの根の前から一歩離れ、ほかのプレイヤーに場所を譲った。


「さて…なにが『とんでもない』んだ?」


 おれは「どれどれ」と、その場で内容をゆっくり確認するべくインターフェイスを表示しようとするが…


「あぁ~!やっぱり待って待って!実際に見たほうが早いから!」


 なぜか焦った様子のキノヒコがインターフェイスを表示しようするおれの手を妨害し、冒険者ギルドの外へ腕を引っ張る。


「なんなんだよ、キノヒコ。おまえそのハードル、自分を苦しめてないか?楽になれよ」


「あはは~、大丈夫大丈夫…ハードルって言うんなら下をくぐる作戦だからね!高いほうが都合いいんだ~!」


 何かを隠すように笑うキノヒコ。なんか怪しいな…忙しない友人におれは「あーもう、わかったよ」と辟易しながら観念する。


「やった~そうこなくちゃ!」


 おれはキノヒコに半ば引きずられる形で、そのままギルドを後にした。


 キノヒコは噴水広場から西へ進んでいく。ラニエットは簡単に言うと四方位を山、森、平原、海に囲まれている。西部に向かうということは、キノヒコが向かう先は昨日の夜と同じだろう。ゴブリンと戦っていた西に広がる大森林、【アイズナ森林】だ。




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【アイズナ森林】

《詳細》

 ヨルズローグ大陸南部に広がる大森林。

 大陸の沿岸部と内陸部を隔てるオルデン山脈から、海岸線まで広範囲にわたり、深い渓谷となだらかな丘陵地帯が広がる。山脈により、海洋からの恵みを降雨として受け取るアイズナ森林は、肥沃な大地と豊かなエーテルを蓄え、多くの生命を育む。

 しかし、く雄大壮麗の自然美は相反を魅了する。


 この地は古より人と魔物が生存権を争奪する人魔の境界。

―――不易の恵みと万代の血が沈む森。



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 おれはこのアイズナ森林をかなり気に入っている。というかおれだけでなく、ラニエットを拠点にしているプレイヤーはみんなこの森にお世話になっているだろう。


 全てを包み込み、分け与える母神たる大森林。一歩踏み入るだけで現実の生活では縁遠くなってしまった大自然を五感すべてで感じることができる。山脈が作り出す高低差は、植生や景色に多様性を産み、探索していても飽きがこない。

 映像美はフルダイブ式VRMMOの醍醐味だ。脳に直接伝わるグラフィックはモニターに出力される映像とは次元を画し、荘厳な自然をありのままのスケールで楽しむことができる。木々の隙間から望む山脈の岩肌、落ちたら…と考えると足が竦む渓谷、キラキラとその恵みを反射する水流、その一つ一つが鑑賞の目的になる程のコンテンツ力を有している。

 ゲームのメインコンテンツである魔物との戦闘においても、山脈に近い奥地へ向かうほど手ごわくなり、ラニエットに近い地域ではスライムやゴブリンなどのお手頃な魔物が多く、自分に合った狩場を選べるのが良い。

 初期町としてラニエットを選び、このゲームを始めたプレイヤーはこのアイズナ森林に踏み入ることにより、この世界に圧倒され、虜になり、住民となるのだ。


 ビバ、アイズナ森林。



 そんな感じのみんな大好き荘厳雄大な…大森…林…だった…よな?


 おれは目を疑う。


 このゲームはずるい。

どんな意地悪な幻想も、限りなく現実と同じインパクトを持って、事実をおれに突きつけることができるのだ。


 ラニエットの西部市街へ歩き出して少ししてから、不思議な違和感があった。

昼寝をして起きたときみたいな時差ぼけのような嫌な感覚。


 まだログインしたばかりでぼやぼやしてるのかな…?


 おれはそんな身体の訴えを適当に無視して、前を行くキノヒコに付いていった。

だけど、歩いてるうちに違和感がだんだんと強くなり、無視できなくてキノヒコに時間を尋ねたんだ。


「…なぁ、今って何時だっけ?」


「リアルは20時くらい?ヨルズローグはまだ、正午すぎくらいだよね~」


 キノヒコはおれの意図を察したように、こっちを見てにやりと笑いながら、濁すわけではないが本質をあえて避けた答えをよこす。


 いや、確かに、おれが言った質問に対しては、100%誠実な応答なんだけど、おれはそういう答えが聞きたかったんじゃなくて…


「―――じゃあなんでこんな空が赤いの?」


 堅牢なラニエットの西方城門を抜け、アイズナ森林を眺む。

 門を抜けた瞬間、空気の質が変わるのが分かった。

空気は光や音や温度や匂いなど、色々な情報を媒介する。

その全ての数値が何段階も一気に高まって、世界がぎゅっと濃縮されたようだった。

 たくさんの情報が洪水のようにおれの脳に流れ込み、東京とか大学とかご飯とかそういう現実を全部ヨルズローグが押し流していくみたいだ。


 愕然として、立ちすくむおれを見て、キノヒコはちょっとうれしそうにしている。


 つまり、なにが起きてたかっていうと、

目の前で激しくその主張の限りを尽くすその大自然は、おれが持っていた愛着や、感謝になんて糸目もくれない。


―――アイズナ森林を何のためらいもなく()()()()()()()


 すすけた熱が炎を巻き上げ頬をなでる。天を突き、大地を侵すように栄華を誇った緑は、ゴーという叫び声をあげながら、その命を灰燼へと昇華していた。


「な~んとアイズナ森林!【環境:山林火災】です!カンカンカン~!」


 相棒、キノヒコは熱の反射と押し寄せる空気に体を揺らしながら、少し駆けた先でおれを振り向くと笑顔で告げた。


「―――先に教えたら、ハルキ絶対嫌がったでしょ?」


「キノヒコくん、そういうことしてると遊んでくれる友達いなくなっちゃうからね!」


 ドッキリ大成功!と言わんばかりにおれの反応を見て喜ぶ鬼の子は、おれの手を掴むと、強引に地獄と化したアイズナ森林に引きずり込むのだった。


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