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仇討ち騒動記  作者: dydy
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第六章

第六章


「……清川殿。貴殿はそこまで、拙者を想い慕っておられるのか。分かり申した。それがしも侍。真剣には真剣をもって、お応えいたす」

 そう言って、刀十郎は艶やかに微笑んだ。

 なんと。長兵衛は目を見張った。刀十郎がついに長兵衛の想いに振り向いてくれるというのか。夢のようだ。

「長兵衛殿。何を隠そう、拙者も貴殿を……」

 刀十郎が切れ長の目を潤ませて、長兵衛にしなだれかかる。

「ああ、刀十郎殿!」

 ……そこで、長兵衛は自分の声で目が覚めた。

 ちっ……やはり夢か……。長兵衛は舌打ちした。

 ハテ。長兵衛は目を瞬いた。ここはどこだ?

 真っ暗、墨のような闇である。

 長兵衛は記憶の糸を手繰った。愛しい刀十郎の元へ夜這いに行って、想いを遂げようという時、脳天に一撃を食らったのである。あとは覚えていない。

 刀十郎の抵抗にあい、殴られて昏倒したということであろう。

「ううむ」

 長兵衛は頭を押さえた。身動きすると、体のあちこちが壁に触れた。

「なんじゃ、これは」

 長兵衛は、ひどく狭苦しい所に寝かされているようだった。体の節々が痛む。夜具もないようだ。

 どうなっとるんじゃい。

 起きあがろうとして、長兵衛は額を天井にぶつけた。

「うおっ」

 痛む頭を打ち付け、長兵衛は呻いた。

 どうも、自分は箱のような物のなかにいるらしい。

「なんじゃ、これは。怪我人をこんな所に押し込めおって……。まるで、長持か棺桶のようではないか」

 自分の言葉に、長兵衛はハッとなった。

 棺桶?

 長兵衛は自分の着物を探ってみた。左前になっている。これは死に装束の……。

「なんと!」

 長兵衛は仰天して叫んだ。

「俺は生きたまま、棺桶に入れられてしまったのか!」

 刀十郎の必死の一撃を受け、昏倒した長兵衛であったが、彼は一時息が止まったものの、死んではいなかった。仮死状態にあっただけであった。

 だが、刀十郎はてっきり長兵衛を殺したと思って遁走し、清川一族も、男色夜這いで返り討ちなどあまりにもこっ恥ずかしいので、葬式も適当に、さっさと長兵衛を埋めてしまったのであった。

 悲しんでくれる人がいない、少し哀れな長兵衛である。

「おーい! 誰か、助けてくれえ!」

 長兵衛は叫んだ。返ってくるのは、闇と静寂ばかり。

「誰か! 誰か! 誰か! 拙者はまだ生きておるのだ! 助けてくれ! 掘り起こしてくれ!」

 長兵衛の必死の叫びは、空しく棺桶に響くばかり。

「なんとかせねば。せっかく生き返ったのに、このままでは今度こそ完全に死んでしまう」

 長兵衛は戦慄した。早すぎた埋葬、棺桶で悶死……それだけは辛抱たまらぬ。

「助けてくれえええええ!!!」

 長兵衛は、棺桶の中で叫び、暴れた。しかし、彼の訴えが地上に届くことはなかった。長兵衛は泣き叫んだ後、力尽き、ぐたりと横たわった。

「ああ、俺はここで死んでいくしかないのか……?」

 長兵衛は、自我を押し通す彼には珍しく、弱気になった。このような状態では、誰だって弱気になるであろう。

 こんなことなら、生き返ったりせずに、ずっと死んだままでおればよいものを……。こんな状況で息を吹き返しても、無駄に苦しいだけではないか。長兵衛は運命を恨んだ。

 清川長兵衛、もはやこれまで。

 長兵衛は寝転がり、心中で念仏を唱えて目を閉じた。

 せめて、刀十郎殿との夢の続きが見られるといいな……。

 男色だが、健気といえば健気な長兵衛であった。

 そんな彼の最後の願いを、神が聞き入れたのであろうか。

「長兵衛殿……」

 刀十郎が現れ、媚びを含んだ色っぽい目で長兵衛を見る。

「おお、刀十郎殿!」

 やったあ! 夢の続きだあ! 長兵衛は夢の中で踊った。

「刀十郎殿! 刀十郎殿! 刀十郎殿!」

 長兵衛は愛しい人の名を叫びながら、夢の中で刀十郎に抱きついた。夢なので、刀十郎も抱き返してくれる。

「おお、刀十郎殿。拙者を、受け入れてくださるのだな。生きている間は、決して届くことのなかった貴殿が、夢の中なら、振り向いてくださるのだな!」

「長兵衛殿。これを夢だと思うのはやめましょう。夢だの現実だの、生だの死だの、どうでも良いではないですか。今ここに、私とあなただけがいる。それで良いではないですか」

 そう言って、刀十郎は長兵衛の首に腕を回し、優しく口づけした。現実の刀十郎なら、ありえないことである。

「あー……」

 長兵衛は舞い上がった。

 もう、いい。

 夢でも何でも、いい。

 刀十郎と結ばれるのなら、もう、何だっていい……。

「うべっ」

 長兵衛はまた目が醒めた。

 いきなり、顔面に水滴が滴ったのである。

「なんじゃ!」

 顔にかかった水は、泥水のようだった。それが口に入り、長兵衛は吐き出した。

 棺桶全体が、湿ってジメジメして、気分が悪かった。

 雨が……地上では、土砂降りの雨が降っていたのである。

「安普請の棺桶を使いおって! 雨水が漏ってくるではないか!」

 長兵衛は怒鳴った。

 せっかく、夢の続きが見られたのに、またいい所で起こされてしまった。しかも、泥水だと? 長兵衛は、刀十郎への想いが汚されたように感じた。

「許せぬ!」

 長兵衛は吠えると、棺桶の中で怒り狂った。闇の中、鬼神のように暴れまくる。渾身の力をこめ、滅茶苦茶に棺桶の天井を叩いた。

「うおおおおお!」

 もはや、半狂乱である。死の恐怖に加わって、夢でしかかなわぬ刀十郎との愛すら引き裂かれたことが、長兵衛を煮えたぎらせた。

「うらあああ!」

 長兵衛は力一杯、棺桶の天井を蹴りつけた。

 すると。

 破壊音が響くと同時に、長兵衛に大量の泥が襲いかかってきた。

 泥水の次は、泥か!

「ぅおのぉれええええ! この畜生がああああ!」

 長兵衛は怒りに燃えさかり、身を起こした。

 天井に、額を打つことはなかった。

 代わりに、大粒の雨が、長兵衛を打つ。雨で、顔の泥が流れていく。

「うむ?」

 真っ暗だった視界に光が入り、長兵衛は目を瞬いた。

 見回す。

 墓場であった。

 雨が降っていた。

 棺桶が、壊れていた。

 長兵衛は、生き埋めを免れたのである。

 長兵衛の怒りの馬鹿力と、清川一族が早く済ませようと棺桶を浅く埋めたための奇跡であった。

「……」

 長兵衛は呆然としていた。

「……助かったのか?」

 呟く。

 長兵衛は立ち上がった。よろめきながら、棺桶から出る。

 棺桶から、出られた。娑婆に戻れた。助かった……。

「おお」

 怒りは消え、死から脱出できた安堵が、ひたひたと長兵衛を満たしていく。生き埋めにされたのが、出られたのだ。

 雨が、長兵衛の全身を叩く。ずぶぬれになる。どのくらい、立ちつくしていたであろうか。

「おお! 助かったぞお!」

 長兵衛は、叫んだ。一度死を覚悟しただけに、生を得た喜びはたとえようもなかった。

「む! 痛いではないか!」

 長兵衛は、棺桶に打ち付けた体中が痛むのに気づいた。だが、棺桶から出られたのだから、そんな痛みは何でもなかった。

「ぎゃああああ……」

 物音を聞きつけ、駆けつけた寺の坊主が、死人が生き返っているのを見て、悲鳴をあげた。


 さて、見事復活した清川長兵衛。娑婆に戻れたものの、全身打ち身だらけで、空腹と恐怖のせいで衰弱もしていた。

 長兵衛は、体が治るまで、しばし寺に厄介になることにした。寺の坊主は、墓から蘇った長兵衛に、おっかなびっくりである。「世話になるぞ!」という長兵衛の言に、坊主はもう怯えて、首を縦に振った。

「風呂を沸かせ、着替えをもて、飯を用意しろ!」

 武士であり、生来押しの強い長兵衛は、当然のように坊主に命令した。坊主は、長兵衛の唯我独尊な雰囲気に飲まれ、言われるがまま、従った。

 風呂に入り汚れを落とし、死に装束ではない普通の服に着替え、坊主に暖かい茶と飯を持って来させると、ようやく長兵衛は人心地がついた。

「あー、やれやれ。酷い目にあった……」

 長兵衛はため息をつき、飯を食い終わった。

「満腹になったら、眠くなったわ。坊主、夜具をもて!」

「は、はい……」

 坊主は、なんて偉そうなんだよと思いながらも、長兵衛に従ってしまうのだった。


 翌日。長兵衛はすっかり回復した。

「坊主よ。世話になったな」

 去り際、長兵衛は疲れ果てた坊主に言った。坊主は喜んだ。長兵衛に礼を言われたからではなく、長兵衛が出ていってくれるからである。

 長兵衛の人使いは荒かった。ふんぞり返って上段から命令する。しかしなぜか、それが長兵衛に似合っているのだ。気の弱い坊主は、長兵衛に出て行けと言えなかった。

 ともあれ、やっとこの唯我独尊な武士が出ていってくれる。坊主がほっとしていると、長兵衛は言った。

「さらばだ、坊主。だが、また世話になるかもしれんぞ」

「えっ」

 坊主は飛び上がった。

「また戻って来られるのですか?」

 やめてくれよと坊主は思った。長兵衛は眉をつり上げて言った。

「俺を生き埋めにしおった連中を、懲らしめてくれるのだ。もし死人が出たら、その時は念仏でも頼むぞ」

 長兵衛は、ふつふつ怒りを燃やしながら、寺を後にした。

 長兵衛が屋敷に戻ると、一族の驚きようはただ事ではなかった。逃げ出す者、泡を吹いてひっくり返る者、一心不乱に念仏を唱える者……。死んだはずの長兵衛が現れたのだから、無理もない。

「たわけ者ども!」

 長兵衛は一喝した。

「幽霊ではない! 今は真っ昼間、この通り二本の足もあるわ。よくも生き埋めにしてくれたのう。仕置きをしてくれる。そこになおれ!」

「い、生き返ったのか、長兵衛」

「おおよ、墓場から蘇ったわ。というより、元から死んでなどおらなんだんじゃい。それなのに棺桶にぶちこんで早々に埋めおって。生きとるか死んどるかくらい、分からんのか。たわけ」

 一族の者は、顔を見合わせた。長兵衛に対して、非難したいこともあるが、誰も言えない。

「ま、まあ、生きていて何より」怯えながら、長兵衛をなだめようとする。

「なにが何よりじゃ。ぶちのめさねば、気が済まぬ。おのれら、そこになおれ」

 長兵衛がすらあっと刀を抜いたので、者どもは飛び上がった。

「すまなんだ、長兵衛。謝る。落ち着け、落ち着け」

「生き埋めにされて、落ち着いていられるか! 同じように、埋めてくれるわ!」

「ひええ!」

 長兵衛は刀を振り回し、一族は逃げまどった。

「待てぇぇええ!」

 叫ぶ長兵衛、もちろん、誰も待たない。襖やら箪笥やらだけが、バッタバッタと斬られていく。

 ……三日後、長兵衛が屋敷中の部屋を斬りたくり、彼の体力が尽きてようやく、清川邸は静けさを取り戻した。屋敷は、戦争の後のような凄まじい有様となった。

「悪かった、長兵衛。この通り。平に、平に。許してくれい」

 暴れる力が無くなったところで、一族の者は長兵衛に平身低頭した。長兵衛は忌々しく歯がみした。

「分かった。もうよいわ」

 長兵衛がふてくされて許すと、一族は胸を撫で下ろした。

「何はともあれ、生きていて良かった」

「今宵は、馳走にいたそう。お祝いじゃ」

 長兵衛復活を喜ぶ空気がわく。それを見て、長兵衛の不機嫌も少し直った。

 あばらやのようになった部屋に、ご馳走が並べられていく。酒も用意された。質実剛健を旨とする武家において、珍しい贅沢な宴である。

 清川一族は、長兵衛の復活を祝い、馳走に舌鼓を打ち、酒にほろ酔い、良い加減になった。この日、清川一族は誰もが幸せであった。

「ハテ、何やら忘れているような気がするのう……」

 心地よく酔いながら、清川千太郎はちょっと首を傾げた。


 宴の翌日は二日酔いで誰も動けず、その次の日になって、清川家は活動を始めた。

 復帰した長兵衛、落ち着いてみると、胸に浮かぶのは、やはり目加田刀十郎のことであった。

 もう、参勤交代の諸国大名は江戸から引き上げてしまっている。刀十郎が属する××藩の一行も、江戸を引き払ってしまっていた。

「ああああ……刀十郎殿……」

 刀十郎のために死ぬような目に遭ったというのに、長兵衛は恨むどころか相変わらず、刀十郎を恋い慕っているのであった。

 長兵衛の部屋を通りかかった千太郎、長兵衛の呟きに足を止めた。

「ああっ! そうだ、思い出した! 目加田刀十郎!」

 千太郎が刀十郎の名を叫んだのを聞いて、長兵衛は部屋を飛び出した。千太郎に掴みかかる。

「なんじゃ、どうした! 刀十郎殿が、どうされたというのじゃ!」

「ぐえー……く、苦しい……」

「苦しがっとらんで、言え! 刀十郎殿がどうした?」

 長兵衛は千太郎を締め上げ、千太郎の顔が紫色になってようやく、手を離した。千太郎は呼吸を整えるのに、たっぷり五分かかった。

「はー……死ぬかと思った……」

「で? 刀十郎殿が、どうされたと?」勢い込んで、長兵衛が尋ねる。

「長兵衛。おぬしまだ、刀十郎に未練があるのか?」

 千太郎が呆れたように言う。長兵衛は千太郎を睨んだ。

「おぬしに俺の恋路を云々されるいわれは無いわ。それより、刀十郎殿が何と?」

「そうそう、大変なことを忘れていた。長兵衛、わしらはおまえが刀十郎に殺されたと思い、遠縁の者に仇討ちに行かせたのよ」

「なに!」

 長兵衛は驚いた。刀十郎を仇討ちとは、とんでもない。

「しかし、こうして長兵衛が生きておったのだから、仇討ちはやめさせなければならん」

「当然じゃ!」

 だが、清川政野助に仇討ちを押しつけてから、もう何日も経つ。

「政野助を追いかけて、仇討ちを中止させねば……」


 長兵衛の復活に度肝を抜かれていた清川一族だったが、仇討ちのことを思い出し、騒然となった。もし政野助が刀十郎を討ち取ってしまったら、大変なことである。

「政野助殿!」

 千太郎が、政野助の貧乏長屋に駆けつけると、もぬけの空であった。

「金も手形もない! 刀もない! ああ、江戸を出て、仇討ちに行ってしまったらしい!」

 千太郎は呆然と立ちつくした。政野助の妹までいなくなっていることに、気がつかなかった。

「なんということか……。どこに逃げたやら分からぬ仇を追う政野助を追いかけねばならぬとは……」

 清川一族はげんなりと俯いた。それが嫌だから、政野助に仇討ちを押しつけたというのに。

「俺が行く!」

 長兵衛が叫んだ。

「俺が、政野助を止める! 刀十郎殿を殺されてたまるものか!」


「あ~……気持ちいい……。あ、そこそこ!」

 何も知らない政野助は、夕顔の柔らかい膝枕で、暢気に耳掻きをしてもらっていた。


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