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仇討ち騒動記  作者: dydy
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第二十一章

第二十一章


 夕顔は、暢気にくうくうと寝ていた。

「政野助殿の妹御はおられるかな?」

 気持ちよく昼寝しているところに、壮年の武士がやってきた。夕顔は目をこすりながら、起き出した。

「ふあああ……はい、どなた?」

 なんだか千客万来ねと思いながら、夕顔は応対した。武士は沈痛な面もちで、正座をして言った。

「拙者、清川長兵衛と申す。貴女は、政野助殿の妹御であらせられるか?」

「清川長兵衛!」

 夕顔は眠気が飛んだ。

「死んだって聞きましたけど?」

 志津から、長兵衛は刀十郎の後追い自殺をしたと、夕顔は聞いていた。

「このとおり、生きておったのです」

 生き埋めにされても生き返り、崖から身を投げても復活し、なかなか死なない男である。

「なんだか不死身ですね」と、夕顔。

「生きていたのは、拙者だけではない。刀十郎殿も、命をとりとめました」

「あらま」

 夕顔は驚いた。

「刀十郎さんも、生きていたの?」

「うむ。今、拙者の屋敷におる」

「皆、死なないわねえ……」感心する夕顔。

「ところが、政野助殿は……」

 長兵衛は俯いた。

「申し訳ない、お志津殿!」

 長兵衛は手をついた。

「かような、しなくても良い仇討ちで、政野助殿の命を無駄に散らせてしまった。申し訳ない! この長兵衛、残された貴女には、いかような取り計らいも……」

「ちょ、ちょ、ちょっと」

 夕顔は面食らった。

「顔を上げてくださいよ、長兵衛さん。アタシお志津ちゃんじゃないし、政さんは生きてるわよ」

「なんですと?」

 長兵衛は頭を上げた。

「政野助殿が生きておられると? そして貴女はお志津殿ではないと?」

 何がどうなっているのだ。長兵衛は混乱した。

「政さんはねえ、仇討ちになんか、行ってないの。あの人、そんな度胸ないから。アタシは、政さんのいい人で、夕顔というの。今、お留守番中なの」

「政野助殿は、仇討ちに行っていない……。生きている……。それは、まことか?」

「まことよ。今頃は、元気に逃げ回っているわ」

「ううむ。そうであったのか。政野助殿は、生きていたのか」

 良かった……心の底から、安堵する長兵衛。

「するとハテ、刀十郎殿に斬られて、一緒に崖から落ちて死んだあの男は、何者であったのだ?」

「それは、与五郎とかいうヨタ者だそうよ。死んだとなっちゃ可哀想だけど、でもまあ、自業自得ね。仕方ないわね」

 死んだのは悪漢だけで、皆生きていたんじゃないの……夕顔は微笑んでふんふんと頷いた。

「では、誰も何事もなく、空騒ぎに終わったのみで、万々歳であるのだな」と長兵衛。

「そうだわね。まったく、馬鹿馬鹿しいこと。笑っちゃうわね」

 はははは、ホホホホ、と笑い合う長兵衛と夕顔。

「そうだわ」

 夕顔はポンと手を打った。

「笑ってる場合じゃないの。空騒ぎは、まだ終わってないのよ。刀十郎さんのお父さんは、息子が政さんに殺されたと思いこんでいるのよ。刀右衛門さん、政さんを追い回しているわ。それを止めようと、志津ちゃんと抜刀斉先生が、追っかけてる」

「ほほお……」

 新たな仇討ち喜劇に、少々唖然となる長兵衛。

「それは、止めねばなるまいな」

 元はといえば、長兵衛がすべての騒ぎの元凶。刀右衛門が刀を振り回して政野助を追いかけているのを、放っておくわけにはいかない。それに、刀右衛門に息子が生きていたことを知らせてやらなくてはいけない。

「刀右衛門殿に刀十郎殿を会わせれば、すべて一件落着じゃな」

「そうね。もうこんなドタバタ劇は終わらせないとね」

「刀十郎殿を連れてまいる。では、失礼いたす。政野助殿とお志津殿兄妹に、よろしゅう」

 長屋を辞去し、長兵衛は清川邸に帰った。

「刀十郎殿ぉ!」

 部屋に、刀十郎はいなかった。

「ハテ?」

 厠かなと、そこに行ってみたが、刀十郎はいなかった。

「ハテハテハテ?」

 長兵衛は屋敷中見て回ったが、刀十郎はどこにもいなかった。

 刀十郎は、屋敷を出ていったに違いなかった。長兵衛は立ちつくした。

「おお、刀十郎殿! 逃げましたな!」

 ここまで膳立てしても、まだ拙者になびいてくださらぬのか。どこまでもつれないお人!

 長兵衛は切なくなった。恋人だと思いこませ、今度こそ結ばれると思ったのに!

 長兵衛は刀十郎を探しに、屋敷を飛び出した。

「刀十郎殿ーっ! 刀十郎殿ーっ!」

 江戸中を、叫んで回る長兵衛。

「ひええええ!」

「待てええええ! 政野助えええ!」

 長兵衛の脇を、必死に逃げる政野助と、真剣を振り回して彼を追いかける刀右衛門が横切っていった。逃げる政野助と刀を手に追いかける刀右衛門を、道行く人は皆、ぎょっとして振り返る。長兵衛だけが、そんな騒ぎに脇目も振らず、「刀十郎殿ーっ!」と、ひたすら刀十郎を探していた。

「待ちなされ!」

「待って、刀右衛門殿! 兄様!」

 政野助と刀右衛門の後ろを、抜刀斉と志津が追いかけていく。往来で真剣を振り回すなど、目立つことこの上ないので、志津たちは刀右衛門と政野助をすぐに見つけたのだ。しかし政野助、逃げ足がやたら早いので、なかなか追いつけない。

 長兵衛の脇をすり抜け、「あらっ?」と、志津は立ち止まった。

「どうした、志津!」

 足を止めた志津に、抜刀斉が苛立たしげに振り返る。

「先生。今、長兵衛が」

「なんじゃ?」

「長兵衛がいました!」

 志津は仰天して指さした。志津の細い指の先を追って、抜刀斉の口があんぐりと開いた。死んだはずの長兵衛が立っているのが見えたのである。

「長兵衛!」

 志津と抜刀斉が同時に叫び、長兵衛に駆け寄った。

「おまえ、死んだのではなかったのか!」

「む、抜刀斉先生。それに、小僧。どうしたのじゃ」

「どうしたのじゃは、こっちの台詞よ! 長兵衛、あなた、生きていたの?」

 長兵衛は苦々しい表情になった。

「まったく、どいつもこいつも人を死人扱いしおって……。そんなに、俺に死んでほしいのか」

 何度も「死んでいたのではなかったのか?」と仰天され、長兵衛はうんざりした。

「崖から身投げしたが、死ななかったんじゃい!」

 長兵衛は怒ったように、事情を説明した。

「じゃあ、刀十郎は生きていたの!」

 長兵衛から刀十郎の生存を聞かされ、志津の表情に驚きと喜びが広がった。崖から刀十郎の後追いをした長兵衛がこうして生きていたのだから、刀十郎も助かったとしても不思議ではない。抜刀斉も、目を丸くしながらも、愛弟子が生きていたことを喜んだ。

「良かったのう!」

「良かったわあ!」

 抱き合って喜ぶ抜刀斉と志津。

「ひええええ!」

「待てええええ! 政野助えええ!」

 遠くから、政野助と刀右衛門の叫びが流れてきた。長兵衛も志津も抜刀斉も、それに気を留めることなく、それぞれの思いに浸っていた。

「ひええええ!」

「待てええええ! 政野助えええ!」

 また、声が近くなってきた。見ると、政野助がこちらに向かって逃げてきていた。もちろん、彼の後を、真剣を振り回す刀右衛門が追っている。

「やれやれじゃのう」

 抜刀斉は呆れたように言った。長兵衛と刀十郎が生きていたと分かれば、刀右衛門と政野助の追いかけっこはひどく滑稽なものに思えた。刀右衛門は大真面目だし、政野助は命がけで逃げているのだが……。

「てい!」

 抜刀斉は、通り過ぎ様、刀右衛門の足を引っかけて転ばせた。政野助は、彼方に駆け去っていった。

「本当、逃げ足が早いわねえ」

 あっという間に遠ざかっていく兄を、志津が遠目に眺めながら、呆れるを通り越して感心したように言った。

「何奴! 邪魔をするな!」

 転ばされた刀右衛門、起きあがって目を丸くした。

「や、抜刀斉先生」

「落ち着きなされ、刀右衛門殿」

「あ! 長兵衛! 貴様、まだ切腹しておらなんだのかあ!」

 刀右衛門は、長兵衛が傍らに立っているのを見て、目をつり上げた。長兵衛の仇討ちのために、息子が死んだのだ。長兵衛にも死んでもらわねば、気が済まぬ。

「死ね! 長兵衛! 殺してくれる!」

「おう」長兵衛は慌てて飛び退いた。

 刀右衛門が長兵衛に斬りかかろうとするのを、抜刀斉が押さえた。

「止めなされ、刀右衛門殿!」

「放してくだされ! こやつのせいで、息子は……息子は……」

 暴れる刀右衛門。

「ご子息は、生きておられる」

「え?」

 抜刀斉の言葉に、刀右衛門の暴れる手足が止まった。

「何ですと、抜刀斉先生」

「刀十郎は、生きておるのじゃ」

「……」

 刀右衛門は呆然と、目を剥いて抜刀斉を見返した。刀が、だらりと下がっていく。

「生きて、おると? 刀十郎が?」

「さよう。のう、長兵衛」

「本当か! それなら、息子はどこにいるのじゃ!」

 刀右衛門は、勢い込んで長兵衛に尋ねた。

「それがのう……」

 長兵衛は困ったように言った。

「刀十郎殿は、清川の屋敷を逃げ出してしまった。江戸中探しておるが、見あたらぬのじゃ。もしかすると、江戸を出て故郷の××藩に向かったのやもしれぬ」

「なにい?」

 意気込む刀右衛門。志津と抜刀斉は顔を見合わせた。

「まあ。じゃあ、刀十郎を追いかけて××藩に行かないと」

 志津の言葉に、長兵衛と刀右衛門が怪訝そうな顔を向けた。

「なに?」

 志津は、不思議そうに自分を見返す長兵衛と刀右衛門に首を傾げた。

「少年。貴殿は、どなたかな?」と刀右衛門。

「小僧。なんでおまえが、××藩に行くのじゃ。おまえと刀十郎殿は、関係なかろう」

 長兵衛に言われ、志津は立ちすくんだ。

「あ……」

 関係がない……そう、刀右衛門を止め、兄は助かった。仇討ち騒動は終わったのだ。もう、志津が刀十郎に関わる必要はないのだ。

 抜刀斉は、ニヤリと笑い、志津をつついた。

「志津よ。刀十郎に逢いたいのだろう。刀十郎が好きなのじゃろう」

 抜刀斉に耳元で囁かれ、志津はびっくりした。

「先生! 何を言うのです」

 耳まで赤くなる。抜刀斉はカラカラ笑った。

「刀右衛門殿。この娘、志津は、刀十郎に命を救われたことがあるのです。是非とも一緒に、××藩に連れていってくださらんか?」と、抜刀斉は刀右衛門に言った。

「娘?」

 刀右衛門は少年姿の志津に、首を傾げた。長兵衛も同様である。

「これは、訳あって男装しているが、女なのです」

「ほほう……」

 珍しそうに志津を見る刀右衛門と長兵衛。

「志津とな? ではおまえが、政野助の妹か?」

 長兵衛が訊く。志津は頷いた。

「ふうん……」と、志津を見下ろす長兵衛。死んだのがヨタ者で、政野助が仇討ちに行っていない以上、長兵衛が志津に負い目を感じる必要はない。もう長兵衛は、政野助と志津の兄妹に、関心はなかった。関心があるのは、刀十郎のことだけだ。

「では、××藩に向かうとするかの」

 歩き始めた長兵衛に、刀右衛門が目を剥いた。

「長兵衛、貴様、××藩に行ってどうする気じゃ」

「愛しの刀十郎殿を、追いかけていくのです」

「貴様、まだ諦めておらんのか!」怒るよりも呆れる刀右衛門。

「ふぉふぉふぉ……」笑う抜刀斉。

 こうして、一同は××藩に向かった。女の身では江戸を出られないので、やはり志津は男装のまま、関所を通っていった。


 政野助は、何も知らず、まだ逃げ回っていた。


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