009 身体強化魔法入門講習
どうやら時間になったようで、ギルドの職員さんが受講者に教室へ向かうよう呼んでいる。
さて、俺も行くか。
教室に入る時に、入口に立つギルドの職員さんに札を渡す。
「はい、受講者はみんな教室に入りましたね。冒険者証を見える所に出しておいてください。――それでは講師の先生を呼んできます。毎回言いますが、魔法関連の講習は魔導学院の学生さんに講師をお願いしてますので、怖がらせるような事は絶対にしないでください。やったら即出禁とします」
そう言うと、ギルドの職員さんは教室を出ていく。
周りを見渡すと思っていたよりも受講者が多かったので、少々驚いてしまう。なんか若い子達ばかりだ。
「今日はどんな子が来るのかな。クレアちゃんだったらスゲー嬉しい」
「バッカ、そこはセレナちゃんだろ。あのおっぱいの良さがわからないなんてダメすぎる」
「あそこの制服カワイイんだよな~」
「野郎だったら帰るか……」
「アレックス君来ないかなー。彼良いよね」
「うんうん! わかる!」
……なんか若い子が多い理由が分かった気がする。この子らはもしかして、学院の生徒さんとお近づきになりたいのか?
いやはや青春だなーと思いながら周りの子らの会話に耳を傾けていたら、教室の扉が開いた。どうやら、先程のギルドの職員さんが講師の先生を連れてきたようだ。
講師と思しき女の子が教壇に立つと、ギルドの職員さんは教室の端で待機する。
「こっ、こんにちは。本日の講師を務めますアルテリア魔導学院のカテリナです。よっ、よろしくお願いします!」
「おぉ、初めての子だね! カワイイー!」
「よろしくー!」
「これはアタリだな」
本日の講師は制服の似合うとても可愛らしい女子学生さんだったので、男子から特に歓声が上がる。君らはキャバクラに来たおっさんかよって突っ込みたくなるほどだ。
「皆さん静かに!」
早速、教室の端で待機しているギルドの職員さんに注意されてしまう。
講師のカテリナさんは誰かの発言どおり今回が初らしく、場の空気に圧倒されてちょっと涙目になってしまっていた。
「そっ、それでは講習を始めますね。本日の講習は身体強化魔法入門となります。まず、身体強化魔法は魔法士でなくとも誰でも使う事のできる魔法です。皆さんはこれまでに虫刺されに抵抗するための皮膚の強化くらいは、お家の方などからそれとなく学んでいるかと思います。ですが今回は、冒険者に必須な身体能力そのものを強化するための魔力の使い方を学んで頂きたいと思います」
おお、身体強化魔法は虫刺されにも抵抗できるのか! これは助かる!
俺って特に蚊が寄ってきやすい性質だから、夏がホントに嫌だったんだよね。
異世界モノの小説とか読んでても、普通に主人公たちが野宿してるけど虫には刺されないの? 俺なんか家の庭で野宿すんのだって無理だよ! って思ってたからなあ……。
「皆さんはこれまでなんとなく魔力を使って皮膚を強化したり、筋力を上げたりしてきたと思います。普段ならばその方が、消費する魔力も抑えられて長時間使用できるので良かったりします。しかし魔物と戦う場面などでは、これからは身体全体を強化するように意識して使って下さい。特に、筋力のみを強化するのは今後止めて頂きたいです。まだ皆さんの練度だったらそこまで酷い事にはなっていないと思いますが、これが練度が上がってくると大変な事が起こります。――何だか分かりますか?」
「はいはーい! 骨が折れちゃうんだろ?」
なるほど。筋力だけを上げようとすると、骨や関節が耐えられないのか。さすが何度も受講しているからか、よく知ってんな君ら。
「はいそうです! 練度が高くなると骨格が耐えきれなくて、魔力を使ったとたんに骨折してしまいます。ですので、皆さんには骨格を含め体全体を強化するように鍛錬していってもらいたいのです」
続けてカテリナさんは体内での魔力の流し方や意識の仕方などについても説明すると、次は受講者自身が各自、魔力を練る練習に移っていく。
イマイチよくわからないが、とりあえず俺もやってみよう。
――魔力、魔力、魔力……!
うーん……、何か違う気がする。これは意識しているんじゃなくて、頭の中で魔力と念じているだけかも……。
だめだ。魔力が何なのかもよく分からないから、これっぽっちも感覚がつかめない。とりあえず周りの子の真似をして、俺も瞑想してみるか。
「魔力量によって皆さんの強化できる時間は異なりますので、まずは魔力を練る練習をしていてください。私が席に行きましたら、強化魔法を見させて頂きますね」
そう言いながらカテリナさんは一人一人の身体強化魔法の具合を観察し、アドバイスをしていく。
「あまり長い時間身体強化できなくても落ち込む必要はありませんよ~。まだまだ皆さんはこれから練度を上げて伸びていきますし、敵に打撃を与える瞬間にだけ魔法を発動すれば戦闘時間を伸ばす事も十分に可能ですからね」
俺は気功などでよく耳にする丹田の事を思い出すと、今度は丹田に意識を集中して体を巡る魔力をとらえようとする。……が、だめだ。やっぱり分からない。ヤバイ泣きそう。
ふと、女神様が最初の内は苦労するかもと言ってたのを思い出す。でも女神様は魔法が使えないとは言ってなかった。ならば必ずできるはずだ。
――くそう、挫けないぞ!
「ケイタさん、どうですか?」
突然声をかけられてビックリしてしまう。いつの間にか俺の所までカテリナさんが回ってきていた。
初対面のはずなのに名前を呼ばれ驚いてしまうが、机に置いてある冒険者証は名前の確認のためだったんだなと理解する。
「えっ、あ、すいません。俺……これまで全く魔法使った事がなくて魔力の体内循環も上手くできないんです。――正直に言いますと、魔力がどんな感じなのかすら感覚がわかりません……」
俺の何気ない一言で周囲がざわついてしまう。
「マジかよおっさん、今までどうやって生きてきたんだ?」
周りの子達から珍獣を見るような目で見られてしまう。やめて……。
カテリナさんも驚いた顏をしていたが、次第に訝し気な表情となる。
「えっ、本当です!? 見た感じ、ケイタさんはかなりの魔力を保有している感じなのですが……。うーん……、もしかしたら、これまで使った事が無いから常に流れる事が無く、凝り固まった状態なのかもしれませんね。――そうだっ、これを使って流れを意識できるようにしてみましょうか」
カテリナさんは何かを思い付いたのかポンと手を叩くと、ポケットからライターのようなものをとりだした。
「これは自己魔力消費型ライターと言いまして、自身の魔力を消費して火を付ける魔道具です。ここを握るようにしてここを押して、火を付けてみてください。きっと体内の魔力が消費されていくのが体感できるはずです。――その魔力が流れていく感覚をよく覚えてくださいね」
俺はライターを借りて、早速火を付けてみる。ライター使うのなんてかなり久しぶりだな。
もしも付かなかったらどうしようと不安になるが、問題無く火が付いてしまった。
――おおっ! 付いた!
「火が付きましたね! これは現在ケイタさんの魔力を消費しているので、ちゃんとケイタさんにも素養はありますよ! ――さてどうでしょう? 何かが体内を流れていく感覚は分かりますか?」
……………………あっ、何かが少しずつ消費されていくような感覚が分かる。うん……、うん! なんとなく分かるぞ!
「あああっ、分かります。分かります!」
「それは良かったです! その感覚を意識し、今度は体内で循環するように意識してみてくださいね」
「はい!」
たったこれだけの事なのに、飛び跳ねたいほどに嬉しくなってしまう。
今度は先程の感覚を思い出し、体内の魔力が流動していくのを意識してみる。何となく捉える事ができているようだが、ドロドロのジャムのように上手く流れる感じがしない。
そんな俺の様子から、恐らく俺の魔力の流れが見えているカテリナさんも何かを感じ取ったようだ。
「うーん、これまで魔力を使ってなかったためか、本当に凝り固まっている感じがしますね。――そうだ、ケイタさんはカロリスって飲み薬はご存知ですか? 魔力の循環がうまくいかなくて発熱してしまう子供がよく服用するお薬なんです。もしかしたらそちらを服用する事で、少しは改善されるかもしれませんよ?」
「おっさん子供かよ、ウケる」
「あんたよく言うわね。子供の頃すぐ熱だしておばさんに飲まされてたの、あたし知ってんだから」
「バッ、バカ! ばらすなよ!」
教室に笑いが起こる。ヤジる少年にツッコミを入れてくれた少女ありがとう!
――とりあえず、なんとか糸口が掴めた。後はひたすらやってみよう。
講習も終盤になり、再びカテリナさんが教壇に立つ。
「ある程度以上の強化が可能になりましたら、服装や装備にも気を配る事をお勧めします。でないと最大出力の状態で動いたら、普通の服ですと耐えれきれずに破れて素っ裸になってしまいますからね」
どっと笑いが起こる。
「武器にしてもそうです。将来皆さんは岩のように硬い魔物と対峙する場面に遭遇するかもしれません。その時に普通の武器ですと武器が砕けてしまうでしょう。戦闘中に武器が無くなるのは致命傷です。ですから、自分の練度に合わせて、それに見合った良い武器を手に入れてくださいね。あと、良い装備ほど魔力を流し込みやすくなっています。そのため、練度次第では装備ごと身体強化の恩恵を得る事が出来るようになりますよ」
そう言えば俺が今日買った剣も、魔力を流しやすいって言ってたな。後で魔力を流す練習に使ってみよう。
「では今日はこの辺で終わりたいと思います。皆さん頑張ってくださいね」
最後に〆の言葉を述べると、カテリナさんは恥ずかしそうに手を振りながら教室から出て行った。
今日は講習に参加してよかったな。良い先生のおかげで、最初は全く分からなかった魔力が認識出来るまでになったし。
この感覚を忘れてしまわないよう、帰ったら早速練習だ。
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