001 夜勤帰りに
初めての小説です。よろしくお願いします。
俺の名前は高見沢慶太。期間工として工場で働いている三十二歳独身。
今日もやっと夜勤が終わり、眠い目を擦りながら借りてるアパートへ帰るために自転車を漕いでいる。
以前はそれなりに責任のある仕事に就いていたのだが、ちょっとした理由で辞めてしまい、今に至る。
今はなんとか生きるために仕事をしているだけで、残りの人生のビジョンを描く事もできず、正直どうしたらいいのかすら分からない。
現実を直視したら体を動かす事もできなくなりそうなので、少しでも生きる上での楽しみを模索しながら、なんとか現実逃避をしつつ生きている。
帰る途中で買う朝マックを早く食べたいな……なんて思っている自分がいるので、これも少ない楽しみの一つに入っているのかもしれない。
今日は奮発してナゲットも付けちゃおうかな……。そんな事を考えながら河原沿いの道を走っていると、川に架かる橋の上で、何やら女学生たちが騒いでいるのに気が付いた。
中学生だろうか? 騒いでいるというより、一人を寄ってたかって詰っているような感じにも見える。
――嫌だな、いじめかな?
そんな事を思いながら眺めていたら、突然、詰られていた少女が川に落とされてしまった。
――なっ!?
思考が一瞬停止してしまう。
思わず落とした連中を凝視すると、事の重大さを全く理解できていないようで、ゲラゲラと指差して笑っていやがった。
流されていく少女を、スマホのカメラで撮っている奴までいる。
――ふざけんなよおまえら!
今は梅雨時なのでここ最近の雨によって川は非常に水嵩があり、流れもとても速くなっているために極めて危険な状態だ。
少女を川に落とした連中、落ちた子が死ぬかもしれないと理解もできないのか!? ……まさか、死んでもいいとでも思っているのか!?
通勤途中のサラリーマンや学生も気が付き騒ぎだしたが、下手したら自分も死ぬかもしれないという恐怖のためか誰も動こうとしない。
――クソッ!
俺は慌ててダウンヒルのように自転車で河原を一気に下ると、自転車を放って急いで川に入り、少女を助けに向かった。
がむしゃらに泳ぎ、なんとか溺れている女の子を後ろから抱えると、 「大丈夫か! しっかりしろ!」 と声を掛けながら、少しでも岸へ近づこうと懸命に足を動かす。
近づいてくる落差工の段差に恐怖しつつも、その落差工のブロックが命綱にもなると思い、上手く体を動かして背中から当たりにいく。
なんとか落差工のブロックに背中から当たる事ができたので、急いで少女をブロックに上らせようと持ち上げる。
ブロックまで駆けつけてくれた男性数人が少女に向かって声を張り上げながら手を差し伸べてくれたので、そのまま一気に引き上げてもらう事ができた。――よしっ!
後は俺も引き上げてもらおうと手を伸ばしたのだが……、まずい……足が吊ってしまって体が沈んでいく! くそう手が届かない!
俺に向かって懸命に叫ぶ人達の声が聞こえるが、どうしても手が届かない! このままじゃ落差工に向かって流されてしまう!
最後の力を振り絞ってブロックにしがみつこうとするが、結局俺はそのまま流れに飲まれ落差工で揉みくちゃにされてしまい、次第に意識が遠のいていった……。
「……慶太さん、高見沢慶太さん」
誰かが俺の名前を呼んでいる……。
「気が付きましたか? 高見沢慶太さん」
ぼんやりとしながらも、とてもよく通る美しい声で俺に声を掛けてくれた人の方を見る。
そこには、まさに絵にも描けない美しさの女性が立っていた。……回りは何もない空間に。
――あっ、これってもしかして……。
「……ええと、はい。……あの、もしかして俺は……死んでしまったのでしょうか?」
「はい。誠に残念ながら高見沢慶太さん、あなたは川で溺れ、そのままお亡くなりになりました。――私は亡くなられた方の輪廻転生を導く者。慶太さんから見て神と呼ばれる存在と思って構いません。……この度、慶太さんには今生の生を終え、徳を清算し、来世へ旅立って頂くのを伝えに参りました」
「そう……ですか。あの、溺れていた女の子はどうなりましたか?」
「大丈夫です。無事助かりましたよ」
女神様はにこやかに答えてくれた。
「……良かった」
思わず呟いてしまったのだが、女神様はすぐに困ったように、顔を曇らせてしまう。
「ですが、あの少女は一時的に難を逃れただけで、残念ながら根本的な災厄から逃れたわけではありません」
不吉な事を言う女神様の言葉から、今朝の光景を思い浮かべてしまう。
「もしかして、いじめ……ですか?」
「それだけではありません。家庭環境や生まれ持った運など、残念ながら様々な要素で、死に直面する場面がこれからも人生に多く存在するようですね……」
なんだそれ……。彼女、ちょっと可哀想すぎないか?
「それは……、なんとか助けてあげる事って、できないんですか? 神様なんでしょう?」
「申し訳ありませんが色々と制約があり、なかなか難しいのですよ。――ただ、方法が無くはありません。……慶太さんがこれから清算する予定の徳を使えば、少女の運気を無理やり捻じ曲げる事が可能です」
「徳……ですか。俺こんな死に方しちゃったし、徳なんてあるんですかね? アハハッ」
こんな死に方をしてしまった自分に徳があるとはとても思えず、思わず自嘲気味に尋ねてしまう。
ところが……。
「ありますよ、とっても! そもそも徳は死後の清算時に使われますので、残念ながら生前には見えにくいものなんですよ」
「そうなんですか。なら……折角俺が命張って助けたのに、結局あの子死んでしまうなんてちょっと我慢できませんね。俺自身が無駄死にだった事になるじゃないですか。――だから……うん、俺の徳を使って彼女を助けてあげてください」
なんか自分で言っててちょっと気恥ずかしい。
「よろしいのですか? 徳がなくなれば来世が好条件となる保証はなくなりますよ?」
「構いません」
そうはっきりと告げると、女神様は朗らかに微笑んで 「そういうところですよ、慶太さんの良いところは」 と笑顔で褒められてしまい、余計に恥ずかしくなってしまった。
「――はい、これで少女の人生の流れが変わりました。これでもう彼女に訪れる数々の災厄は、回避する事ができるでしょう」
「ありがとうございます」
良かった。彼女には俺の分も、幸せになってくれる事を祈ろう。
「……それでは、慶太さんの来世への旅立ちなのですが」
「……はい」
いよいよ自分自身とのお別れか……と、覚悟を決め返事をしたのだが……。
「よろしければ他の世界で、もう少し徳を積んでみませんか?」
「えっ!?」
突然言われた女神様の提案にビックリしてしまい、思わず声が出てしまう。
「慶太さんのように多くの徳を積んでこられた方がこのまま輪廻転生してしまうのは、私としてはとても忍びないのです。――うふふ、知ってますよ? 慶太さん異世界モノの小説がお好きなこと。慶太さんがイメージするような剣と魔法のファンタジーな世界、……そこでもう少し現世を過ごしてみませんか? 残念ながら元の世界へ生き返らせてあげる事はできませんが、戸籍などの緩い、そういった世界へなら転生させてあげる事が可能なのですっ」
女神様どうして俺が異世界モノの小説が好きなの知ってんだよ……って女神様だからか。俺は激しく動揺してしまう。
いやいやたしかに、こうやって女神様と会話をしてる時点で 『もしかして異世界転生あったりする?』 なんて淡い期待をしちゃってたけどさ!
――でもこれはまさに、人生最後のチャンスだ……!
「もし行けるのでしたら……行ってみたいかなーなんて……」
なんか見透かされていた気がして非常に恥ずかしいけど、行きたい旨を伝える。
あっ、声が上擦っちゃった……。
「ハハハ……」 「うふふっ……」
思わず二人して笑い合ってしまった後、改めて女神様にお願いをする。
「よろしくお願いします!」
「はい、承りました!」
こうして、俺は剣と魔法のファンタジーな異世界で、もう少しだけ高見沢慶太としての人生を送る事になった。
読んでいただきありがとうございます。
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