メアリー 002
説明回になります。
明日が私の誕生日という日、お父様から聞かれたの。
「リザ、プレゼントは何が良い?」
私はすぐに答えたわ。
「お金で買えない物が欲しいです」
って…まぁ見たら解る様にウチは結構裕福なのね。私が「あれが欲しい」って言えば何でも買って貰えたの。だから欲しい物は特に無かった。
だけど聞かれたからには答えないといけないでしょ?だからそう言ったの。
お金で買えない物…私には思いつかなかったけれどお父様は。
「じゃあ探しに行こうか」
そう言ってくれたわ。『親バカ』と思うかもしれないけど、全くの同意見よ。お父様がこんなにも甘やかすから、私はこんなにも我侭な性格になってしまったの。
…大丈夫。自分の性格ぐらいちゃんと把握してるわ。
この街で欲しい物なんて特に無かったから隣町に行ってみる事にしたの。自分の生まれた街を出るのは初めてだったから凄くドキドキしたわ。隣町まで獣車で1日ぐらい掛かるって聞いたからすぐに用意して隣町に向かったの。
私としてはこの時『初めての家族旅行が一番のプレゼント』とか、そんな事を思ってたわ。
町に到着したのは明け方でまだ朝日も見えていなかったけれど『変な感じ』で目が覚めたの。
上手く言えないけれど、何か大きな物がある。圧迫感?威圧感?安心感?そんな感じ。御者に「そっちへ行って」と指示したらお父様が起きてきたわ。
「リザ、どうかしたのかい?」
「お父様すぐに『鑑定装置』を出して下さい」
『鑑定装置』は知ってる?簡単に言えば鑑定の魔法陣と魔力バッテリーを纏めた物ね。魔法の使えない商人には必須アイテム。種類は色々有るんだけど、その時持っていた物で出来る事は…
対象が無機物であれば、重量、材質、造られた年代、用途を調べられる事ね。
対象を生物に向けた場合は身長、体重、筋肉量、体脂肪、病気、年齢、感情、そして魔力量が解るの。
感情は『喜』『怒』『哀』『楽』。
本来は勝手に人に向ける物じゃないわね。失礼でしょ?
「何かあるのかい?」
言いながらお父様が鑑定装置を取り出していると貴女が見えた。私が感じた大きな物の正体は絶対にあの子だと確信出来た。だから…
「お父様、あの子を鑑定して下さい。相当の魔力量を持っています」
そう言ったわ。鑑定結果で魔力量0って出た時は凄く焦ったけどね。魔力量0なんてありえない事だからすぐに気を取り直す事が出来た。
え?魔力量が0.1だった場合?
…………まぁそれは置いておきましょう。
で。貴女死にかけていたからすぐに宿屋に行って、回復魔導師を呼んで、生命力を回復させて、ついでに浄化魔法で身体を綺麗にしたんだけど、何故か眠ったままでね。
魔導師曰く。
「肉体は完璧に直しましたが、弱った精神は自分には直せません。というか直せる魔導師自体少ないでしょう。知り合いにも居ませんし、本人の精神力に賭けるかギルドに掛け合って精神操作魔法の使える魔導師を探して貰うかしかないです」
だって、更に付け加える様に…
「精神操作魔法ですので彼女の精神が弱かった場合、元の人格でなくなってしまう恐れもあります」
って言われたから、取り敢えずこのままにして貴方をこの屋敷に連れて帰る事にしたの。
それが2週間前…
☆☆☆☆☆
「2週間!?」
そんなに眠っていたとは…「眠り姫」というヤツですね。
「そ。んで、その間に色々調査してメアリーの住んでいたと思われる家から2人の死体が見つかってね。その事を警察に届けて行方不明の娘が重要参考人の指名手配になって。なんでスラムを調査していたのか?みたいな事を聞かれたらしいけどそれはお母様が適当に誤魔化したって」
「誤魔化した?」
「うん。お金って偉大」
おや?
ついさっき汚職警官を非難していませんでしたっけ?
「メアリー。人には出来る事と出来ない事があるの。目の前の出来る事をやりなさい」
良い事を言っている様ですが説得力はありません。
それはさておき。
「はぁ。大体の事情は解りましたが、さっき言っていた話しに戻りますが本当にわたしに魔力があるのですか?」
そこは未だに疑問です。おばさんからは『魔法を使えるほどの魔力を持っている人はほとんどいない』と聞いていましたので。
「ふむ……試してみましょうか?」
「試す?」
そう言ってリザお嬢様は予め用意していたのかスカートの中からペンを出します。そのペンで私の右手人差し指に何かを書き込みます。
「おk~」
指を見ると先端にほくろを書かれていました。
「いやいや。ほくろじゃないから。良く見てみて」
「……魔法陣?」
ほくろの様な物を良く見てみると直径2mm程度の魔法陣と思われる模様?が細かく描かれていました。…器用ですね。
「正解。それは体内魔力を外に出力出来る様になる魔法陣ね。それと…」
持っていた普通のペンを直し、何やら変わった形状のペンを取り出して『空中に』光の魔法陣を書きだしました。しかもさっきよりかなり複雑な。
「これは?」
「これは立体魔法陣。因みにこのペンは魔法ペンね。内臓バッテリーに込められた魔力を使って光として留めておくことが出来るの。消す時は手で払ってあげれば煙みたいに消えてくれるから…良し、出来た。メアリー。書いた光に触れない様にさっきの指を魔法陣の中に入れて見て」
言われた通り、描かれた魔法陣の中に指を入れると…
魔法陣が霧散し、お盆と朝食と…+αが膝の上に出現しました。
「空~間転移~!」
「…………」
「…………」
リザお嬢様は何故かダミ声で発動した魔法が何だったのかを教えてくれました。
…が。
…えっと。
色々な事が同時に起きています。
「ふっふっふ…これは転移魔法。私には魔力が無い。貴女が魔力で転移させたの。つまり!この複雑な転移魔法を使えるだけの魔力が貴女には備わっているのよ!!」
リザお嬢様はわたしを指さしてキメ顔でそう言い放ちました。
これで確かにわたしに魔力がある事が証明されました。
しかしそんな事よりも重大な問題が発生しています。
わたしの膝の上に出現したのはお盆だけではありません。リザお嬢様は一緒に朝食もその転移魔法とやらでワープ?させたかった様ですが…それはちゃんと狙い通りお盆の上に乗っています。
そのお盆の上に乗っている物ですが…
水差しとコップ。不安定ですが倒れる事無く乗っています。もしかしたら魔法で倒れない様にしているのかもしれません。
それと大皿に小さいクロワッサンが2つと焼いたベーコン。スクランブルエッグにはケチャップがかかっています。
そこまでは良いです。
そこまでは普通の朝食です…
「あの…リザお嬢様…このお屋敷では人間の手首を食するのでしょうか?」
スラムでは人がよく死んでいましたので、人によってはその死体を食べて餓死を逃れている人も居ました。ですがわたしはおばさんから「病気になるから食べちゃダメ」と言われていたので食べませんでした。
ですが…
お盆の上には人の手首がごろんと乗っていました。
その手首はまるでつまみ食いでもする様に、人差し指と親指でスクランブルエッグを一つまみ持った状態で置かれています…切断面からは血液が一筋流れていました。
…どう考えてもこれは事故ではないでしょうか?
誰かがつまみ食いをしようと一つまみしたタイミングで転移されて来た様にしか見えません。
「あのダメイド…」
わたしの予想を裏付ける様に頭を押さえてそう呟きます。
リザお嬢様は手首からスクランブルエッグを取り上げぺッとお皿に戻し、手首を掴んでベッドから降りました。
「先に朝食を食べていて頂戴。私はコレを戻してくるから」
そう言ってバタバタと部屋を出て行ってしまいました。
………………
どうリアクションを取るのが正解でしょうか?
☆☆☆☆☆
「ごちそうさまでした」
ペロッと平らげました。とても美味しかったです。こんなに美味しい物は初めて食べました。おばさんにも食べさせてあげたかったです。
あまりの美味しさに泣きながら完食しました。
甘い卵。
カリカリのベーコン。
ふわふわのクロワッサン。
泥の味がしない透明な水。
全て初めての経験です。
美味しかったです。
……………………
美味しかったです。
さて…どうしましょう?
朝食を食べ終わりましたがリザお嬢様はまだ戻って来ません。
やる事が無くなってしまいました。
改めて今いる部屋を見渡します。
『…倉庫?』
先に述べた様に、部屋には高そうな調度品が置かれています。
おそらくですがこの部屋は置き場の無い調度品を置いておく為の部屋ではないでしょうか?
もしくは倉庫に入りきらなかった物を客間に取り敢えず置いているだけとか?
その中にふと全身鏡がある事に気が付きました。
今の自分がどうなっているのかちゃんと確認しようと思い、わたしはベッドを下ります。
昨夜の様に座り込まない様、足に力を入れて立ち上がりますが、やはり体が重いです。
ヨタヨタと鏡の前に歩いて行くと…
「自分じゃないみたい」
最後に見た自分の顔を思い出してそう呟きます。
おばさんに借りた手鏡で見た時の自分の顔は、頬がこけて、くすんだ顔色だったはずですが、今は、頬骨の位置も解らずふっくらし、肌艶も良く、目も窪んでいません。
身体も前は手足が棒の様に細かった筈ですが、今はリザお嬢様と同じ位か、少し細い位でしょうか?
スケスケの黒いネグリジェ越しに見た胴体は、ポッコリと出ていたはずのお腹がくびれていました。
そして…
「胸がある」
あばら骨がくっきりと見えていた筈ですが今は胸の脂肪で目立っていません。
黒い下着の中のお尻も膨らんでいます。
なんという事でしょう。
全てが激的に変わっています。
回復魔法とはこんなにも便利な物なのですね。わたしには魔力があるそうなので是非とも回復魔法を覚えましょう。
先程手首を切られたダメイドさんの手首を直せる位にはなりたいです。
その時ガチャっと扉が開きました。
「ふ~やれやれだぜ」
額の汗を拭う様な仕草でリザお嬢様が入って来ました。わたしが鏡の前に立っているのを見るとトテトテと駆け寄って来て。
「立ち上がって大丈夫?」
と声を掛けてくれました。
「はい。足に力を入れていればなんとか…それより先程の手首は大丈夫ですか?」
「うん。専属の回復魔導師はまだ魔力が戻っていなかったけど、私の魔法陣と魔力バッテリーでどうにか出来たよ」
「その魔力バッテリーと言うのは?」
先程からたまに出て来ますがどういった物でしょうか?
「あぁ。魔力バッテリーっていうのは魔力を溜めておく事が出来る魔晶石の入った箱の事ね。この光を留めておけるペンの中に入っている様なヤツの事を言うの。この世界の人のほとんどが魔力量10以下…魔法の使えない人ばかりだから、そういう人にも魔法が使える様に充填式の魔力エネルギー発生装置みたいな物ね」
「充填?」
「え~っと…ちょっと待ってこのペンの魔力をまずは使うから」
リザお嬢様は足元に何やら直径2m位の魔法陣を描き始めました。そしてわたしの腰を掴んで…
「この魔法陣を起動してみて」
わたしはリザお嬢様に腰を支えられながら床を触ります。
すると…風がフワッと舞い上がり何らかの効果が…ん?
髪と肌がサラサラ?
お口スッキリ?
「浄~化魔法~!」
…あぁ、これが。
様は身体を清潔にする魔法という事ですね。
「んでペンのバッテリーが少なくなったからちょっとココに指を置いてみて」
見るとペンの頭の部分に魔法陣が描かれていました。その魔法陣の中心に95%の文字?
1秒位指を置いて離すと100%になっていました。
「これはわたしが充填したという事でしょうか?」
「そゆこと」
「という事はわたしも魔法陣を描く事が出来れば魔法を使えると言う事でしょうか?」
わたしも魔法使いデビューでしょうか?
「ん~っと…そのあたりも説明してあげないとね。そだちょっと右手貸して」
手を差し出すと人差し指の付け根辺りに、今度は普通のペンで3cm位の魔法陣を描かれました。
握り拳にすると丁度指先の『ほくろ型魔法陣』が触れる事になりますね。
リザお嬢様はわたしの右手首を握ったまま。
「グーを作ってみて」
『グー』を握るとわたしの身体だけがフワリと浮かびました。
「浮遊~魔法~!」
「…………」
「…………」
えっと…
「あの…先程から魔法を発動させる度にダミ声で魔法名を言っていますが…それは何か決まり事なのでしょうか?」
わたしは今、生れて初めて魔法で宙を飛んでいるのですが。
気が抜けると言うか…
感動が薄れると言うか…
「うぅ…やっと突っ込んでくれた…心折れて途中で辞めないで良かった…」
泣いてる?
「これは異世界人に教えて貰ったアニメーションと言う娯楽に出て来る決まり事のオマージュよ!今度元ネタを見せて上げるから勉強しなさい!」
「それ。わたしが解る訳有りませんよね?」
流石におばさんからも違う世界の娯楽の事は教えて貰っていません。
ドラ○もんかよ!
しかもそれのぶ代さんじゃねーか!
なんて突っ込みは今のわたしからは出ないのです。
「んじゃこっちに来て」
話しを戻してベッドの方へ連れて行かれます。
あ、コレわたし何も出来ません。
自由自在に思った通り飛べる訳では無くて。本当にただ単に浮いているだけですねコレ。
風船になった気分です。
リザお嬢様にベッドの上に寝かされた所で手を開くと、身体に重力が戻って来ました。
「じゃあ説明しましょうか」
リザお嬢様は説明を始めました。
スカートのポケットから眼鏡と黒板を取り出して…
…え?
「まずは基本の魔法とは何か?から説明します。魔法とは『体内の魔力と大気中の精霊を混ぜ合わせて起こる現象』の事を言います。例えば魔力と火の精霊を混ぜ合わせれば火が付くし。再生を司る精霊となら回復魔法になります。ただし、これは人毎に相性があり火の精霊と相性が良い人は火魔法が使えます。この相性と言うのは全ての生物どころか、無機物にも存在します。焚火に火の精霊が集まって来ると言えば解りやすいですかね?そしてこの相性と合わない精霊は使えません。何故かというと自分に集まっている精霊しか使えないからです。つまり『どんな精霊に好かれているか?』がそのまま『どんな魔法が使えるか?』になります。調べる方法はいくつかありますが、大抵の場合『当りを引くまで試す』のが普通です。自分がどんな魔法が得意か?一つ一つ試して一番効果の高い物を使いましょう。他に手っ取り早い方法で、妖精に見て貰う。と言う物が確実で早いですが、妖精は気まぐれで何処にいるのかも解りませんし、たとえ何処に居るかが解って、そこに行ったとしても悪戯されて身ぐるみ剥がされる事が多いので、あまりお勧めしません。鑑定装置でも今の所調べる事は出来ませんし、国からも『開発してはいけない』と言われています。何故かと言うと危ないからです。もし他人に『私は超希少な錬金魔法が使えて魔力はこれだけあります』みたいな事を知られたら悪い人に誘拐されるかも知れないでしょう?それを防ぐ為です。」
「はい。先生、鑑定装置について質問が有ります。何故魔力量や感情なんかは鑑定出来るんですか?魔力量はともかく感情を知られるのは危なくないんですか?」
リザお嬢様は眼鏡をかけ、何処からか黒板を取り出し光るペンで詳しく説明してくれています。何かノッテいる様ですのでココは乗っかっておきます。
「良~い質問ですね~。その理由は国が気付くのに遅れた為です。魔力量が解る様になった時は利便性が高かった為デメリットに気付かなかった。ですが、感情が解る様になった時『これってヤバいんじゃないの?』と国民から声が上がった。これはいけないと国も思ったけどそれは後の祭りで、すでに販売されていた。という訳です。今現在は『これ以上開発しない様に』と各研究機関に通達しているだけですが、今後は『販売禁止』や『売ってしまった物の回収』等の対応をしよう。と言う流れになっている所です」
なるほど。確かに解りやすいですが、かなり横道に逸れています。
軌道修正しましょう。
「はい。先生は魔力を持っていないと言っていましたが、先程から魔法を使っている様ですし、数種類の魔法を使い分けている様に見えますがそれは何故でしょうか?」
「良~い質問ですね~。それでは魔法陣の説明に入りましょう。魔法陣とは『特定の精霊を集め、特定の効果を引き出すプログラムを入力した設計図』になります。はい。解りにくいですね。要は『魔法陣を使えば誰でもどんな精霊を使う事が出来ますよ~』という事になります。しかし万能ではありません。まず『精霊が集まっても魔力が無いと発動してくれない』という事が1点。そして『好かれていない精霊を無理やり使った場合、コストパフォーマンスが極端に低下する』と言う点。更に『プログラムの複雑化』が上げられます。それを踏まえた上で先程の質問の答えになりますが。私は『魔力が無い』と言う点は『魔力バッテリーで補う』と言うやり方でパスしています。そして『コストパフォーマンスの低下』については無視しています」
「無視?」
「はい。無視です。例えば今私が持っているペン。これは光魔法の魔法陣が使われています。因みに私が好かれている精霊は空間を司る精霊ですので光魔法は使えません」
「それは言っても良かったんですか?」
ついさっき『危ないから人に教えちゃダメ』と言われた気がしたのですが?
「メアリーは私にとって特別な存在なので教えました。この事は秘密ですよ。話を戻しますが光魔法が使える人がこのペンを使うのと私が使うのでは10倍程の魔力消費量に差が出ます。しかし、バッテリー内の総魔力量と比べたら10倍と言っても微々たる物ですので気にしていません。光魔導師より10倍充填回数が多いと言うだけです。そして一番の問題点は『プログラムの複雑化』になります。例えば再生の精霊を使い外傷を直す場合、回復魔導師なら『傷を治して』と言うプログラムを頭の中で考えるだけで勝手に直してくれますが。回復魔導師以外が使うなら『座標をmm単位で指定し、骨、神経、血管、筋繊維、皮膚の細胞の強制分裂』まで指示してあげないといけなくなります。つまりその魔法について相当精通していないと魔法陣は描けないと言うことになります。例外としてこの光るペン…発光ペンと言いますが。これの中に入っている魔法陣は至極単純で『光を発し留める』と言うプログラムしか入っていません。ですので消費魔力も少なくなります。逆に私の得意な空間魔法でも転移魔法等難しい魔法であればプログラムは複雑になりますので立体魔法陣の様な、消費魔力の高い魔法陣を作らなくてはいけません。私が様々な魔法を使えているのは『私が複雑なプログラムを作るのが得意で、魔力バッテリーを使っているから』だと思って下さい」
なるほど。かなり頭が良くないと適切な魔法陣が描けないと…
でしたら…
「この指先にある『ほくろ型魔法陣』みたいに『必要な魔法陣を最初から書いて置く』事は出来ないのですか?」
「そのほくろみたいな魔法陣は『極小魔法陣』と言いますが、良~い質問ですね~。それは『出来る物』と『出来ない物』があります。一番影響を受ける物として座標の指定が『有る』か『無い』かが大きく係わって来ます。座標指定とは『ドコに影響を及ぼすか?』と言うプログラムの事です。つまり、『状況次第でプログラムを変えないといけない魔法は、魔法陣を毎回変えなくてはいけない』と言う事ですね。先程言った回復魔法も『回復魔導師でさえ、ある程度の座標指定をしなくてはいけません』ので固定された魔法陣は使えません。それ以外にも『皮膚だけで良いのか?』『体力は回復させないでも良いのか?』等、状況によって複雑に変わりますので怪我をする前に描かれた魔法陣では対応出来ません。そして指先の『極小魔法陣』ですが、そこに描かれているプログラムは『体内の魔力を放出する』だけです。『座標指定』は書かれている対象から。『時間指定』は常に。『条件指定』は一定量を。等、すでにプログラミングされており『常時発動型魔法陣』として機能させることが出来ます。因みに発光ペンはスイッチを押すと魔法陣がつながる常時発動型魔法陣を使用しています」
「常時発動型?」
「うん、そう」
「…この魔法陣は『今もわたしの魔力を放出している』と言う事でしょうか?」
「うん、そう」
「…わたしの魔力が尽きたらどうなりますか?」
「体内魔力が0になると、まず眠気に襲われて深い眠りに就く。更に魔力を放出するとなると、体力から魔力を無理やり作る事になるから最悪死ぬ」
すぐに極小魔法陣を擦って消そうとしますが…
…………消えません。
「あぁ、特殊なインクを使ってるから擦っても消えないよ」
「どうやったら消えるんですか!?」
命の危機です。結構焦ってます。
「大丈夫だって魔力10万以上あるんだから余裕余裕」
「早く教えて下さい!」
例え本当に余裕があったとしても命の危機にあるのならすぐに消したいのです!
「舐めれば消えるよ」
「舐める?」
思わず聞き返してしまいました。なんでそんな方法で消える様になっているのでしょうか?製作者の頭を疑います。
「そう、舐める。因みにこのペンの開発者は私」
………………もう何も言いません。
「わざわざ消す為の道具が要らないから便利でしょ?身体には無害だし」
「はぁ、指を舐めるのに抵抗があるのですが…」
「さっき浄化魔法を使ったばっかりだから大丈夫」
「…良い笑顔ですね」
有無を言わせない笑顔でわたしを見ます。
仕方なく指先をちょっと舐めると…
「甘い?」
「そう、それバニラ味。他にもはちみつ味とかチョコレート味とか、後キワモノ枠でカレー味とかいくら味とかもあるよ。私のこだわり」
相変わらず良い笑顔ですが。そこにそこまでこだわる必要がありますかね?
わたしの右手にはもう一つ、浮遊魔法の為に描かれた魔法陣が有ります。
これも舐めて消さないといけないのかと思っていると、リザお嬢様が私の右手を引き寄せ、人差し指と中指の間から掌まで舌を這わせてベロッと舐めて魔法陣を消してくれました。
「うん、美味しい」
…まぁ、いいんですけどね。
ガチャ
と、扉が開き、オードリー様が入って来ました。
「おはよう。もう名前は決まったかしら?」
「おはようございます。オードリー様。先程メアリーと名付けて頂いた所です」
「そう、リザが付けたにしては良い名前で良かったわ。それでリザ。今メイドの娘が手首を切られたって噂していたんだけれど、どういう事か知ってる?」
あ。そりゃそうなりますよね。
「お母様、申し訳ありません。私が空間転移の座標固定に失敗してしまいクロエの手首まで範囲内に入れてしまいました。処罰は甘んじてお受けします」
おや?わたしが見た所そのクロエさんがつまみ食いの為に手を伸ばしたタイミングで空間転移したが為、手首を切ってしまっていた様に見えましたが。
「ふ~ん?さっき聞いた限りじゃ『エリザベスお嬢様に「絶対に触らない様に」と釘を刺されていたのにも係わらず。クロエがつまみ食いの為、手を伸ばした瞬間。朝食が転移されました』と言う事だったけど?」
やはりそうでしたか。しかしオードリー様。今、わざとその事を知らない素振りで聞いて来ましたよね?
「何かの見間違いではないでしょうか?今回の失態は私の演算ミスによるものです」
押し切りましたね。
「そぅ?まぁいいわ。学校に行きなさい。メアリーは私が見て上げるから」
学校。勉強する所ですね。
「分かりました。行ってまいります。メアリー、夕方には戻ります」
「はい。行ってらっしゃいませ。リザお嬢様」
言葉使いだけで人は変わる物ですね。リザお嬢様が本物の『お嬢様』に見えます。
「さてメアリー。聞いたと思うけど貴女の身元は私達で預かる事にしたから」
リザお嬢様が扉を閉めた瞬間、そう切り出しました。
「はい」
わたしはそう頷く事しか出来ません。
「結構。では貴女は1カ月前に奴隷商に売られて、3週間前にチャップマン家に買われた可哀想な少女Aだから」
「…はい?」
「そういう事にしておいて頂戴。その方が都合がいいのよ」
えっと…推理小説に出て来るアリバイ造りというヤツでしょうか?
「私の価値観で言えば、貴女は何も悪く有りません。だから警察にも引き渡しません。その為に口裏を合わせなさい。そういう事よ」
無茶を仰いますね。この娘にしてこの母有り。の様な。
「解りました。それでわたしは奴隷として何をすれば宜しいのでしょうか?」
「まずはリハビリね。それから教育。それが終わったらリザの御付きになって貰うわ。問題有るかしら?」
「いいえ、ありません」
端的で解りやすいです。少しですが、オードリー様という人柄が見えた様な気がします。
「ではさっそく始めましょう。確か着替えるのも苦労してたのよね?着替えるのが面倒臭い執事服はやめてジャージに着替えてみましょう」
「ジャージ…ですか?」
執事服はおそらく昨夜持ってこられた服の事でしょう。それは良いのですが…
ジャージとはなんでしょうか?初めて聞きました。
「ハインツ!」
「はい。オードリー様。持ってまいりました」
扉が開き、昨日の魔法使いさん(仮)が入って来ました。先程言っていた執事服とは、今、この魔法使いさん(仮)が着ている服と同じ物だったはずです。という事はこの方は『魔法使い』兼『執事』さんなのでしょうか?
両手には折り畳まれた服が恭しく置かれています。
…どうやって扉を開けたのでしょう?
ハインツと呼ばれたその方は手に持っていた服をベッドに置き、その傍らにあった、私がさっき食べた朝食の食器を持ち部屋から出て行きました。
一連の流れがとてもスムーズでつい見蕩れてしまいました。
「これがジャージね」
オードリー様は置かれた服を1枚取り、広げて見せてくれます。
…ワンピースの丈を短くして長袖にした感じですね。着るのが楽そうです。ベッドの上に残されたもう1枚はおそらくズボンでしょう。
「メアリー。両手を上げて」
言われた通り、両手を上げるとネグリジェを脱がされました。
そして先程のジャージを被せられると、一瞬で着替えが終わりました。
…ですが丈が短いので下着が丸出しです。
「足をこちらに向けて」
従うとズボンをさっと穿かせてくれました。
ウエストが伸び縮みするのでベルトの必要もありません。
これは良い物です。
「これは異世界から伝わったジャージと言う服よ。着替えが簡単で動きやすく、汚れてもすぐに洗えて単価が安い優れもの。これからウチの主力商品になるわ」
「はい。素晴らしい服です。…主力商品?」
「あぁ、言ってなかったわね。ウチの旦那は商人の家系でね。代々道具屋を継いでいるの」
「貴族では無かったのですか?」
「あんなゲス共と一緒にしないで頂戴」
辛辣です。…ゲス共って。
「いいことメアリー。貴族と話す事が有ったら絶対に引いてはダメよ。どんな事をしようとも、私が守ってあげるから。脅してでも言い負かしなさい」
「はぁ。解りました」
争う事を前提で話していますが、一体何があったのでしょうか?
「それじゃあリハビリをする前に確認しておきましょう。どれくらい身体を動かせる?」
「何とか立ち上がれる程度です」
「じゃ立ってみて」
ベッドから立ち上がろうとすると、オードリー様が手を添えて補助してくれました。
そのままヨタヨタと歩いてみます。
「もういいわ。ありがとう」
わたしの身体はヒョイっと持ち上げられベッドに横たえられました。
「それじゃ明日からリハビリを本格的に始めるから、相当辛いから覚悟しておいてね」
「解りました」
「予定としてはリザを守れるだけの体術とマスタークラス程度の魔術師になって貰うつもりだから頑張ってね」
魔術師になって貰う?
「…わたしが魔法使いになるのですか?」
「そうよ。魔力が有って適正の精霊さえ解れば、魔法陣も要らない魔術師になれるからね。おっと、一応説明しておきましょうか。魔法陣を使う魔力を持った人が魔導師。魔法陣を使わずに魔法を放てる人が魔術師。自分の得意な魔法を極めた人がマスターと呼ばれる様になるわ。まぁ魔術師でも魔法陣を使っている人も居るからそこは曖昧なんだけどね」
「魔法陣なしで魔法を使えたら魔術師を名乗っても良い。と言う事でしょうか?」
「そうね。その認識で間違いないわ」
「ではマスターを名乗るにはどの様な条件になるのでしょうか?」
「マスターっていうのは本来魔法を極めた人に贈られる称号なんだけど決められた定義は無いわね。あえて言うなら強くなる事かしら?」
強く…?
「それは魔法の競技か何かで競うとかですか?」
「確かに魔法の大会はあるわ。そういう所で力を認められてマスターの称号を貰う人も居るし他にもいくつかあるけど、別にメアリーが世間に認められるマスターになる必要はないわ。それぐらい強くなって貰えれば十分って事」
「オードリー様に認められるにはどうすれば良いでしょうか?」
オードリー様の目を見つめてそう聞くと、にやりと笑って。
「メアリーは何も考えなくて良いわ。その時になったら私が判断します」
と告げられました。
わたしとしては目標が欲しかったのですが…
と考えているとオードリー様がギュっとわたしを抱き締めてきました。
「強くなりなさい。そしてあの子を守ってあげて」
「…はい」
☆☆☆☆☆
そうしてわたくしはリザお嬢様の御付きになった訳でございます。
「…………」
「…………」
「エグいわ!!」
「何の事でございましょうか?」
「全部だよ!全体的になんて言うかこう…グロいんだよ!!手首のクダリとかあれ要る!?要らないよね!?カットで良いよね!!?」
…はぁ。
「リザお嬢様」
「な…なに?そんな真面目な顔して?」
「何故そんなにテンションが高いのですか?」
「うっさいわ!!」
いえ。真面目な話し、このハイテンションは何らかの病気ではないのかと疑っているのですが…世の中には体内でアルコールを製造出来る方も居られると聞きます。
その類の病気の恐れがあるのですが…
「あとこの書き方は頂けないわ。『わたし』と『わたくし』で年代が切り替わっている事を教えているんでしょうけど、これはぜんぶ『わたし』でいいと思うの。大体この終わり方じゃ続きが気になるでしょう。一体どうやってマスタークラスに匹敵するまで強くなれたの?みたいな。そう言った修行…そう!修行編を書きなさい!それで読者を虜にするのよ!!」
「売る気ですか?」
「いいこと?メアリー。私達が今まで旅をしてきたのは冒険譚を書く為なのよ」
「今考えましたよね?」
「『異世界人交渉編』や『魔族衝突編』『M-1大会編』なんかはきっとハラハラドキドキ間違いなしよ!これは売れるわ!!」
「M-1大会に出場はしていませんよね?」
「大丈夫よ!取材してた記者に資料を売って貰えばどうとでもなるわ!ふっふっふっふっふっふ。これは忙しくなってきやがった」
「わたしが死ぬまで面には出さないと言う話はどうなったのでしょうか?」
「ん?何の事?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
リザお嬢様の我侭はいつもの事ですから、もう慣れております。
「今日はもう遅いわ。明日からバリバリ書きなさい」
「リザお嬢様はもう書かないのですか?」
「そうね…気が向いたら書くわ」
あぁ、これは書きませんね。
「それじゃまた明日ね。おやすみなさい。メアリー」
「おやすみなさいませ。リザお嬢様」