メアリー 001
「はぁ…何故わたくしが手記を書かなくてはならないのでしょうか?」
第一声はそれでございました。
申し遅れました。わたくしメアリーと申します。以後お見知りおきを。
自室にてベッドに座り本を読んでいた所、勢い良く扉が開き、リザお嬢様が入って来て
「メアリー!手記を書きなさい!!」
と、いきなり言われた所でございます。
「貴女はいつ死ぬか分からない生き方をしているでしょ?貴女の事を世の中に知って欲しいのよ」
「リザお嬢様がわたくしを連れ回す事が無くなれば、わたくしが死ぬ恐れは格段に下がる事は解っておいででしょうか?それにわたくしは世間の晒し者になりたくはございません」
「大丈夫。手記を発表するのはメアリーが死んだ後にするから」
「わたくしが先に死ぬ事はリザお嬢様の中では確定なのですね?」
「もし私が死にそうになったらメアリーは命がけで守ってくれるでしょう?」
「それはどうでしょうか?最後の最後に裏切る可能性は否定出来ませんが…」
「またまた~信じてるよマイメアリー」
そう言いながら抱き付いて来るリザお嬢様。
「リザお嬢様。ウゾうございます」
「ウザいの謙譲語ってウゾうなの!?」
「わたくしの言葉使いは正しくは謙譲語ではございません」
「…じゃあ何なの?」
「『副音声で小馬鹿にしたクソ丁寧な言葉』でございます」
「長!そして謙譲語の意味!!」
何故この方はいつもこんなにテンションが高いのでしょうか?まったく理解不能な生物でございます。
「この前は私が手記を書いたでしょ?だから次はメアリーの番」
「申し訳ありませんが意味が存じかねます」
「私の我侭が聞けないとは何事か~!」
先程抱き付かれた格好から更に布団に押し倒されてしまいました。
「私の言う事が聞けないのならばエロい事を強制します…いや!調教します!」
「リザお嬢様ごときにわたくしを調教出来るとお思いで?」
「試してみる?」
「…………」
「…………」
「はぁ…承知致しました。手記を書けば宜しいのでございましょう?」
何か本気な感じがしましたので折れましたが…
「え~もうちょっとチチクリ合おうよ~」
等とほざいておられます。いや、貴女。わたくしがもう少し折れるのが遅かったら間違いなく調教とやらを始めていたでしょう?
「それで具体的には何を書かせて頂ければ宜しいのでしょうか?」
「無視かよ!!いやまぁ何でも良いんだけどね。あえて言うなら私との思い出なんか書いてくれると嬉しいな~」
身体をクネクネさせながら…
「リザお嬢様。キモうございます」
「新しい言葉を造るな!」
「ではお嬢様との出会いを書かせて頂きましょう」
「メアリーって突っ込みに対しては基本スルーだよね。広げよ?もう少し話題を広げよ?」
あれは10才ぐらいの頃でしたでしょうか…
「始めんなよ!!」
☆☆☆☆☆
あれは10才ぐらいの頃でしたでしょうか…
わたしはボロ布を来て路地を彷徨っていました。貧民街、スラムと呼ばれる所で生まれたわたしには一応親がいました。母親はわたしが生まれてすぐに蒸発したそうです。父親は育てる気が無かった様で隣のおばさんに育てられました。
おばさんは人格者である程度の読み書きと目上の人への話し方や計算を教えてくれました。食べ物も自分の食事を分けてくれました。
血縁上の親である父親の顔を立てて寝る時は本当の家に帰って寝ていましたが、普段はおばさんの家で学問だけでなくこの世界の生き方を学んでいました。それは貧乏ながらにとても充実した日々でした。あの日までは…
わたしは父親に犯されました。
わたしには力が有りませんでした。この世界では弱い生き物は何をされても抵抗出来ない。確か弱肉強食。そう習いました。こうなっても仕方がない。そう思いました。
「オナホには丁度良い」
父親が何か言っていましたが、わたしにはよく解りませんでした。
「ちょっとあんた!何やってんのよ!!」
事が終わった後おばさんが入って来ました。わたしは父親に乗られている最中、声なんて全く出していませんでした…ですが壁の薄い貧民街の家。なんとなく怪しい気配を感じ取ったおばさんがウチの扉を開けて…わたしの汚れた姿を見て…そう叫びました。
「うるせぇ!!オレのガキをどう扱おうがオレの自由だろうが!!」
父親とおばさんの間で何か言い争いが有ったと思います。わたしは虚ろな目でその様子を見ていました。普段ならおばさんに「お父さんとケンカしないで」とか「わたしは大丈夫だよ」とか…「助けて」とか言っていたと思います。ですがわたしはその時その瞬間は何も考えられませんでした。嫌な事は何も考えたくありませんでした。
明日になれば全て忘れていつも通りおばさんの家に行って、いつも通り色んな事を学ばせて貰おう。
そんな事を考えていました。
現実から逃げる事に必死でした。
ですが逃げる事は許されませんでした。
目の前でおばさんが殺されてしまいましたので。
父親に。
近くにあったナイフで首を切られて。
倒れたおばさんと目が会いました。
何かを言おうとしている様でした。
深く首を切られていた為か声は出ず、ヒューヒューと風が抜ける音だけが聞こえました。
大量の血液が流れ出ていました。
「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
わたしは叫びました。
大好きなおばさんが殺された事。もう生きる事を学べない事。唯一の現実が無くなった事。色んな物がゴチャ混ぜに頭の中に入って来て。何が何だか解らなくなって。
気が付けば父親が死んでいました。
倒れた父親を見るとおばさんと同じ様に首を切られていました。何で死んでいるのか解らずその場から立ち去りました。外をふらふら歩いていると自分が裸で歩いている事に気が付きました。
『何か着ないと』
と思ってふと自分の身体を見ると何故か手に血の付いたナイフを持っていました。
『?』
良く解らないのでナイフを捨てて、そこら辺に落ちていたボロ布を身体に巻き付け、行く宛ても無く歩きました。
空が白み始めた頃わたしは大通りの真ん中で力尽きました。食べ物は必要最低限も食べていないのに、睡眠も摂らず夜通し歩いていればそうなります。
『疲れた』
指一本動きません。
目を瞑っていると遠くでカラカラと獣車が引かれる音が聞こえて来ました。それが少しずつ近付いて来るように…
『このまま倒れてたら楽に死ねるかな?』
なんて思って薄く目を開けると大きな白虎が見えました。
…あんな大きな生き物初めて見ました。
コーチも綺麗な装飾が施されており、一目でお金持ちの獣車だと解りました。中に乗っている人はきっと貴族と呼ばれる人種でしょう。
貴族は平民をゴミだと思っていると習いました。ここで倒れていても気にせずに踏み潰されるでしょう。
…と、そう思っていましたが獣車はわたしを轢く前に止まりました。
『こんな汚いスラムの子供なんか気にしなくてもいいのに…』
コーチから大人の男が降りて来ました。その後を追うように8才くらいの綺麗な女の子も?
男は何か四角い箱の様な道具をわたしに向けています。
「リザ、見てごらん魔力数値は0だ。諦めなさい」
「お父様。魔力数値が0になる事はあり得ません。どの様な人間であろうと魔力は存在します。私は魔法が全く使えませんが魔力数値は2です。0という事はそのカウンターでは測れない程高い魔力を持ち合わせていると言う事になります」
「まさか!?これで測れる最大数値は99999だ!それが本当なら10万以上の魔力量と言う事になる。マスタークラス以上じゃないか!?」
魔力量…あの箱は魔力量を量る道具なのでしょうか?それでわたしを量った所凄い数値になった?そんな都合の良い奇跡があるでしょうか?もし魔力量が0.1とかだったらコンマ以下は切り捨てられて0と表示されるのではないのでしょうか?
「お父様、この子を買って下さい」
「いやしかし、この子にも家族がいるのではないのかね?ましてやこの風貌を見る限りスラムの子供だろう?手に血が付いているし何か事件を起こしているんじゃないのか?リザに危険が及ぶかもしれないよ?」
「家族がいるのであれば私が交渉します。スラム出であればお金で解決出来るでしょう。もし襲われたとして私に傷一つ付けられるとでも?」
なんでしょうか?この自信満々な子供は?
これだけ高飛車な事を言うとなるとやはり貴族なのでしょう。気まぐれや暇つぶしで助けられようとしているのかもしれません。
「しかしだね…」
「私の誕生日プレゼントはこの子でお願いします」
キッパリとそう告げると、諦めたようにその子の父親はわたしを抱きかかえて、獣車へ運び入れました。
獣車の中は暖かく一人の美しい女性が座っていました。
「リチャード、何その汚い子供は?」
…辛辣です。
確かに汚れて。汚されていますが、貴族と言う物はやはりおばさんの言っていた通り人間の出来損ないなのでしょうか。
「オードリー。もう少しオブラートに包んではどうかね?」
「お母様は間違った事は言っていません」
後から入って来たリザと呼ばれていた女の子がオードリーと呼ばれた母親と思しき方の言葉を擁護します。
獣車のコーチ内は4人乗りでわたしは前の座席に横に寝かされ、父親は母親の隣に腰掛けます。
わたしが横になっているせいで2人分の席を埋めているのですがリザと言う女の子は気にせず、わたしの頭を持ち上げて席に座り膝枕してくれました。
「わたしの名前はエリザベス・チャップマン。これから宜しくね、メアリー」
「…………」
何か答えようとしましたが喉が枯れて何も話せませんでした。
そのままわたしは気絶する様に眠りにつきました。
……メアリー?
☆☆☆☆☆
夢を見ました。
素敵な夢を。
おばさんが膝枕をしてくれていました。
「おばさん?」
「おはよう姫ちゃん」
いつもの薄暗いスラムのおばさんの家
おばさんは死んでしまっているのは解っています。という事は…
「わたし死んだの?」
「いいや。死んでいないよ。ちょっと眠っているだけさね」
「そっか…」
「姫ちゃんは今疲れているみたいだからね。ゆっくり休みな」
「うん」
そのまま深い眠りに就きました。
☆☆☆☆☆
目を覚ますとふっかふかのベッドの上でした。
『何処?』
あたりを見渡すと枕元に淡く光る水晶があったのでそれを手に持ち、部屋を見渡すと見た事も無い豪華な調度品が所狭しと並べてあります。
窓の外を見ると暗く今は夜なのだと解りました。
コンコン
とわたしが目覚めるのを待っていたかの様にノックがされました。
「入っても宜しいでしょうか?」
「…………」
男の人の声が聞こえました。
どう反応して良いのか解らずに黙っていると、ガチャっと扉が開きました。
「勝手に扉を開けてしまい申し訳ありません。扉越しにじっと此方を見ている気配がしましたので」
黒い服を着た白髪のおじいさんが入って来ました
扉越しにわたしの動きが解るなんて…魔法使いでしょうか?
わたしは見た事がありませんが魔法使いと言う何でも出来る人がいるとおばさんに聞きました。
「お着替えをお持ち致しました。着替え終わりましたら一声お掛け下さい」
そう言ってベッドに着替えを置くとその魔法使い(仮)さんは部屋を出て行きました。
自分の姿を見てみると綺麗なひらひらスケスケ、黒のネグリジェを着させられていました。わたしなんかが着たら服が汚れると思いましたが身体かサラサラしているのに気が付きました。普段のベタ着いた肌ではありません。髪も脂で固まっておらず、1本1本サラサラです。お風呂にでも入れられたのでしょうか?
改めて自分の身体を確認すると擦り傷等が直っていました。どころか、昔転んで跡になっていた膝の傷跡まで綺麗に無くなっていました。
そして一番の変化は太っているという事でしょうか。更にお腹も空いていません。
『なんで?』
いえ、太っていると言うよりは痩せていないと言うのが正しいでしょう。スラムでは痩せていない人はいませんでしたし、常にお腹が空いていましたのでそれが普通だと思っていましたが。聞いた話では一般的な平民の人でも腰回りが100cmを超える人が居ると聞きました。
おばさんは『あたしの3倍ぐらいだね』と笑っていましたが普通の暮らしとはそれ程裕福なのでしょうか?
取り敢えず言われた通り服を着替えようとしますが…
『???』
どうやって着るのでしょうか?
いくらなんでも『スラムの人間は服を着ていない』なんて事はありません。
確かに先程はボロ布を身体に巻いていただけですが、普段はちゃんとした服を…
まぁ、わたしはほとんどワンピースしか着ていませんでしたが、それを着ていました。しかし今渡された服はズボンにシャツ、ジャケット…
それは解ります。それ以外に…
『…紐?』
勘違いしないで下さい。
下着の事ではありません。
ただ用途不明の紐や金具が数多くあったので何処に取り付けるのかがよく解りませんでした。
どうしようか考えていると。
コンコン
「失礼します」
と今度は女の人が一礼して入って来ました。
「着替えのお手伝いをさせて頂きます」
ありがたい。
本気でどうにもならない状況だったので凄く助かります。
ベッドから降りて立ち上がろうとすると…
…ペタ。
と絨毯に座ってしまいました。
『あれ?』
…身体が重い?
力が入らないとかでは無く、身体全体が重くなった様に感じます。
そう言えばさっき確認した時太っていた事に気が付きました。おそらくそれが原因でしょう。元々筋肉もあまり付いていませんでしたので今の体重を支える事が出来ないだと思います。
「!…大丈夫ですか?」
あわてて女の人が駆け寄りわたしの身体をベッドに座らせてくれました。
「この間より体重が増えた様ですが、まだ軽いですね。無理はなさらない様気を付けて下さい」
『この間?軽い?』
何か…変なニュアンスが…
「これでは着替えるのも儘なりませんね。オードリー様をお呼びいたします」
そう言って置いてあった服を持って部屋を出て行きました。
オードリー様…確かお母様と呼ばれていたちょっと怖い女の人ですね。わたしはどうなるのでしょうか?どうして此処に連れて来られたのかもよく解っていないし、何故こんな格好で寝ていたのかも解りません。
色々考えていると扉が開きました。
「目が覚めた?」
開口一番そう聞かれました。
「…………」
わたしがどう答えた物か考えていると。
「今の質問は確かにおかしかったわね。私は起きているのを確認している訳だから、目が覚めているのは当然の事。ごめんなさいね」
…この人は一体どういう人なんでしょう?今まで会った事の無いタイプの人だというのは解るのですが、その為、何がきっかけで怒られるかが解りません。
「私の名前はオードリー・チャップマン。一応獣車の中で会っているけど覚えてる?」
「…はい」
かすれた声で頷くと。
「良かった。ちゃんと話せるわね」
笑顔でそう返してくれました。
そういえばこの部屋…いや、おばさんが殺されて叫んでから一言も声を出していなかった事に気が付きました。
最初に『目が覚めた?』と聞いて来たのも、わたしが話せないかもしれないと思っての質問だったのかもしれません。
「貴女名前は?」
「…父親からはクソガキ、おばさんからは姫ちゃんって呼ばれていました」
そう言えばなんでおばさんはわたしの事を『姫ちゃん』って呼んでたんでしょう?
「そう。取り敢えず私は貴女の事を『貴女』と呼ばせて貰うわね?」
「はい」
「多分混乱していると思うからまずは貴女の事を聞かせてくれる?自分の事を思い出せば落ち着くと思うから」
「…自分の事?」
「そう。どこで生まれて、どうやって育って、こういう事が有って、その時どう思ったのか。一つ一つ教えてくれる?」
「わたしは…
全て話しました。
スラムで生まれて、物心付いた時にはおばさんに育てられてて、母親はいなくて、父親はいつも暴力を振っていて、おばさんに色々教えて貰って、どう感じて、どう思ったのか…そして…実の父親に犯された事、大好きなおばさんが殺された事、訳が解らなくなって転がっていたナイフで父親を刺して殺した事、その場から逃げ出してもう死んだ方が楽になれると思った事。
お人形の様な綺麗な女の子が現れた事…
全て話しました。
話し終えると。
「そう、辛かったわね」
そう言ってオードリーさんはわたしを抱きしめました。
そういえばおばさんにもよく、こうして抱きしめて貰っていました。
『辛い…?』
辛いとは何のことでしょうか?辛いという言葉の意味が解りませんでした…ですが、何故か涙が出てきて…
「うぅ……ぅうああぁぁぁぁ!」
わたしは縋り付く様にオードリーさんを抱きしめていました。
☆☆☆☆☆
目を開けるとそこにおばさんがいました。
「あれ?」
「大丈夫。姫ちゃんは夢を見ているだけだよ」
どうやらわたしはオードリーさんにしがみ付いたまま眠ってしまった様です。
しかし…夢?
「ねぇ、おばさんはどうしてわたしの事を『姫ちゃん』って呼ぶの?」
そう聞くとおばさんはにっこり笑って。
「姫ちゃんの前世はお姫様だったんだよ。だから姫ちゃん」
「お姫様?わたしが?」
想像つきません。
「あぁそうさ。それが分かったらこれからはお転婆を直してもう少しお淑やかにならなきゃね」
「えぇ~、ヤダよ~」
ケタケタと笑ってから聞きました。
「またココに来ても良い?」
「何言ってんだい。今までそんなこと聞かずに毎日来てたじゃないか。遠慮せずいつでも来な」
「うん、分かった」
おばさんをギュっと抱きしめて目を瞑ります。
☆☆☆☆☆
…いつの間にか眠っていました。
先程の部屋、周りには誰も居ません。窓から光が差し込んで来ます。影の高さからおそらく朝だという事が解ります。いくらなんでも夕方という事は無いでしょう。
身体を起こします。
『やっぱり重い』
おばさんに聞いたダイエットと言う物が必要かもしれません。話を聞いた時は『なんでわざわざ痩せる事に努力が必要なんだろう?』と思っていましたが太るという事はこんなにも重労働なのだと知りました。『聞いて、見て、考えて、行動して、成す』おばさんに習った言葉です。わたしが出来ているのはおばさんから『聞く』しか出来ていません。太る事がこんなに大変だと『成って』知りました。まだまだです。おばさんの様に経験豊富な人間に成らないといけません。
コンコン
「起きてる?」
お人形の様な女の子が部屋に入って来ました。確か名前は…
「お早うございます。エリザベス…様」
昨夜、着替えを手伝ってくれようとしていた女の人がオードリーさんの事を『オードリー様』と呼んでいました。
他人を様付けで呼んだのは初めてだったのでちょっとドモってしまいましたがこのお屋敷…主人とその家族には『様』と付けていた方が良いでしょう。
わたしは今この家族に生きさせられているのですから…
「そんなかしこまらなくても良いよ。私の事はリザって呼んでメアリー」
そう言いながらベッドに上がって来ました。
「いえ、そんな訳には…メアリー?」
そう言えばわたしが気絶する直前にもそう呼んでいた様な?
「そう、貴女の名前よ。お母様から聞いたわ。貴女名前がないのでしょう?だから私が貴女に名前を上げるわ。貴女は今日からメアリーよ!」
「はぁ…わたしに名前が無いと知る前からメアリーと呼んでいませんでしたか?」
「細かい事は気にしてはダメよ!前を見て歩きなさい!」
「言っている意味が…」
「そうだメアリー!貴女今の状況は解ってる?」
なんでしょう?このハイテンションは?新しいオモチャでも貰った子供の様な…
あぁ、なるほど。わたしがそのオモチャという事ですね。名前を付けられて、彼女の遊び相手をしなければいけないと。
「なんとなく…
「いいえメアリー!貴女はちっとも自分の立場を解って無いわ!」
喰い気味で否定されました。
「と言うと?」
「貴女は今、殺人事件の重要参考人として指名手配されているのよ!」
「えぇっ!!」
いやいや『えぇっ!!』ってわざとらしい。わたしは父親を殺しました。ですから遅かれ早かれこうなる事は解っていました。それをこんな…ご機嫌取りにも程があります。
わたしには演技力という物は皆無だと解りました。今後は演技等しない様にしましょう。
「ふふん…そうでしょう?ビックリしたでしょう?」
…ばれてない?
「だけど安心して私とお母様が貴女をガッチリ守ってあげるから!」
「え?」
守る?殺人事件の犯人を?
「あの…
「おぉっとメアリー!何も言わないで!」
掌をこちらに向けて言葉を遮ります。
「はぁ…」
「貴女のやった事は許されない事、だけどよくよく聞いてみれば聞くも涙。語るも涙の悲しい事情じゃない!?こんなこと、汚職警察なんかに、ましてや腐った法律なんかに裁かせるもんですか!!まぁ一旦警察に引き渡した後にお金で解決も出来るんだけど手続きが面倒なのと万が一って事があるからね…後ついでにお金がもったいないってのもちょっとだけ…ほんのちょっとだけあるかな…」
最後が一番の理由に聞こえたのは気のせいでしょうか?
「おっとメアリー、私の言う事は嘘と解っても信じなさい!私を信じる人は救われるのよ!!」
「どこかの神様みたいですね」
「その突っ込みは良いけれども、敬語はやめなさい」
「そういう訳にはいきません」
エリザベス様が良くても周囲の人間が許してくれないでしょう。貴族にタメ口…処刑されます。一度は捨てた命ですがせっかく拾って貰ったのです。
死ぬならせめてもう少しだけこの方の役に立ってから逝こうと思います。
「む~、ちなみに私を呼ぶ時はなんて呼ぶつもり?」
「エリザベス様と」
「ダメよ!絶対にダメ!!メアリーは特別なの!そんな他の皆と一緒の呼び方なんかしちゃダメ!リザって呼んで」
特別?わたしはただの気まぐれで助けられただけなのでは?
「では…『リザお嬢様』とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「ん~…………仕方ない!確かに『リザ』はお父様とお母様が私を呼んでるのと同じになるし『リザお嬢様』だったら誰も呼んでないからね。いいわ!改めてよろしくねメアリー!」
言いながらリザお嬢様が手を差し伸べます。その小さな手を握って。
「こちらこそ宜しくお願い致します。リザお嬢様」
優しく微笑みかけます。
と、ここで疑問が…?
「ところで何故わたしが殺人を犯したと知っているのですか?」
夜中に父親を殺して、明け方リザお嬢様と出会い、夜オードリー様と話をして、朝(現在)リザお嬢様と話をしている。
つまり事件が起こってからまだ1日半しか経っていない筈です。
ほぼ毎日の様に殺人が起こっていて、その事が放置されている。それがスラムの日常なのに、犯人がすぐに特定出来るものでしょうか?
まさか普段仕事をしない警察が、いきなり正義感に目覚めて。事件解決に必死になっている訳でもないでしょう。
「やっぱり解っていなかったわね、それじゃ説明してあげる。そうね…最初から話した方が解りやすいかな?