第6話
「簡単な話さ。今のところこの戦争を終わらせる事が出来る人物はウラジーミル・プーチンしか見当たらない。その唯一の人間が排除されたらどうなる?待っているのは混乱だ。ロシアは退くに退けなくなり、ウクライナは最も重要な交渉相手を失う。そうなれば戦争は泥沼化する可能性が高い。だからもしCIAがプーチン暗殺を画策しているとすれば、それは最悪の一手になる。もしこのタイミングでプーチンが暗殺されれば、1914年のサラエボ事件の再現になるだろう。」
「・・・世界大戦の引き金になるという事ですか?」
「恐るべき事態だ。しかしそうなっても不思議ではない。」
ウィリアムにとって、この戦争が世界大戦に繋がりかねないなどという発想は全く無かった。
今や彼の「常識」は崩れ始めている。
「そんな・・・悲劇を防ぐ方法は無いのでしょうか?」
「軍人視点で言わせて貰えば、何よりも大切なのは戦局を拡大させない事だ。今はまだ戦闘がウクライナ国内に留まっており、辛うじて地域紛争の範疇に収まっている。次にロシアとウクライナの戦力を冷静に比較すれば、他国から直接的な軍事支援を受けない限り、ウクライナの勝利は万に一つもあり得ない。だが現実問題として、ウクライナへの援軍派遣を決断した国は世界に一つも存在しない。世界の警察官を自認するアメリカ合衆国でさえ、ウクライナへの武器輸出は行っても、直接的な軍事支援の可能性については明確に否定している。」
「それではロシアが勝利した方が良いとおっしゃるのですか!?」
「その通り。ロシアの勝利が動かない以上、ロシアの勝利で戦争を早期終結させる事。これが世界大戦を起こさせないための最適解となる。」
【サラエボ事件】
1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるオーストリア大公フランツ・フェルディナントと妻のゾフィー・ホテクがセルビア王国のサラエボを訪問中、ボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された事件。
この事件をきっかけに、第一次世界大戦が勃発した。