第3話
「果たしてそうかな?」
校長は立ち上がり、窓際に置いてあった大きな地球儀をローテーブルの上に置くと、地球儀の一点を指差す。
「ここがウクライナだ、君はこれを見て何か感じないか?」
「何か・・・ですか?」
校長の質問の意図が分からないウィリアムは返答に窮してしまう。
「何でも構わないから、思い付いた事を言ってごらん。」
しばらく地球儀を見つめたウィリアムは率直な感想を述べる。
「ロシア以外の周辺国に比べて、随分面積が広いですね。」
「悪くない指摘だ。」
そう言うと校長は自分の指を少しずつ北東方向に動かしていく。
「良く見たまえ、広大なウクライナの領土はロシアの中枢部にこんなにも深く食い込んでいる。」
校長の指はウクライナの領土を超えてロシア領に入っていく。
「ほら、ここがもうモスクワだ。」
「確かに・・・でもそれの何が問題なのですか?」
「最大の問題は地政学的に見たウクライナとロシアの位置関係にある。ロシアにとって、ウクライナは単なる隣国ではない。自国の安全保障を左右する存在なのだ。」
「どういう事でしょう?」
「ウクライナとの国境からモスクワまで最も近い地点だと450kmしか離れていない。もしここにNATOがミサイル基地を置いたらどうなる?」
「それはロシアとすれば脅威でしょうね。」
「ああ、飛び切りの脅威だ。ここから核ミサイルを発射すればモスクワに着弾するまで僅か数分しかかからない。もっと分かりやすく言えば、ニューヨークとワシントンの距離がおよそ360kmといったところだが、もしロシアがニューヨークにミサイル基地を置こうとしたらアメリカ政府やアメリカ国民はどう反応すると思う?」
「もちろん大騒ぎになります。何としても止めようとするはずです。」
「そうだ。アメリカは軍事力を行使してもミサイル基地を撤去させる。これは確実にそうなる。そして今、ウクライナが行おうとしているNATO加盟というのは、正にそういう行為だ。」
「つまり校長先生は、戦争の原因はウクライナにあると言いたいのですか?」
「ウィリアム、私は特にロシアの肩を持つつもりはない。私が指摘しているのは、これは『避けられた戦争』だったという事実だ。」