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第12話

「君はヘーゲルを読んだ事があるかね?」


「いいえ、名前を聞いた事があるという程度です。」


校長にとって、その答えは十分予想されたものだった。


「高校生の君がヘーゲルの名前を知っているだけでも大したものだ。ヘーゲルは18世紀後半から19世紀にかけて活躍したドイツの哲学者だ。彼の最大の学問的業績は、何と言っても近代的弁証法を確立した点にある・・・ところで君は『弁証法(べんしょうほう)』という言葉に聞き覚えはあるかね?」


「初耳です。」


「そうか・・・弁証法には『正・反・合』という考え方がある。例えばロシアとウクライナの戦争についてマスコミの論調を『正』とすれば、私が今言った事が『反』にあたる。両者の意見は完全に対立しており、一見、どちらかを勝利者にする以外に解決方法が無いように見える。それを超越(ちょうえつ)するのが弁証法という考え方だ。」


「そんな事が可能なのですか?」


「例えば『ロシアとウクライナのどちらが勝利するかという問題は、それほど重要ではない。大事なのはロシア発の世界大戦を起こさせない事だ』という考え方は、弁証法として成り立つ。」


「!」


「これは弁証法の一例に過ぎないが、AとBの対立軸を一段上の認識から見る事で、Cという新たな解決策、あるいは価値観を提示している。今の例で言えば『単純な勝敗よりも、もっと大事なものがある』という価値観だね。」


ウィリアムは10秒近く沈思黙考(ちんしもっこう)した末に、自らの考えを述べる。


「・・・つまり神様から見たらどう見えるかを考える、という事でしょうか?」


ウィリアムの答えを聞いた校長は、驚いたように目を見開く。


「君は大したものだな、ウィリアム。今まで言った通り、一方的な悪とされているロシアにも正義が存在する。一方で国を護ろうとするウクライナ人の気概は尊い。解決法を見出すには、俯瞰(ふかん)的な視点で物事を見る事が必要だ。君が言った『神様の視点』というのが()()()それだよ。」


初めて校長に称賛(しょうさん)されたウィリアムは、照れくさそうな笑顔で礼を述べる。


「ありがとうございます、校長先生。」

【正・反・合】


ドイツ観念論の哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテが著書「全知識学の基礎」にて用いた哲学的概念であり、以下の3つの命題で構成される。


正 (せい) ⇒ These (テーゼ)

反 (はん) ⇒ Antithese (アンチテーゼ)

合 (ごう) ⇒ Synthese (ジンテーゼ)


また「正・反・合」は略称で、正式には「定立・反定立・統合」である。


ヘーゲルの思想では、対立する命題である「正」と「反」は「止揚」という過程を経て「合」に至る。


止揚 (しよう) ⇒ Aufheben (アウフヘーベン)


「止揚」とは対立する命題を、より高い次元へと引き上げる事で、発展的に統一する事を意味している。


そして発展的に統一された命題が「合」である。


後年になって、ヘーゲルの弁証法を説明する際に使われた事から、「正・反・合」をヘーゲルが用いた表現と誤解されがちだが、ヘーゲル自身はフィヒテの思想に批判的であり、実際には「正・反・合」という言葉を使用していない。


ヘーゲルは「正・反・合」の代わりに別の表現を使っているのだが、「正・反・合」という表現の方が一般には分かりやすいため、本作でもあえてフィヒテの用語を借用して、ヘーゲルの思想を説明している点に注意されたい。

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