第11話
「更に言うとすれば、私はNATOの存在意義そのものに疑問を感じている。」
「どういう事でしょうか?」
「ソビエト連邦の崩壊から既に30年、かつてNATOと対峙していたワルシャワ条約機構は存在しない。鉄のカーテンもヨーロッパ正面という概念も消え失せた状況で、何故NATOが必要なのか?必要無いではないか!」
校長は今にも机を叩かんばかりの口調である。
「にもかかわらずNATOだけが残っている。それどころか加盟国は拡大している。これはロシアにとって実に腹立たしい事態であり、彼らはNATOをロシアを滅ぼすための組織とみなしている。そう考えるのは当然だろう。ロシアにとって冷戦は終わっていないのだ。」
校長との対話はウィリアムにとって新鮮な発見に満ちており、全く飽きる事が無かった。
濃密な時間はあっという間に過ぎ、スクールバスの最終便の発車時刻が迫っている事に気が付いたウィリアムは、後ろ髪を引かれる思いで、話を切り上げる事にする。
「校長先生、今日は貴重な話を聞かせて頂いて、本当にありがとうございました。自分が何をすべきか、もう一度じっくり考えてみます。」
「ウィリアム、行動する事は実に大切だ。だがその前に、正しく知り、正しい判断をする事が必要なんだ。複眼視点を持たなければ、マスコミの誘導に易々と乗ってしまうぞ。」
「複眼視点?」
「複眼視点とは簡単に言えば、『相手からはどのように見えるか』を考える事だ。西側諸国からは諸悪の根源のように見えるプーチン大統領がロシア国民からはどう見えるか?ロシアが国際社会からの批判を覚悟の上でウクライナ侵攻を決断しなければいけない事情とは何なのか?相手の考えや立場、事情を考える事で、初めて感情に左右されない冷静な判断が可能になる。」
「考えれば考える程、悩みそうです。」
ウィリアムの素直な感想を聞いた校長は笑顔を見せる。
「大いに悩みたまえ、大人になれば悩んでばかりもいられなくなる。悩めるのも若者の特権だよ。」
そして校長は、ふと思い出したように質問する。
「そういえば君は、ヘーゲルを読んだ事があるかね?」
【ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル】
「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」に代表される、イマヌエル・カントの哲学を受け継ぎつつ、さらに古代ギリシア哲学をも包含した独自の思想に昇華させる事でドイツ観念論哲学を完成させた思想家・哲学者。
彼の学問的業績は多岐にわたっており、後世の知識人に多大な影響を与えた。




