愛願の宿鳥
一羽の小鳥が生まれました。
お父さん鳥とお母さん鳥は大喜びです。
可愛い可愛い我が子を大切に育て上げます。
餌はぷりぷりに太ったミミズ。巣は樫の木のうろの中に作り、そこに沢山のピカピカ光るものを装飾します。
小鳥は小鳥でそれを知ってか知らずか、親鳥たちに毎日甘えて泣きじゃくります。
餌、餌、子守、あやし、餌、餌、寝かしつけ、外敵退治、餌、餌、餌。
小鳥は生まれてから毎日毎日せわしない育児が二羽の親鳥を襲います。
せっせかせっせか汗水垂らして子供のために尽くす親鳥。
ぶくぶくぶくぶく太って大きくなる小鳥。
こうして数ヶ月が経つとあっという間に飛ぶ練習を始める時期になってきました。雪も降らない、太陽もギラつかない、ちょうど良い季節。
小鳥に空を飛ぶことを教えるために親鳥たちは手取り足取り翼取りでスパルタに教えます。
けれども、今まで甘えっぱなしの小鳥ちゃん。
これも親鳥たちがどうにかしてくれると我関せずといった具合に巣に引きこもります。
親鳥たちが呼びかけても、嘴でつついても出てくる気配はありません。
小鳥は親鳥の気持ちを考えず、寧ろその声を五月蠅いと罵るように睨むのです。
困り果てる親鳥。
それを尻目にひたすら眠る小鳥。
しんしんと雪は降り、寒さが積もる。
そして、小鳥は一度も飛ぶことなく冬を迎えるのでした。
小鳥を飛ばすために手を尽くしていた親鳥たち。この季節のために貯蓄すべきなことを忘れてた。
けれども小鳥は数ヶ月前の倍のペースで餌を食べるものだから僅かにあった食べ物も底をつき、このままでは飢えに殺されてしまう。
仕方ないから父鳥が吹雪の中を懸命に毎日餌になりそうなものを探して彷徨くけれど、ミノムシをとってくるので精一杯。
どころか3日たったある日、吹雪の晩に父鳥は餌を探しに行ったまま巣に帰ってこなくなってしまったとさ。
悲しみに泣く母鳥、飢えて泣く小鳥。
巣の中は涙でいっぱい、吹き付ける風が涙すら凍らす。寒さの中を残された二羽は自身の羽を食べながら過ごしました。
地獄のような冬を抜けて、やっと春先。
雪解けの大河が野に流れ、雪の下から黄色い花がぽつりぽつりと。緑の草が生き生きと伸びる。
とうとう春が来て、餌を探せると母鳥は必死に自分の分の餌を食べに行きました。
久々のごはん。顔を出した虫たちが飢えた腹を幸せに満たします。
人間よりも本能的な鳥。子供のことなんて忘れて自分の飢えと渇きを満たすために母鳥は四方八方を意気揚々と渡ります。
やがて夕方。
母鳥は夕焼けを見て、時がどれだけ過ぎ去ったかをようやく思い出しました。
急いで羽ばたく母鳥。
思い出した愛情のカケラを元に子のいる巣へ一匹の小虫を咥えて向かいます。
最後の愛をもって。
巣の残骸はあれど、そこに小鳥の姿はない。
小鳥は、いないのだ。
茫然自失、母鳥が咥えた虫を落とすと、無様にジタバタ動いた後にその虫は羽を広げて巣の外へ出て行きました。
虫を追いかける母鳥。
夕焼けに向かって飛ぶのかと思って飛ぼうとした矢先、木の下に何かを見つけます。
目をつぶって、嘴を開いたまま死んでる小鳥。
小鳥の死体。
親鳥は一目であの愛苦しく、憎たらしかった息子の運命がありありと、湖面に映るように見えた。
飢えに苦しんだ小鳥はとうとう外に飛び出し餌を自分で探そうとしたのです。けれど、一度も飛ぼうとしたことのない小鳥。
失敗して大落下。
ずんちゃんどっどろぐちゃぐちゃり!
死んだ死んだ。小鳥が死んだ。
甘えん坊の小鳥が落ちて死んだ。
母鳥は泣きました。母鳥は笑いました。
そして、あの夕焼けに向かって巣から飛び立つのです。
もう彼女を呼び止める声は聞こえません。陽炎に揺らめく太陽が母鳥を呼ぶのです。
夫も子供ももう柵としてない。ならば飛んであたらしい世界に行くまでよ、と。
次の家庭は失敗しないわ、次の夫はもっと強い夫にしなくちゃね。
そうして燃え盛る夕焼けに向かって母鳥は新たな子孫を作るために飛んでいきます。死んだものどもには別れも告げず。いいえ、それこそあの一瞥の涙が、最後の家族としての愛だったのかもしれません。
小鳥よ、小鳥、小鳥ちゃん。
私の愛しい次の小鳥。
早く卵を突き破って出ておいで。
愛玩の御宿り