no.8
「やっぱり痴漢だったんだ。
ちょっと動きがおかしいなと思ったけど、確証はなくてね。
ただ、井上さんだったから声掛けてみたんだけど……正解だったみたいだね」
アタシ達は波佐間台駅のベンチに二人腰を掛けている。
あの後、アタシは安心して泣き出してしまった。
篤武さんはそんなアタシを気遣ってくれている。
買ってもらったコーヒーをこくんと飲むと、気持ちが落ち着いてきた。
「あの、本当にすみませんでした。
ほんとに助かりました。
痴漢にあうのって初めてで――怖くて声も出なかったんです」
多少気分は落ち着いたものの、まだ少しアタシの指先は震えている。
篤武さんは優しく、アタシの話を聞いてくれて、
コーヒーを飲み終えるころには指も震えなくなった。
「あっ」
アタシは飲み終えた缶を落としそうになった。
「ごめんなさい!
会社に遅れちゃいますよね!
アタシのせいで……ほんとにごめんなさい!! 」
篤武さんは少しびっくりした顔をしたけど、すぐに「大丈夫だよ」と言って微笑んでくれた。
「井上さんに言ってなかったけど、わりと時間に余裕があるから大丈夫だよ。
融通も利くし、そんなに気にしなくていいから」
「ほんとう、ですか? 」
「うん。大丈夫」
アタシはほっとした。
そして、ふと思った。
ここで篤武さんと別れちゃったら、もう会えないかもしれないって。
そしたら急に胸の奥がきゅって締め付けられた。
なんでもいいから篤武さんとのつながりが欲しい。
つながり、つながり、自然な繋がり――そうだ!!
「篤武さんには、助けてもらってばっかで……
アタシに出来ることがあったら、ぜひ言ってください!!
困ってることとか、なにかありませんか?
お礼がしたいんです!! 」
アタシは篤武さんをすがるような目で見ていたのかもしれない。
篤武さんは少し困ったような顔をした。
あ、アタシやっちゃったかもしれない。
篤武さんを困らせるつもりはなかったのに。
やっぱり迷惑ですよね。ごめんなさい。
そのことばを言おうとしたとき、篤武さんは口を開いた。
「井上さんが迷惑じゃなかったら、
私とデートしてくれませんか? 」
で、で、で、
デート?!
予想すらしなかった言葉に、アタシは口をパクパクさせた。




