no.5
「何やってるんだ」
不意に声を掛けられて、アタシはびっくりした。
でも、これで助かると思うとほっとする。
アタシは、その声の主が逃げてしまわないように、ちょっとしたお芝居をした。
「せんせい! なんか絡まれて困ってるんです! 」
そう。
その声の主を、ガッコウのせんせいってことにしたのだ。
悪いけど、アタシに付き合ってもらうからね。
チャラ男は驚いて男のほうをみた。
そのとき、アタシを掴む手の力が緩んだので、アタシは思い切って振りほどき『せんせい』の後ろに隠れる。
「うちの生徒に、一体なんの用だ?」
『せんせい』が機転を利かせてくれて、アタシのお芝居に合わせてくれた。
「なんだよ。
なんでもねーよ! ちっ」
チャラ男はだぶだぶのズボンをジャラジャラと鳴らしながら、悪態をついて駅の出口へ向かって歩いていく。
チャラ男が見えなくなってから、アタシはふぅーっとため息をついた。
「あ、あの。
どうもすみませんでした。
あなたのお陰で助かりました」
アタシは男の前にでて、ちょこんとお辞儀をした。
「いや、私が約束の時間に遅れてしまったから。
こちらこそ、すまなかったね」
意外なことを言われて、アタシは男の顔を見た。
「たなべ――さん?」
アタシは口をパクパクさせて驚いた。
てっきりオジサンだと思ってたけど、全然若いじゃん。
っていうか、アタシの好み。
カッコイー!!!
「田辺 篤武です。
井上 咲さんですよね?
ちょと仕事が長引いてしまって、電話をしたのですが、繋がらなくて……本当に申し訳ない」
彼、篤武さんは私に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「い、いえいえ!
アタシの財布を拾ってくれて、本当にありがとうございます。
ケータイは、ちょっと充電が切れてしまって……電話してくれてありがとうございます」
アタシもあわてて頭を下げた。
その時、アタシのおなかが『くく〜』って音を出した。
やだ! 聞かれちゃった?
アタシは上目遣いで彼を見た。
すると彼は優しく微笑んで、
「よかったら、遅れたお詫びに食事でもしませんか? 」と言った。
――ぜったい聞かれたんだよね、これ。
アタシは顔が火照っていくのを感じた。




