no.23
「――言いたいことは、それだけですか? 」
アタシは彼女を睨みつけていた。
あまりの苛立ちに、ぎゅっと握り締めている手は少し震えている。
「あら? やっぱりおつむの弱いコには分からなかったかしら? 」
人の心を逆なでする声で、彼女は言った。
「貴女には、篤武と付き合う資格そのものがないのよ。
頭は悪い、家柄も悪い、そんなので釣り合うと思っていたの? 」
「思っていたけど? 」
不意にアタシの後ろから声が聞こえ、ぽんっとアタシの頭に大きな手が乗った。
「あ、篤武……さん」
東雲清香はあまりのことに目を見開いてあんぐりと口を開けていた。
彼女にとって、篤武さんが来ることは予想外だったんだろうな。
まぁ、アタシもびっくりしてるんだけどね。
「東雲さん、私の恋人に変なこと言うのはやめてもらえませんか?
それに――貴女との婚約は恋人がいる時点で解消になっている筈です。
『どちらか片方でも恋人が居れば婚約は不履行になる』貴女もそう聞いている筈ですが? 」
「そ、それは――
篤武さんのことが好きなの。
だから、あの、その……」
彼女は消え入りそうな声で篤武さんに弁解をしていたけど、篤武さんはお構いなしで、
アタシの肩を抱き寄せて言った。
「とにかく。
私の恋人にこれ以上係わらないで下さい。
今後このような事があったら、しかるべき対処をさせていただきます。
貴女も困るでしょう? 田辺家との仲がこじれる様なことになっては……」
東雲さんはさっと顔を青くした。
アタシはと言うと、篤武さんに抱かれている肩がとても気になっていて、
かなり上の空だった。
だって、篤武さんの手がアタシの肩に触れていて、
篤武さんに軽くハグされちゃってるんだもん。
「――すみませんでした――」
東雲さんはそう言って、白いスカートをひらめかせてコーヒーショップを出て行った。
アタシの横をすっと通り過ぎるとき、彼女の目から涙がこぼれているのが見えて、
アタシはおもわず胸がキュッとした。
「いやな思いをさせてごめん」
少ししてから篤武さんが口を開いた。
そして肩にあった手が、すっと離れていく。
そう、だよね。
ここはお店の中だし、アタシは(仮)の彼女だし、手が離れるのは当然だよね。
「いえ、大丈夫です。
篤武さんが来てくれたから」
そう言って篤武さんに笑顔を見せようと思ったんだけど、
なぜかアタシの目からは涙が溢れた。
「あれ? ごめんなさい
アタシ、ちょっと情緒不安定なのかも」
笑おうとすればするほどなぜか涙がこぼれる。
篤武さんは「怖かったのか? ごめんな」と言って、
ハンカチでアタシの涙を優しく拭いてくれた。