no.21
「あなた、井上咲さん?
私東雲清香と申します。
田辺のフィアンセです」
白いスカートをひらりとさせて、髪の長い女の人が挨拶をしてきた。
――この人が許婚。
やっぱりこの人も、いいとこのお嬢さんなんだろうか?
清楚な感じの『大和撫子』みたいな風貌にアタシは少したじろいだ。
でも、チアキ大先生のアドバイスを思い出し、余裕がある風を装うことにする。
「私になにか御用でしょうか? 東雲さん」
私は意識して、やわらかく笑う。
ちゃんと出来てるかはわからないけど、とにかく付けいれられないようにする。
『弱みをみせちゃだめ! 余裕をみせな! 』
チアキの声が頭に響いた。
大丈夫。大丈夫。
きっとうまくいく。
「咲さん、私、貴女のことが心配なの」
そう言って、東雲さんはアタシの手をとり、きゅっと握った。
「心配? 」
東雲さんの言葉を繰り返しただけなのに、彼女はアタシの手を握りながら力を込めてくる。
「そう――心配なの。
貴女が篤武に遊ばれているのではないかと思って……」
そういうと彼女は少し潤んだ目でアタシを見た。
そっちできたか。
アタシはチアキの『打倒! 許婚攻略! 』講座を思い出していた。
アレはたしかアタシが担任の先生。
佐藤にタックルしてしまった日の放課後だった。
「咲!! 私いろいろ授業中に許婚を攻略する秘策を思いついたから! 」
チアキは満面の笑みでアタシを見る。
手には『打倒! 許婚攻略! 』と書かれたルーズリーフを持っていた。
「打倒?! なんかすごそうだね」
そういいながら、チアキのルーズリーフを見る。
そこには『女の性格別攻略法』とかわいいピンクのペンで書かれており、
なかなかのミスマッチングだ。
「どれどれ?
1、咲と会って攻撃的な話をしてくる女
その場合は余裕を見せて、あつむさんを信頼しているということを、
前面に出して話す
そういう人はたいてい、話のつじつまが合わなくなるので、
その辺をいじるもよし……
へぇ〜。色々考えてくれてるんだねぇ」
「続きもあるんだから見てよ」
アタシはチアキに急かされて、ルーズリーフに目を落とす。
「2、いい人を装って近づいてくる女
その場合は波風を立てないで、とりあえず話を聞く。
対外都合のいい話をしてくるので、適当に返事をした後、
あつむさんに聞いてみる、とか、あつむさんを信頼しているとか言う。
とにかく何を言われても『あつむさんを信頼している』と話の最後ににおわせよう。
……結局信頼してることを言えばいいわけ? 」
アタシはチアキに聞いた。
「そうよ」といいながらチアキは大きく頷く。
「結局のところ、本人がいないと話をしてもぼろが出るでしょ?
だから、とにかく。
なにか言われても『信頼してる』と言えば相手も何もいえないわけよ」
あの時は「へぇ〜」くらいに思っていたけど、
本当にチアキの攻略に書いてある感じで近づいてくるとは……。
チアキに何か後でおごらないといけないな、と思いつつ、
東雲清香に向けてにこりと微笑んだ。