シーン7 坊屋宅 滝とピザとため息と
坊屋の家。
壊れてしまった洗濯機。
確かに、損はしていないが。
数日後。
頭を下げる管理会社の社員にこちらも頭を下げ、坊屋は玄関のドアを閉めた。
洗面所に突如発生した滝の源流は、階上の住人宅の風呂だった。
親が目を離していた間に、子供がいたずらで水を最大に出してしまったそうだ。
結果バスタブも洗い場も満たした水は、脱衣所の床のほんの少しの隙間をこじ開け、坊屋の部屋の天井も貫いた、という事だった。
洗濯機の買い替え代といくばくかの慰謝料が入った封筒をこたつの上に放り、坊屋はいつものため息をつく。
「随分な額が手に入ったな」
こたつに落ち着き、嬉しげに話しかける宇神。
坊屋もこたつに足を入れながら、右隣の宇神に鋭い視線だけ返すと、再びため息。
「その分洗濯はできねえし、風呂も入れねえし、散々だけどな!」
「幸と不幸は行って来い。幸が多いならかまわんじゃないか」
「デメリットでかすぎだろぉ」
そう言って、坊屋は仰向けに寝転がった。
「百メートル戻って二百進むならいいけどよぉ、十キロ戻って十キロちょいってのは勘弁してくれや」
宇神に背を向けるように、器用にこたつの中で寝返りを打つ。
「まあまあ。その辺はボンが言うところの加減でどうとでもなるだろう」
とんとんと軽く肩を叩かれ、坊屋は宇神のほうを向いた。
「何よ」
「夜も遅い。そろそろ飯にしたらどうだ」
「あー、まあ、そうね。じゃあピザでも取るか」
寝転がったまま、スマホを手に取った坊屋は、とんとんとんと何度か画面をつついた。
注文を終えてから十数分程度経ったあたりで、聞こえてくるチャイムの音。
玄関に受け取りに行った坊屋はピザの入ったケースを二つ抱えて戻ってきた。
「ビール出して」
「了解」
指示を受け、宇神が冷蔵庫へ向かう。
坊屋はこたつの上をざっと片付け、並べたピザの箱を開いた。
「ド定番マルガリータと今日はシーフードマヨ」
「旨そうだな」
取り皿と缶ビールを持ってきた宇神が嬉しそうにしている。
それぞれの前にセットを置くと、ぱちりと手を合わせた。
「では、いただきます」
「いただきます」
ピザはまだまだ温かく、伸びたチーズからはほのかに湯気も上がっている。
冷えたビールが実によく合う。
二人で七割ほど食べ進めたあたりで、坊屋があれ? と首を傾げた。
「なんか今日腹いっぱいになるのが早いわ。ビールのせい?」
「俺もだいぶ満足してるぞ」
箱の中にはまだ二切ずつピザが残っている。
顔を見合わせたが、どうやらお互いもう手に取る気はないようだ。
「しゃあねえ、明日のおやつだ」
坊屋がピザをしまおうと立ち上がった時、玄関のチャイムが鳴った。
はいはいと返事をして玄関に向かいドアを開けると、そこにはピザショップの店員。
坊屋の顔を見るなり、がばっと頭を下げる。
「申し訳ありません! 先程お届けしたピザなんですが、こちらの手違いでサイズが誤っておりました!」
「へ?」
店員の説明によると、Mサイズを2枚頼んだはずが、Lサイズが届いてしまっていたようだ。
満腹感の謎が解け、なるほどと思う坊屋。
「申し訳ありませんでした!」
10回目の「いいですよ」の後ようやくドアを閉めることに成功した坊屋は、途中で思いついていた仮説の真偽を確かめるため急いで部屋に戻った。
「宇神さん、また扇子使ったろ」
「ん? おお! そういえばこれでつついたかもしれん」
大きなため息をついて坊屋がこたつに足を入れる。
「エグいんだって、その扇子。百万歩譲って俺が不幸になっても……よくはないけど、けど、差っ引いてよその人にダメージ出るのは、知ってる俺がしんどいわ」
「神具の力を侮るな。加減次第だ。加減加減」
その加減ができてねえんじゃねえか。
視線で訴えるが、肝心の宇神には届いていないようだ。
諦めて、机の上のピザを見て、再び落とすため息。